宣戦布告と勝利宣言っ!?
とかく、集団の長というものは大変である。
それが大集団ともなれば、人間一人の許容量では責任を負いきれない。よく、組織の長は責任を取るのが仕事だと宣う輩がいるが、そもそも数万、数十万人の部下の責任を一人で取るというのが、どだい無理な話である。許容量の限界というのはそういう意味であり、つまり何が言いたいのかといえば、結局、責任とは個々人が負うべきものであり、自分で取るべきものである、という事だ。間違っても、他人がどうこう言うべきものでも、ましてや言われたから取るべきものでもないのだ。
まぁ、もしこんな論調が社会のスタンダードになってしまえば、恥ずかしげもなく責任逃れをする輩が跳梁跋扈してしまうのだが……。
●○●
「はぁ……」
少ないとはいえ配下の前で、しかも敵軍を前にして、魔王の取る態度ではないと知りつつ、僕は空を見上げてため息を吐いた。
面倒臭い……。
シュタールの手前、なんとなく見栄を張ってやると言ってしまったが、僕は本来、こういう人前に立って偉そうに宣言をするのが苦手なのだ。というか、いつもならやる意義を見出せない。ただ今回は、オールが兵を鼓舞する事からもわかるように、誰が見ても意義が生じてしまっている。
こうして、多くの配下から視線を浴びせかけられている今も、その中に熱い期待が篭っているのがよくわかる。よくもまぁ、こんな一目で弱いとわかる僕に、これだけの期待を込められるものだ。
「なぁ……」
「なんだシュタール?」
おずおずと、というか、気まずそうに話しかけてきたシュタールに、僕はぞんざいに返事をする。
「俺、ここにいていいのか……?」
シュタールが今いる場所。僕の隣であり、本来は近衛兵の立ち位置である。勿論、アリタやココも反対側に立っている。
「……どういう意味?」
「いや、なんかすげー悪意の視線を感じるんだが……」
「ああ、そういう事か。気にすんな」
僕に期待の眼差しが向くのとは対照的に、シュタールに投げかけられるのは嫉妬の混ざった突き刺さるような視線だ。オールも疑問に思っていたようだし、当然といえば当然ながら、ただの人間にしか見えないシュタールが、僕の側近に見えるような立ち位置にいる事に、不満を抱く者は少なくないのだろう。
シュタールも一見、強そうには見えないしな。魔族にとったら、魔王の側近というのは、一般庶民の就ける最高の地位ともいえるので、本来ならアリタやココが、シュタールが今受けている悪意の的となっていただろう。いやぁ、シュタールは役に立つなぁ。
「つってもなぁ……」
「どうせお前、魔大陸に長居するつもりもないんだろ?だったら妬みも嫉みも、果ては恨みも怨みも受け放題じゃねえか。かき捨ててけって」
「まぁ、そうか……って、あれ?なんか、恐ろしいもんまでついでに受け取った気がするんだが?」
「気のせいさ」
そう、きっとね。
「それよりも、なんなんだ、お前のその格好?とても人前に出ていい姿じゃねえだろ?」
「うーん……、いやまぁ、僕だってそう思うんだけどねぇ……」
僕は今、輿の上で、肘掛にもたれかかり、上体だけ起こしたまま寝そべっている。輿のおかげで周囲を見渡せるものの、そのせいで周囲から丸見えでもある。正直、人前でこんな姿を晒すのは、常識人の僕としても乗り気ではないのだ。
こういうのは、長旅で疲れたとき、オールの前でやったくらいなのだが、その醜態が、なぜか武勇伝として魔大陸を駆け巡って以降、普通に立ったり座ったりで人前に出るときより、こんな格好の方がウケがいいのだ。
「威厳もなにもないな」
「ところがどっこい、魔大陸ではこの方がかっちょいいらしい」
「文化の違い、ってヤツか」
だとしたら、僕の感性は真大陸寄りだ。正直、いくらこの姿が配下たちから賞賛されるからといって、人前でこんなだらしのない格好をして羞恥を覚えない程、僕は原始人をしていない。
「で、やるなら早くやれよ」
「はぁ……。わかったよ、ったく……」
僕は周囲を睥睨し、配下の魔族たちを順繰りに眺めていく。大きさも、肌の色も、性別も、角の数も、手足や眼球の数も、千差万別な集団。僕の軍。
僕が片手を挙げると、それまでも静かだった軍勢に、ピシリと緊張が走る。今までだって、誰一人として無駄話をしていたわけでもないのだが、まるで風音さえも消え失せたかのように、周囲は静寂に包まれた。
「さて諸君……」
だからこそ、静かに話し始めた僕の声は、雑音にかき消される事なく、周囲に響き渡る。金管楽器のごとく。或いは、ガラスの割れる音のごとく。
「諸君。
今この戦場には、三人の魔王がいる。一人は言わずもがな、僕、アムドゥスキアス。もう一人は、三大魔王の第四魔王、オール。古くから生き、古くからこの魔大陸を支配してきた、強大なる魔王。最後に第五魔王、アベイユ。これもまた、古くからこの魔大陸で暴れ回った、生粋の武人だ。
