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 幕間・商業都市ベルトムーア・1

 商業都市、ベルトムーア。

 王城を頂かないこの街の中心に聳えるは、世界でも有数の高級宿。その城のような荘厳な外観もさることながら、内装、調度、サービス、どれもが超一流。その高級宿を経営しているのは、誰もが知るホテル王ジルこと、ジルベール・エル・シュルスその人である。


 私はその高級宿の入口をくぐると、自分のいるエントランスを見回す。

 室内だというのに明るいそこは、照明のマジックアイテムが煌々と輝き、嫌味にならない程度に貴金属で飾り付けられた調度が一層明るい雰囲気を醸し出している。

 なるほど。このエントランスを見ただけでも、高級宿にふさわしい気配りと金のかかりようだ。正直、私のような者には、少々場違いな感のある場所である。


「失礼いたします。チュール様でよろしいでしょうか?」


 見れば、バトラーのような出で立ちの従業員がそのつむじをこちらに晒していた。今私の名を呼んだのは、たぶんこの従業員だろう。


「そうだ。シュルス殿の要請で参った」

「お聞きしております。本日は、ようこそおいでくださいました。主人、シュルスの招きに応じていただき、誠にありがとうございます。当ホテルの支配人、バルダムと申します。主人より、ご案内の任を仰せつかっております。どうぞ、こちらへ」


 顔を上げたその支配人は、ほっそりとしたシルエットに控えめな口ひげのナイスミドルという、バトラーの第一印象に違わぬ雰囲気だった。彼はくるりと体の向きを九十度変えると、丁寧に奥を指し示す。私が一歩踏み出せば、さらに九十度体の向きを変えて先導する。どこぞの貴族や、王族の使用人だと言われても納得しそうな程、洗練された身のこなしだ。流石は、世界でも有数の高級宿。従業員のレベルも、王城の使用人と同じという事か。

 その支配人の案内に従いつつ、私は確認がてら、この街の情報をつらつらと考える。


 商業都市ベルトムーアは、その名の通り商人の支配する街だ。別名『世界で最も金の動く街』。最近では、アムハムラ王国の王都にお株を奪われている感があるが、それでも、今でもこの都市が商業の中心地というのは変わっていない。


 いやまぁ……、これからはアムハムラ王国の王都、アイールへと、この商業都市の商人も移っていくのかもしれないが……。それ程までに、あの王国空運というのは、商業の形態を変えてしまったのだ。


 さて、まだこの都市が商業の中心である一番の理由は、商業組合の真大陸大富豪番付の上位十人中、六人までがこの都市に拠点を構えているからだ。この高級宿の経営者、ジルベールもそのうちの一人である。彼は多くの国の王都、有力な貴族領の主都に高級宿を経営し、この付近の国々では『ホテル王ジルの宿がなければ、二流の領地』とまでいわせしめる程の大商人である。

 ちなみに、残り四人は天帝国の首都を拠点としている。ただまぁ、この番付は近々その順位に変動が起こるのではないかと言われているので、今現在もアテになるかはわからない。


 その最大の要因こそ、私のような木っ端商人がこの場所に呼ばれた理由でもある。


 ここベルトムーアには、規模の大小を考慮しなければ、数十万の商人が在籍している。勿論、その全てがやり手でもなければ、金持ちでもない。まぁ、あたり前だ。

 どこかの商会の下部組織、個人商店、露店、非合法な商人まで含めれば、その数は最早計り知れない。

そんな膨大な数の商人が、莫大な物資をやり取りし、巨万の富の流れる大河のような街がここ、ベルトムーアである。

 うん、正直、私のような普通の商人風情が訪れるには、十年、二十年早いだろう。ここはやり手、手練れ、老練、老獪な商人たちの巣窟だ。私程度では、あっという間にそんな化け物たちに食い物にされてしまうだろう……。


「チュール様?」

「あ、いや、失礼。考え事をしていた」


 どうやら支配人がなにか言っていたようだが、聞いていなかった。私は素直に頭を下げる。


「旦那様がたは、最上階の大展望室にてお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」


 そう言って恭しく案内されたのは、この高級宿に似合わないような小部屋だった。最上階へ向かう事と、この小部屋と、どんな関係があるのだろうと訝しがる私をよそに、その従業員の男は入り口を閉め、なにやらごそごそとやり始める。――――と――――


