無月革命・8っ!?
幸いな事に――あるいは残念な事かもしれないが――それからは、話は割とスムーズに進んだ。
どだい、勇者四人がオリハルコンの武器を並べて臨戦態勢で待ち構えているところに、喜び勇んで突撃できる剛の者はなく、早々に教会側は降伏の意を示し、革命側への恭順を約束した。
無論、そうでない者も幾人かはいて、しかしそういった空気の読めない連中に付き従う者は少なく、勿論聖騎士はただの一人もついていかなかった。戦力と呼べるものが皆無の抵抗勢力など、当然のようにあっさりと制圧される事となった。とっぴんぱらりのぷぅ。
こういう事は、往々にしてあり得る。戦争は政治の一手段であり、根回しと多数派工作さえ制す事ができれば、戦闘行動は必須のものではない。
アムハムラ王も似たような事を言っていただろう。天帝国が周辺の衛星国家へ宣戦布告した際、どこの国も抵抗らしい抵抗もせずに降伏したという話を。真大陸最大の国家、リュシュカ・バルドラと対するには、周辺国がいかに合従連衡を繰り広げようと焼け石に水であり、時間稼ぎにすらならない。そんな状態を作り上げてしまえば、戦争は戦闘にならないという一例だ。
戦争は武官の専売特許ではあるが、文官の独壇場ともなり得るのである。
甚だ血も沸かず、肉も踊らない限りだが、これはこれで俺TUEEEEのチート的な展開だろう。政治力無双の一方的な展開だ。あえて違いを述べるならば、御都合主義ではなく不都合主義的とでも言うべきか。盛り上がらないからな。
と、いうわけで、今は絶賛戦後処理の真っ最中なのだが、当然僕に仕事はない。暇である。どうでもいいが、久しぶりに「仕事がない」なんて言ったな。この国には「三日に一度休みとる間抜け、一月休みとらぬたわけ」という諺があるらしい。すぐに仕事を休むような奴は怠け者だが、一ヶ月に一度も休みを取らないような奴は、仕事の精度が悪かったり、体を壊したりして、結局役に立たないという意味だ。
僕はどうやらたわけのようだ。
さて、こんな風に時間を潰してみたところで、この暇の身の上に降ってわいたように生産的な役割があてがわれるわけも無く、暇だからといって帰るわけにもいかない。暇にあかせて趣味にでも没頭しようかとも思ったのだが、残念ながらここには炉も鉄も鎚もない。つまり、奇剣作りは不可能だ。って、あれ? 僕って他に趣味なかったっけ? 忸怩たる思いだが、たわけ呼ばわりも甘受せざるをえないようだ。
しょうがない。
○⚫︎○
「なにしてんだ、お前?」
「おぉ、遅かったなシュタール」
僕と同じで、特に仕事もなかっただろうに、ようやくシュタールの奴が他の連中を連れて戻ってきやがった。まぁ、こいつに仕事がないのは、僕と違ってバカだからだ。うん、そうに決まってる。
「で、結局どーなったの? いや、正直どうでもいいんだけど。ってか、興味ないから帰っていい?」
「待て待て待て! そんな普通に話を進めようとしたって無理だっつの! 今まで俺たちがなにしてたのかよりも、今現在お前がなにしてんのかの方が遥かに重要だ!!」
は? なに言ってんだ? 今僕がなにをしてるか?
そんなもの――――
「ただの暇潰し?」
僕は暇潰しの材料をペシペシと叩きながら、そう言い捨てる。だって、他になんと言えば?