いずれも強大なるその実力もさる事ながら、古くからある事により、絶大なる軍を保有している。新参の魔王である僕が保有する軍、つまりは諸君等とは、雲泥の実力と数を誇る」
「っ!? おいっ!」
スピーチの内容に、シュタールが焦ったように声をかけてくるが、僕はそれを一睨みで押さえつけ、そのまま続ける。
「さて諸君。
だからこそ諸君等は補給部隊だ。戦えない、纏まりもない、ついこないだできたばかりの諸君等に、味方はなにも期待はしていない。戦の邪魔さえしなければ、それだけで十分だと思われている厄介者だ。
もしかしたら諸君の中には、補給がなければ味方は戦えず、史上類を見ない程の物量と速さを誇る補給部隊の我等は、世界最強の部隊だと言うかもしれない。それはその通り、我等は世界最強の補給部隊だ。
――――だが、
それは諸君の成果ではない。諸君等の努力の賜物でもなければ、諸君等でなくとも、装備さえあれば誰でも務まる簡単な仕事だ。つまり、僕の成果であり、僕に対する賞賛であり、諸君等に対する評価では一切ないという事を、覚えておいてほしい」
僕が一言話すたび、自軍の士気がどんどん下がっていくのがわかる。本来なら、ここでは味方を褒め称え、士気を上げる為に演説しているのに。
「諸君、覚えておいてほしい。
これまでの、第十一魔王の元配下に対する無血侵略も、人間の国に対する電光石火の襲撃も、勝利も、一切諸君等の手柄ではないという事を。諸君等は、僕がいなければ、なにもできないと思われているという事を。
しかし、それも仕方がないのだ。なぜなら、諸君等は今までその機会を得てこなかったのだから。自らの武名を馳せる機会、その 万夫不当の実力を衆目にさらす機会、その身に、一心に賞賛を浴びる機会を、得てこなかったのだから。そして喜べ。
――――今がその機会だ。
今こそが、諸君等の初戦である。今こそ、諸君等が主役である! 存分に戦え!! 存分に猛れ!! その身に蓄えた武力を、如何なく発揮しろ! その身に誂えた自慢の武具を、敵の血で存分に飾り立て、自らが最強であると、最強たちに吠え立てろッ!!
最強の魔王に、最強の軍に!! この魔大陸を築いてきた、古き英雄たちに、敬意と敵意を持って新しき英雄の名乗りを上げろ。虚勢でもいい。無謀でもいい。なんなら、ただの虚言だって構わない。
なぜなら、お前等の言葉は僕が実現してみせるからだ。なぜなら僕は、最強のお前等が戴く、不可能などなにもない、新しき魔王なのだから!!」
僕はそう言って、寝そべった体勢からぴょんと勢いよく立ち上がる。腕を組み、仁王立ちする僕に、一層熱を増した期待の眼差しが突き刺さるも、もうそんなものは気にならない。
「さぁ願え!! さぁ咆えろ!!
その卑小なる身に、自らは魔王にも勝ると思い込ませろ。思いこんだら、その通りに叫び上げろ。それが雄叫びだ。それが武者の産声だ。それが鬨の声だ。
さぁ見ろ!! さぁ見据えろ!!
あれがお前等の敵だ。さっきまでも見ていただろうが、今は全く違って見えるだろう? そうだ! あれは、餌だ!! お前等に用意された、上等なご馳走だ。お前等の武名を高める為の、最高の晩餐だ。さぁかっ喰らえ!! さぁ貪れ!! 食い散らかして、むしゃぶりつくせ!!
お前たちが、お前たちとして、お前たちのまま戦える場を、僕が用意してやる!! 安心しろ、僕がやるのはそこまでだ。あとは、お前たち次第だ。お前たちが、自分でやるんだ!自分たちで、あの最強たちにうち勝つんだ!!
できないなんて言わせねーぞッ!?
第十三魔王軍として、僕の配下として、お前たち個人として、誇り高く戦い、誇り高く勝て!! 驕り高く戦い、驕り高く勝て!! 落ちゆく古き最強を、新しき最強として敬意を持って見送り、侮蔑と共に見下せ!!
再度繰り返そう。
テメェ等には今現在、武名なんてものは一切ない!! ただの雑魚だ!! コションの元配下だったり、オールのトコでうだつの上らねぇ扱いを受けてた、ただの烏合の衆だッ!! 誰一人期待もしてなければ、誰一人として見向きもしねぇ、弱小の雑兵集団だッ!!
だがッ!! 否ッ!! だからこそッ!!」
さっきと同じ事を言っているのに、熱気が高まり、気温が増す。兵士たち期待が、焦れたように踏む地団駄の音が響く事で聞き取れる。かすかに揺れる地面が、彼等のフラストレーションを物語る。目が、今か今かと僕の許可を待ちわびる。
最後に、僕は静かに付け加える。
「……僕が許す。英雄になれ」
この戦場で最小規模の軍が、他の軍を圧倒する雄叫びをあげ、地を打ち鳴らす足踏みが、いよいよ平原一帯を揺るがし、今まではおまけ程度の存在だった第十三魔王軍は、ようやく戦場の主役に仲間入りを果たした。
開戦ときは、もうすぐだった。