無月革命・7っ!?
「葉桜の
落ちざる花こそ
見苦しく
散りて残らん
実もあらばこそ」
ふと聞こえてきた日本語に顔をあげれば、そこにいたのは当然フミさんだった。この世界で日本語を解するのは、僕以外ではたぶんフミさんだけだ。大治郎さんとかなら、フミさんから教えられてるかもだけど……。
「フミさんって、短歌も嗜むんですか?」
「ん? ああ、貴殿には私がなにを言っているのか、通じてしまうのか。しまったな……」
バツの悪そうな顔をするフミさん。バツの悪そうというか、どこか気恥ずかしそうな表情だ。珍しい。そして可愛らしい。
「私のこれは、単なる真似事さ。父や、父の知り合いの趣味が、歌だったのだよ。私のこれは、だからそれの真似事だ」
「へぇ。いい歌だったと思いますけどね。今の状況を的確に表した」
今のこの『往生際の悪い、教会の最後』を見せられている状況は、まさしくフミさんの歌が相応しいと思う。
○●○
あの後、押し寄せた民衆に肝を潰した大司教が、百人近くの聖騎士に護衛され、恐々と出てきた。百人の聖騎士ともなれば、ただの民衆相手なら無双もできる戦力だ。それを揃えてなお、戦々恐々と震える大司教に、皆失望と怒りを深くした。
彼等の前に四人の者が出る。
一人は長大なる直剣をかつぎ、悠々と。
一人は同じく長大な、しかし曲刀を掃き、凜然と。
一人は刃に非ず、鈍器を携え、飄々と。
一人は凶悪な有り様の剣を下げ、しかし清廉と。
四人は揃い、百人の前に堂々と立ちはだかる。
四対百。一目瞭然の数の差は、しかしその士気だけ見れば全く反対に見えた事だろう。
明らかに動揺を見せ、狼狽え始める大司教と聖騎士たち。泰然自若とそれを眺める四勇者。その様、まさしく疾風に勁草を見るかの如し。
やがて、幾分か落ち着きを見せた教会勢の中から大司教が前に出て、問う。
「勇者の四人と見受けるが、何用か? また、このように大挙して大聖堂まで押し掛けてきた理由も、重ねて問う」
これを堂々と言えたなら、まだなんとか面目を保てたのかもしれないが、残念ながら震えながら聖騎士を盾に問うたのでは威厳もクソもない。ただただ滑稽だった。
まず答えたのは、サージュさんだった。
「総司教殿、もしくは大司教殿とお見受けする。我等は貴方を、教会の代表として話させていただく。
これより一時間ののち、我等は強硬なる手段を用いて教会の制圧を目論んでいる。しかし、無用な流血はこちらの望むところではない。
一時間の内に、この大聖堂の内に籠るすべての者は、その去就を決められよ。いかな判断をしようと自由ではあるが、敵対する者に容赦はしない。風の勇者サージュがそう言っていたと伝えよ」
サージュさんが、訛りのない普通の真大陸共通言語を使ってるのに、すごい違和感を感じる。
まさしく、宣戦を布告するように伝えられた大司教は、今度こそ恐慌を来す。
「な、なぜ、こんな事に……っ! ほぼすべての勇者が教会に敵対するッ!? そんな馬鹿なッ!! なぜこんな事になっているっ!? 誰か! 誰か出てきて説明せよッ!!」
喚き散らす大司教に答えたのは、フミさんだった。
「『牝鶏の晨するは、これ家の索くるなり』
かの有名な暴君、殷の紂王を討たんと立った周の武王の言葉だ。坊主が政の真似事などするからこうなる」
うん、フミさん、あんたはアホか?
殷だの周だの言ってもこっちじゃ通じないし、アンタ今、諺の部分を日本語で言っただろ。
見ろよ。案の定、みんなポカンだよ。僕だって、人名についてはよくわからんし。
「あー……、つまり! 物事の道理を弁えなければ、それそのものを壊す事になると、勇者アオは言っているのです!」
なんだかフミさんの台詞を説明する為、僕まで前に出てきてしまった。とはいえ、ここはそうでもしないと空気がヤバかったからなぁ。
民衆も「なるほど、そうだったのか……」的な空気になってくれたし……。
「虚飾にまみれ、加齢臭と死臭に鼻を摘まみ、賄賂がなければ口も開けぬ神の御前。栄耀栄華を体現しながら、なにを慎み、なにを律する? どうして謙虚になれよう?
厳粛なる教えを取り戻し、自らを強く律し、他者へは寛大さをもってあたる。そんなかつてのアヴィ教を取り戻し、栄光と尊厳を守る為にも、私は今まさに変革が必要だと感じる」
僕の言葉尻を捉えるように言葉を繋ぎ、エヘクトルは言う。
「……とはいえ、命を狙われたりせねば、私は今そちら側に立っていたのやもな……」
「『人は足るを知らざるに苦しむ』という。かの光武帝や曹操も――」
「フミさん、黙って」
きな臭くなると口数が多くなるのは、フミさんの悪い癖だろう。とりあえず、テレビも漫画も無い時代の日本人は、古代中国が好きすぎて困る。僕はそこら辺、国の興亡をさわりだけ知っている程度なので、上手く合いの手が打てる自信はない。
僕がフミさんを抑えている間に、シュタールがさっさと順番をこなす。
「ま、早い話が、お前等もいい加減、年貢の納め時ってヤツだ。潔く諦めろや」
他の勇者連中に比べ、なんとも味気ない限りのシュタールの台詞。教会が正式に認めていた勇者はシュタールだけであり、他の勇者はあくまで勇者のオマケ扱いだった事を考えれば、ここで居丈高にご高承な事を言っても嘘寒いだろう。まぁ、その扱いをシュタールがどう思っていたかは別にして。
「さぁ――」
そこで、僕らの背後から声が聞こえる。
冴え冴えとした、透き通るような男声。歌の才があれば、婦女子の幾人かを気絶させるに足る十分な色気をはらんだ声。
その声の主は、振り返らずともわかる。
「――革命を始めましょう」
ロードメルヴィン枢機卿は、いっそ優しい口調でそう言った。