「うわッ――――」


 足元から、なんともいえない浮遊感が襲い掛かり、私は思わず声を上げてしまった。


「失礼いたしました、チュール様。ただ今、マジックアイテムで最上階へ向かっております。当ホテルでは、この仕掛けについて事前に説明しない事が慣例でございまして…………」


 申し訳なさそうな声音で、支配人が事情を告げる。


「なるほど。実に性格のいい、趣向だな…………」


 まぁ、恐らくはここを定宿にするような金持ち連中が、狼狽える連中を見て笑いものにする為なんだろうが…………。そう考えると、これを支配人と私、二人しかいないときに体験させたというのは、ジルベール殿なりの配慮だったのだろうか。


 私は袖の下に構えていた短剣をしまう。


 え? 普通、初対面の人間にこんな小部屋に連れ込まれたら、警戒するだろう?


 しばらく浮遊感を味わっていると、足の裏から感じていたその気持ちの悪い感覚が、唐突に霧消する。どうやら、最上階についたようだ。


「どうぞチュール様」


 支配人に促され、そのマジックアイテムの小部屋から出ると、豪奢という言葉すら陳腐に思えるような、金や銀、果てはミスリルや各種宝石で飾り立てられた扉が目の前にあった。それでいて、成金趣味にありがちな下品な雰囲気はなく、どこか荘厳な印象を受けるものだ。

 恐らくここは、王侯貴族の中でも、特に地位の高い者を通す為の部屋なのだろう。


 支配人が前に出て、その傷でも付けたら一生身を粉にして働いても稼げないような賠償金を請求されそうな扉を、ノックする。すぐに入室を許可する声が響き、支配人は扉のノブに手をかけた。

 ゆっくりと扉が開き、奥の部屋が目の当たりになる。

 勿論、扉だけが豪奢なわけがなく、その部屋は一目で金のかかっている事が一目瞭然だった。キラキラと輝くような部屋、とでもいうべきだろうか。しかも、それでいて落ち着いた雰囲気もまた醸し出しているのだから、この内装を整えた者のセンスは私などには窺い知れないレベルなのだろう。


 そんな、煌びやかで、華やかな部屋で――――しかし、そんな内装のコンセプトを台無しにするかのような重々しい雰囲気を醸し出しながら、六人の人間が角を突き合わせていた。男が五人に、女が一人。そんな全員が、私が入室した途端、一斉にその強い眼光をこちらに向けた。

 ――――不穏な雰囲気は一瞬。彼等は全員、すぐに私に笑顔を向ける。


「やぁやぁ、ようこそ! 噂に名高き、ゴールドシュタイン隊商キャラバンのチュール殿ですかな? お初にお目にかかります! ジルベール・エル・シュルスです!」

「これはこれは、私も直接お会いするのは初めてですね。ナッシュ・ガット・ルイーザ・ロイドハイドです。以後よろしくお願いいたします」

「デミトリ・スペラントでございます。いやぁ、チュール殿にお会いできるだなんて、いくらお金を積んでも得難い機会でございます。どうぞどうぞ、これからもこのデミトリをお引き回しの程を」

「メフメット・エジュザジバシュだ。お会いできて嬉しく思う。これからは君たち隊商が力をつける時代だと思う。私と君たちは、いいパートナーとなれると思う」

「アドミリタ・シュナイザーよ。私の商材は、今まではチュール殿が扱うには不向きだったんだけど、王国空運がある今はそうでもないから、よろしくね?」

「みなさん、そう矢継ぎ早に話されてはチュール殿が参ってしまいますぞ? 失礼、私はカルバン。カルバン・ロス・ワインバーガーです。以後お見知りおきを」


 部屋にいた六人が全員、満面の笑みでもって怒涛のように言い募る。正直、気圧されるのだが、勿論私も商人。それを顔に出したりはせず、笑顔でもって受け応える。


 そう、我々は商人。どんな状況、心境であろうと、笑顔を絶やす事は、負けを意味する。


「初めまして、チュール・ゴールドシュタインと申します。どうやら皆さんご存知のようですが、ゴールドシュタインは父名ですので、呼ぶときはチュールとお呼びください」


 そう言って、私は頭を下げる。

 まぁ、商人である私は、損害がなく、まして利益があるなら頭を下げる事に忌避感はないが、そんな私の主義を置いておいても、その先にいるのは頭を下げるに足る六人である。


 世界で最も稼いでる商人の内、十人中六人が私の前にいた。


 はぁ……。なんだって、私のような木っ端商人が、こんな場所に来るハメになったんだか…………。




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