制作者不明ダンジョンっ!?
「これは……――たしかにダンジョンの入り口だな……」
大聖堂内部の秘密の部屋は、予想に反して最上階ではなく、地下だった。まぁ、最上階の部屋を秘密にはできないだろうしな。まぁ、地下にある秘密の部屋といっても、そこにバシリスクはいないが……。
その部屋は潔癖なまでに白い色で統一されていた。壁や天井に始まり、絨毯や棚などの調度品。花瓶や、そこに活けられている花までもが、白い部屋。そして部屋の最奥にある――――玉座も。
しかし、そんな純白の部屋は、今は床一面に広がる、どす黒く酸化した血痕と、生臭いような腐敗臭によって汚されている。せっかくの美しい純白の絨毯も、既に価値をなくしているだろう。この血糊を見ただけで、この部屋でなにかがあったのは一目瞭然だった。
だが、この部屋の異変は、それどころではなかった。
真っ白な玉座の後ろの壁には、高さ二m程の門があり、そこから先は石造りの通路。五mくらい先では道が分かれていて、その先を窺い知る事はできない。これまで見た大聖堂内部とも、この部屋とも趣を異にした石造りの道――――迷宮の入り口。
中に入ってハルペーを壁に打ち付けると、リィィィーンと澄んだ音が反響する。この感じだと、広さは学校の体育館より狭いという事はないだろう。僕が入っても、なにかしらの罠が発動する事もない。入って一歩目で即死性の罠が発動する可能性も考慮して逃げる準備もしていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
「本当に、このダンジョンはお前が造ったんじゃないのか?」
「ああ。僕がここにダンジョンを造る意味はない。ダンジョンってのは、無制限に造れるわけじゃないんだ。わざわざこんな場所にダンジョンを造るような、そんな無駄すぎる余裕はない」
そんな――靴を探す為に札束に火をつけるような――無駄遣いをしたら、まず間違いなく大魔王様の逆鱗に触れるだろう。
「それに、僕の能力がなくたって、ダンジョンくらい人力でも造れるだろ」
〝ダンジョン〟という言葉は、君主を意味するラテン語に由来する古フランス語であり、中世には迷路ではなく天守を意味したそうだ。城主の為の絢爛な城が持て囃されるようになってからは、地下牢や納骨堂などがそう呼ばれるようになった。日本の砦における廓や、もっと小さいところでは庭園に作る生垣の迷宮など、人為で作られるダンジョンなど枚挙にいとまがない。
「でもよ…………」
シュタールはもの言いたげな視線をダンジョンの入口へと向けると、もう一度僕を見る。
ああ、分かってるさ。
巨大建造物の地下にダンジョンを造る場合、後付けというのはあり得ない。下手をすれば、上の建物ごと潰れかねないからな。だが、この部屋の雰囲気を見る限り、最初からここにダンジョンの通路があったという事は考えられない。このダンジョンの入り口があるせいで、清潔なこの部屋の雰囲気が台無しになっている。もし最初からここにダンジョンの入り口があったなら、もっと別の内装にしただろう。
どうみても、後付けのダンジョン。それも、つい最近できたといった感じだ。
「よし、シュタール」
「どうした?」
「このダンジョン、攻略しよう。今すぐ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げるシュタール。まぁ、こいつに言ってもしゃーないな。
「誰か、上に人をやって、集まってる連中の中から人足を雇ってきてくれ。日給銀貨一枚くらいで」
「待て待て待て! お前の言ってる事が全くわかんねーんだが? ってか、ダンジョンを攻略すんじゃねーのかよ? 人足ってなんだ? 一般人を中に放り込むつもりじゃねーだろうな?」
矢継ぎ早に質問を重ねるシュタールに、僕はげんなりとした表情を浮かべて答える。
「ダンジョンを攻略するには、いくつも方法がある。必ずしも、わざわざ歩いて地道に最奥へ行く必要はない。地下ダンジョンなら、一番手っ取り早い方法が使えるしな。人足は、その為に必要なんだ」
「一番手っ取り早い方法?」
「ああ。このダンジョンにどんな罠があろうと、どんな魔物が犇めいていようと、誰が潜んでいようと、全部を一気に攻略できる最短の方法だ」
ゴクリと唾を飲み込んで、重々しくシュタールは問う。
「どうすんだよ?」
はぁ……。こんなの、超イージーな問題だろ。そんなんでよく、地下迷宮を攻略できたな。僕は呆れながら、あたり前の事のようにアッサリとその攻略方法を答える。
「水没させる」
…………。
「はぁっ!?」
別に、このダンジョンに入る必要性なんてないし、奥になにがあるかにも興味はない。だったら水没させてしまって、誰も入れないうえに、なにも出てこないようにすればいい。一番手っ取り早い、ダンジョンの攻略法だ。
「え…………? いいの、それで?」
「構わないだろ? それとも、なにか中に入る意味ってある?」
「……教皇が中にいるかもしれない、とか?」
「それって、町の中心にあるダンジョンを放置してまで考慮しなきゃならない事情?」
「あー…………」
いくら今この国の最高権力者だって、こんな不気味なものを放置してまで守ってやる必要なんてない。ましてや今、教皇は追われる身。街や国の危機と比べるには、彼の命は軽すぎる。
「中に入った奴はいないんだろ?」
「ああ。危険性の調査もまだだっただしな」
「じゃあいいだろ、別に」
「まぁ……」
不承不承というか、反対材料がないから仕方なくといった風情で、シュタールが頷く。
「っていうか、こんな攻略法を教えちまっていいのかよ? お前の地下迷宮も、こんな方法を取られちまったらどうすんだ?」
「バカか? どうやって地下迷宮を水で満たすんだ? あそこは広大な《魔王の血涙》一帯を取り込んだダンジョンだぞ?」
「鎖袋に水を満載して、とか?」
「何万往復必要だと思う? それに必要な指輪の確保はどうすんだ? それとも、アニーさんやサージュさんに何度も転移の魔法を使ってもらうか? まぁ、いくらサージュさんでも、そこまで転移を連続で使う事は不可能だと思うけどな」
そこまでやってなお、僕ならわりと簡単に水を抜ける。
ここを水没させようとしているのも、このダンジョンを造ったのが、人工か、はたまた僕の能力のようなものか確認するという意味合いが強い。
「ちなみに、地下迷宮の前には長城迷宮、信頼の迷宮、困惑の迷宮があるから、どこかから水を引っ張ってくるのも不可能だ。そもそも、《魔王の血涙》は基本的に乾いた土地だ。川すらない。なっがぁーいホースでも作って、海につなげればできるかもだけどね」
全長数百㎞のホースとか、どう考えても現実的じゃないし、作るとなれば国家事業級だ。しかも、そこまでやっても成果なんてほとんど期待できない。まぁ、水の補給ができてしまうと信頼の迷宮の効果が低下するから、もしやったら途中で切るけど。
さて、ここは一旦これでいいだろう。経過はロードメルヴィン枢機卿か、変態勇者あたりに任せよう。
さぁて、じゃあ魔大陸の仕事も片付けますか。ただのやっつけ仕事だが。