「ほぇー、器用なんは知っとったけど、こない短時間でこんなんようけ作れるもんやなぁ」
「お、おい、金剛仁王像は作れないか? もし可能であれば、阿弥陀如来像の木像も作ってくれ!」
「くっ……――おいッ!! 今すぐ聖都中の彫刻家を集めろ!! 誰でもいいから、これよりも素晴らしい像を作った者に褒賞をだせ!! ここは真大陸でも指折りの芸術の都、聖都アラトだぞ!!」
なんか騒がしいなぁ。気付けば結構ギャラリーも集まってるし、集中できん。あとはチョチョイと仕上げして終わりにしよう。僕はシュタールの掲げるメル・パッター・べモーを仕上げ、サッサと刷毛をかけてからパンパンと両の手を叩く。うん、これで完成。まーまーのできだな。
「なぁ、これって俺たち?」
「そうだけど?」
シュタールが気持ち悪そうに見ているのは、シュタール、サージュさん、フミさん、エヘクトルが民衆を率いている木像である。大きさは一つ三十cm程なのでそこまでの大作というわけでもない。それでも、壊れた扉や窓枠といった廃材から作ったにしては、そこそこ褒められるできだろう。いや、やっぱりまーまーって感じか。凝り性の身としては、もう少しディティールにこだわりたかった。
パンパンと手を叩き、僕は勇者たちに向きなおる。
「で? 興味はないけど、一応聞く。全部終わったの?」
「いや、なんか厄介な事になってるらしい」
「はぁ? 今でさえいろいろややこしいってのに、これ以上面倒事なんてゴメンなんだけど? つーか、僕関係ないし、もう帰ってもいいよね?」
「いや、関係ある。むしろ、お前は今、第一容疑者なんだよ……」
「容疑者? なんだそりゃ?」
僕は素知らぬ顔でシュタールに問い返した。
僕がなにをしたっていうんだ? 脱税か? 密入国か? 密輸、公文書偽造、身分詐称、盗品売買、どれが発覚した? 盗賊ぶっ殺したのは無罪だよな? 麻薬売買してたマフィアを全員麻薬漬けにしたのは合法だっけ? いやいや、いいじゃないすか、タチのいいマフィアさんと繋がり持ったり、少年スリグループを技術者として雇用するくらい。
とにかく、なにがあろうと僕は無実だ。
「いや、実はよ……」
なにやら言いづらそうに、シュタールが頭を掻きながら告げる。
「この大聖堂には、教皇しか入れねー部屋ってのがあったらしい。で、戦後処理がてら大聖堂内を探したんだが、教皇がいねーってんでその部屋も探す事になったんだ。だが、その部屋にも教皇はいなかった」
「逃げたんじゃねーの?」
革命が起こった今、教会のトップである教皇の処遇は想像に難くない。一生監禁生活か、処刑されるか、病死させられるか……。うん、逃げだしても仕方のない状況だ。
「ああ。でも、殺されてるかもしれねーだろ?」
「はぁ? なんでそうなる? っていうか、僕が第一容疑者つったな? つまりそれって、僕が教皇を殺したって疑ってるって事か?」
「まぁ……、……そうなるな……」
さらに歯にものが挟まったようなもの言いをするシュタール。
「…………」
「そんな目で見んなよ。俺が疑ってんじゃねーんだ。俺やサージュは、むしろお前の無罪を証言する証人なんだって」
じゃあ、なんだってそんな話になってんだ? いっとくけど、僕は殺人はしない主義だ。――僕名義では……。
「いや、その教皇しか入れねー部屋に、スゲー量の血溜まりがあったんだ」
「こんな物騒な世界だ。血溜まりくらい、どこにあってもおかしくねーだろ?」
「いや、おかしいから」
「んで? 教皇しか入れない部屋に血溜まりがあったら、なんで僕が犯人になるんだ?」
むしろ、その部屋に唯一入れた教皇が犯人だろ。あれ? じゃあ被害者は誰だ?
「いや、その部屋にあったのは血溜まりだけじゃねーんだよ」
「僕の身分証でも落ちてたか?」
「…………」
「…………え?」
冗談のつもりで言ったのだが、シュタールはさらに気まずそうな沈黙で答えた。
「じつは……――」
そう、身分の証が落ちていたのだ。僕という、魔王の身分を証明する、代名詞――――
「その部屋に、ダンジョンの入り口ができてるんだ」