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 無月革命・4っ!?

 男は、切々と話す。

 自分はしがない大工である事。つい一年前、一人娘が孫を生んだ事。娘婿も、自分と同じ大工であり、近々娘夫婦の新居を自分たちで造ろうと思っていた事。そこまでは、幸せの絶頂と言っていい程順風満帆な人生だったと。


 「ケチの付き始めは、材木の高騰だ。あれで、俺たち大工の収入はかなり減っちまった……」


 木材の産地で起こった、災害級魔物(バハムート)の出現。在庫はあるはずなのに、不安から木材が急騰した事があった。材木の高騰により大工の仕事は減少し、そして冬になった。


 アムハムラのような豪雪地帯では、冬場は大工業は休業するのだが、アムハムラ程ではない雪の降る地域では、むしろ冬は書き入れ時だ。

 雪の重さで壊れた家などを修復、補修する作業は、冬という時季も考慮されて高値になり、釘などの消費物は薪の関係上、冬場に高騰する。それがわかっている大工は、当然安い時期に大量に確保しているので、使えば使うだけ利鞘が大きくなるというわけだ。


 しかし、アドルヴェルド聖教国は雪が降らない。それなりに冷え込むのだが、冬でも雨が降る地域なのである。特にアラトは内陸に属していて、冬場は風の関係上、その雨さえあまり降らない。

 どういう事かというと、冬になっても仕事が増えないのである。それでも例年であれば、貴族や聖職者たちの家の建築、補修、改装で収入はあったのだが、今年のアドルヴェルドは緊縮傾向にあり、大工にとってはつらい一年だった。

 そんなとき―――


 「突然の新貨幣発行。アラトの住民は、ほぼ全員が自分の持っている財産を新貨幣に変えた」


 正確に言うと、商人以外はと言うべきだろう。教会は少し前から、商人に対してあまり強く出られない立場にあった。だがまぁ、蛇足もいいところなので、無駄な口を挟むつもりはない。


 「そして、あれよあれよと言う間にこのザマだ! 娘夫婦の新居どころじゃねぇ! ウチにはもう、可愛い孫に食わせていく金すら残ってねぇんだ!! 新居を建てられるくれぇの蓄えはあった。それが―――俺の20年が、たったの一月でパアだ!!」


 新貨幣の下落幅は、高額な貨幣ほど大きくなった。当然だ。高額貨幣ほど、地金との価値の差額が大きかったのだから。


 「かかあと娘は、奴隷商に身売りすると言ってる。俺と娘婿の稼ぎだけじゃ、幼い孫を食わせていくだけの収入にならねえからだ……」


 悄然と、男は言う。


 「だがそれでも―――かかあと娘が身売りしてもっ! 持つのはせいぜい一年だっ!!」


 僕が奴隷解放を唱え、状態の悪い奴隷を問答無用にさらってしまうから、各国は奴隷を粗略に扱わないよう法を定めた。

 しかしそれは、奴隷の単価を上げてしまい、当然奴隷となった際に得られる金銭も減ってしまったのである。これは、奴隷の存在意義の一つである、貧困層の救済といった側面を潰してしまったという事だ。そう、僕のせいで彼等は、幼い子供を死なせてしまうかもしれないのだ。いや、彼等だけじゃない。真大陸には他にも、僕のせいで身売りしてもたいした金を得られなかった家族がごまんといるだろう。別に、この人たちが僕の犠牲者第一号というわけでもない。


 「一年後……、もしこの国が変わっていなければ、孫は大人になれないかもしれない……。だから……、だからっ!!」


 自分は教会を相手に戦うと、男はきっぱりと言い切った。何人かの男たちも、彼の後ろに並んで、教会へと批難を浴びせる。


 「……わかった。

 ならば!! 僕とお前たちは、これから同志である! 安心しろ、立ち上がったのはお前等だけじゃない。見ろ! 光の勇者シュタールが、教会の腐敗を見かねて立ち上がった!! 風の勇者サージュは、子供たちの為に戦いを決意した!! 水の勇者アオキ・フミは義侠の心により剣を振るう!!」


 フミさんが勇者だと告げると、わずかに民衆はどよめいた。しかし、3人もの勇者が立つという事に、どよめきは次第に歓声となっていく。

 そして、僕はさらに続けた。


 「火の勇者エヘクトルは、革命を決意したロードメルヴィン枢機卿を連れ、今もここアラトを目指している!! 僕はこれから、彼等を迎えにいく!! 皆、逸る気持ちを抑え、待っていてくれ!!

 彼等もまた、僕等の同志なのだから!!」


 ここで火の勇者と枢機卿の名前を出した事に、民衆は戸惑う。火の勇者はアラトに住まう者なら、誰でも知っている程の熱心な信者なのだろう。それに、教会でもかなりの要職である枢機卿、ロードメルヴィン卿。この二人の参戦に、やや困惑する民衆。


 だが、革命を成功させるには、民衆の力だけでは不足なのだ。もし、革命が貴族、聖職者の排斥と同義なら、いくら勇者が3人いても、この革命を成功させるのは厳しい。泥沼の内戦になれば、この国は凄惨という言葉すら生ぬるい、地獄絵図の手本のような有り様に成り果てるだろう。だが、僕もロードメルヴィン枢機卿も、そんなものは望んでいない。僕らが再三、『革命』と言っているのは、これを『内戦』にしない為でもあるのだ。

 その為には、強力な後ろ楯が不可欠であり、ロードメルヴィン枢機卿は、そのポジションにうってつけなのである。それに、火の勇者と枢機卿がこちらにいれば、向こうからの離反者もでやすくなる。


 「ロードメルヴィン枢機卿は、随分前からこの国の現状を憂いていた。そして先日、教会からの暗殺者にその命を狙われ、最早一刻の猶予もないと革命の意志を固められた!!

 メルヴィン地方の領主がこの革命を率いてくれて、勇者が4人もお前等の味方なんだ!! お前等は、決して一人ではない! 死ぬ為に戦うのではない! 生きる為、勝つ為、そしてなにより、正しき信仰の為に戦うのだ!!


 さぁ、同志たちよ、立ち上がれ!!」


 一斉にあがる拳。あがる雄叫び。燃えあがる意志。蜂起の瞬間だった。


 打ち鳴らした足踏みは、冗談でもなんでもなく地面を揺らし、勇ましくも痛切で痛烈な叫びは、周囲の建物のガラス窓を割った。


 「よくもまぁ……」

 「ペラペラと、心にもない台詞を吐けるものだ……」

 「しかも、その心にもない弁舌で、これだけの人間を動かしてまう……」


 勇者3人は、僕を見てからお互いに顔を合わせて、なんとも言えない表情を作る。





 「「「こんな魔王とは、絶対に戦いたくないな……」」」




 幸いな事に、勇者たちの弱気な台詞は、民衆の声に掻き消された。

 これから民衆の希望となるべき勇者が、なにを弱気な事を言ってやがる?





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