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 無月革命・5っ!?

「なんだって、こんな事になってるんですか……」

「いやぁ、行きがかり上の不幸な理由で……」


 額を抑えてため息を吐くロードメルヴィン枢機卿は、火花一つで大爆発しそうになってる民衆を見て肩を落とした。その隣では、なにを考えているのか、変態勇者ことエヘクトル君が腕を組んでたたずんでいた。

 誰もが怒りに声をあげ、誰もが鋭い視線を大聖堂へ向けている。大地を踏み鳴らす足は、まるで漏れ出た怒りを発散させる為の代償行為のようで、襲い掛かる前の牡牛を思わせる。


「ふん。どうせ、貴様のせいだろうが」

「あん? なんか言ったか、変態勇者?」

「貴様……っ!」


 やっぱり合わないんだよなぁ、こいつだけは。

 険悪な僕とエヘクトルを見かねたのか、ロードメルヴィン枢機卿が話を促す。


「私の予定としては、話は教会関係者と貴族だけで収めるつもりでした。話が大きくなっていい事なんて、一つもありませんから」

「この場合は、たしかにその通りなんですがね。とはいえ、それはそれで禍根を残すでしょう?」


 その場合、民衆のガス抜きをどうすんだって話だ。

 そりゃまぁ、適当な首でも用意すりゃ溜飲も下がるかもしれないけど、大工の彼みたいな不満は残るだろう。大多数は、公開処刑で満足するのだから、そんなものは少数意見として切り捨てるのも大局的な見方なのかもしれないが……。そんなところは、このロードメルヴィン枢機卿も貴族なのだろう。


「しかし、こうなってしまった以上は、この革命の終わらせ方を考え直さなくてはなりませんね」

「現在のアドルヴェルドには、傀儡とはいえ王がいる。教会関係者と貴族連中だけで、内々に話を収めれば、その王に政権を返せたんでしょうけど、こうなっちゃ無理だもんなぁ。教会の専横を許し、暴走を止められなかった弱い王家。それに民衆の期待がは集まるとは、到底思えない。下手すりゃ、革命から反乱の乱発へと変わっていくでしょう」


 結局、民衆がなにに怒ってるかって、この国の政治を司る連中に対してだ。それが教会だろうと、王侯貴族だろうと、そこに大した違いなんてない。教会の上層部は貴族が占めているし、その貴族は名目的には王の配下である。

 今さら、そんな連中が成り代わっても、民衆の不満は収まらないだろう。


「ええ……。そこまでわかってて、なんだってこんな事を」

「ハンッ! 僕は別に、この国の王家に期待なんてしてないんですよ。あんたがどう思ってるか知らねーですけど、長い間政治から隔離されていた王家が、混迷するこれからのこの国を潤滑に治められるとも思えねー。運よく優秀な貴族が取り巻きについてくれなかったら、結局は元の木阿弥でしょうに」

「その辺りは、優秀な人材を集めています。心配はいらないかと」


 自信満々に言うロードメルヴィン枢機卿に、僕は溜め息で返す。


「だーからよぉ、そういう事じゃねーんだって。大事なもんが抜けてんだよ、それじゃ」

「大事なもの、ですか……? それはいったい……――」

「そんな事より!」


 僕は一旦、ロードメルヴィン枢機卿との会話を打ちきり、視線を促す。爆発寸前の民衆へと。


「そろそろ行きましょう? これ以上おあずけしたら連中、ここでおっ始めかねないですよ?」

「は、はぁ……」


 今にも暴れだしそうな民衆を先導し、扇動しなければ、いつ暴発してもおかしくはない。そして、それができるのはロードメルヴィン枢機卿だけなのである。

 僕等は歩き出す。先頭を行くのは、当然ロードメルヴィン枢機卿だ。その後ろにエヘクトル、僕、シュタール、サージュさん、フミさんが続き、さらにその後ろに聖騎士、勇者の仲間たち、民衆と続いている。

 集団はまるで真っ黒な大蛇のごとく、聖都アラトの広場から大聖堂へと進む。その姿は、既に向こうからも確認されている事だろう。だが、それに反応できないのが、今の教会である。

 そんな折、


「アムドゥスキアス」


 そう声をかけてきたのは、なんとあのエヘクトルだった。この状況で、今さらなんだと言うのだろうか。


「貴様、この国の歴史はどの程度知っている?」


 は? いきなりなんだ、こいつ。

 エヘクトルの要領を得ない質問に、しかし僕は首を傾げつつも答えてやる。


「歴史っつってもな……。この国って、そんなに古くないだろ?」


 千年以上続いている国がいくつもある真大陸で、たしかアドルヴェルド聖教国は数百年……五百から四百年くらいの歴史しかなかったはずだ。


「もともとここら一帯は、豊かな小国が乱立していた。豊かな農産物、豊富な水源、穏やかな気象と、誰もが羨むような豊かな小国群。

 その肥沃な大地を狙う周辺国に対し、小国群は同盟によって一つに纏まっていた。その小国群を内部から突き崩し、統一したのが、今のアドルヴェルド聖教国だろ?」


 僕がそう言うと、エヘクトルは静かに頷く。表情は、不機嫌そうなままだ。憮然としたままの表情で、エヘクトルは続ける。


「そうだ。一つ注釈するなら、小国群はその地を狙う周辺国との戦争で疲弊していた。どれだけ豊かな大地だろうと、度重なる戦費に民衆の生活は圧迫され続けていた。豊かな国であるからこそ、自ら作ったものをほとんど口にできない、商う量は多いのに税金でほとんど儲けがでない不満は、行き場も無く燻っていた。

 その民衆のフラストレーションに、一気に火をつけたのがアヴィ教だ。『人間同士で争わず、魔族と戦う為に一致団結しよう。戦争をやめよう』というのが基本思想の宗教は、民衆を中心に瞬く間に広がりを見せた」


「で、当然当時の小国群は、そんな勝手な事を言う宗教の排除を試みたわけだ。そもそも、小国群側は攻撃されてる側で、民衆の要求は無条件降伏にも等しい事だったんだから当然だ。だが、予想以上に宗教は拡大し、排除の方法も、次第に弾圧へと向かっていった」

「そうだ。だが、抑圧されていた民衆にとって、その弾圧は祖国と決別する最後の切っ掛けとなった。弾圧され、民が殺される度に、それに倍する勢いで宗教は拡大した」

「疫病みたいにな。やがて、その宗教という名の病は国境を超える。小国群の一国家、その一部の地域から始まった宗教は、小国家群全土へと爆発的に広まり、血と怒号が小国家群を席巻した。勿論、対策を講じた国もあった。


 それが、メルヴィン王国。


 メルヴィン王国はその宗教の流入を阻止し、自国が反乱の波に呑まれるのを阻止したが、他の小国家群から同盟を理由に援軍を要請される。だが、そもそもが外敵に対するための同盟を、内乱に対して適用する事は、同盟の枠外。さらに、これを契機に諸外国はこぞって小国家群の領土を切り取ろうとしていた。メルヴィン王国は、小国家群を見捨てざるを得なかった」


 まぁ、個人的にはその判断は間違いだったと思っている。とはいえそれは、結果を知っているからこその意見だともいえるので、当時のメルヴィン王国に対して僕がどーたら言うつもりはない。


「小国家群を席巻し、最終的に大きな一つの国となった宗教は、しかしその後も戦乱の渦中に置かれる事となる」


 目的の大聖堂を、なにを考えているのかわからない顔で仰ぎ見ながら、エヘクトルは続けた。





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