無月革命・3っ!?
「で……、結局こうなるわけか……」
目の前には民衆。背後には公開処刑の舞台。これ以上なく目立ってしまっている……。
今から潜伏? そんな事は、凄腕の忍者だって出来やしない。出来るとすれば、武装探偵を育てる為の学校の校長先生か、月下の奇術師と名高き全身白ずくめの怪盗か、北海道にあるファミレスのマネージャーの奥さんくらいのものだろう。彼等ならばこの程度の衆目は余裕綽々なのだろうが、我々はしがない魔王と勇者でしかない。事前に立てていたプランは、全て白紙に戻さざるを得ない。
くそっ! せめてファミレスのマネージャーだけでもいれば、影を薄くして逃げれたかもしれないのにっ!
「おい、なんか見当違いの事考えてねーか?」
「はぁ? 僕は今、全力で目の前の状況の打開策を考えてるっつの! どうせ何も考えてないバカは黙ってろ!」
「なんか、理不尽に怒られた気がする……」
まったく、使えない勇者は黙ってろよ。運と急場の金策しか役に立たないんだから。
「そうだ! プレ○ターを呼ぼう!」
「いい加減落ち着け!」
「いてっ!」
シュタールに拳骨を落とされ、僕はようやく正気に戻る。どうやら大分テンパっていたらしい。
だが、この僕のお利口さんなどたまに拳骨くれやがったアホは許さん。
「輸送料二割増しだな……」
「ボソッとなにとんでもねー事言ってんだ!?」
「バカめ、どうして僕が、あんな超豪華な飛行機を使ったと思っている?」
「まさか、そこから罠だったのかっ!?」
「輸送料マシマシ〜♪」
「おい、ふざけんなっ!!」
「こんな有事に移送を依頼したお前が悪い。あー、平時なら他にも選択肢があったのに、残念だなー」
「亡者だ……。金の亡者がいる……」
なにを今さら。そんな事は、僕に出会って五秒で気付け。今さらそんな事を言うようだから、お前はアホだと言うのだ。
「キアス君キアス君、漫才かましとるとこ悪いけど、観客ポカンやで?」
サージュさんに言われて周囲を見回せば、先程まで呆気にとられていた民衆や教会関係者は、今度はハッキリ呆れながらこちらを見ていた。
「マズいな……。今は呆れられてるだけだが、これが過ぎれば怒号がとんでくるぞ……」
民衆の怒りの捌け口である公開処刑を、僕等は今、台無しにしている。オベイションがもらえるわけがない。
仕方ない……。
「少し時間を稼ぐぞ。それでなんとかしてやるから、あとはお前等でなんとかしろ」
「なんとかなんとかって、不安しか残らねーな」
「私は構わん」
文句タラタラなシュタールを脇に置いて、フミさんが男らしく頷くと、サージュさんもそれに同意する。
「せやな。このままよか、なんかした方が事態が良くなるんは確実や。なんせ、現状が最悪やし」
という事で、僕は壇上に飛び乗り、レンメルとか言うおっさんが首枷を嵌められて立っている場所まで歩く。
「アラトに住まう心ある者たちよ!! 賢明なる諸君は気付いているのだろうっ!? こんな処刑に意味はないと!!」
両手を広げ、大仰に僕は声を張り上げる。
民衆は先程までの弛緩した空気を引っ込め、重苦しい空気を醸し出し始める。対照的に、レンメルは救いの光でも見たかのように僕を仰いでいた。今から僕を崇拝しろと言えば、腹を見せて尻尾でも振りそうな有り様だ。だが、僕はこんなのいらん。
「我等の信仰は、今現在光の神の御元に届いているとは言い難い!! それはなぜだっ!?
我等の信仰心が薄いからかっ!? 否だ!
敵である魔王のせいかっ!? 否!!
亜人、獣人、その他異教の民のせいかっ!? 否否否ッ!!!
全ては腐敗した教会のせいだっ!!」
僕は煽る。革命の前準備として、そして移送のアフターサービスとして、大衆を扇動する。
「私利私欲にまみれた教会は、最早光の神の為に動いているのではない!! より多くの金を求め、より大きな利益と権利と土地を欲し、自らの虚栄心と強欲に動かされ、諸君等を食い物としているのだ!!
見ろ、この公開処刑を!!
誰がどう見ても蜥蜴の尻尾である、この小物の処刑!! これで満足しろと投げられた『餌』がコレだ!!」
僕はそう言って、背後に隠していたレンメルを、再び衆目に晒す。
なにをどう勘違いしていたのか、てっきり助かるものと思っていたレンメルは、再び青い顔で絶望を体現したかのような表情だ。そしてそれを目の当たりにした民衆にとって、丸っきり小物なその態度は、先程までと違った怒りの原動力となっていく。
レンメルにではなく、教会全体に対する怒りへと。
「お前等は、今こう言われているんだぞッ!? 『その腐りかけの肉で我慢して、これからも自分たちに上質な肉を献上し続けよ。お前等の血肉は、全て神を騙る自分たちの物だ』とな。偉そうな身分と神の名さえ出しておけば、血を流すようにして稼いだ金も、たった一つしかない命も、ホイホイと自分たちに捧げてくれる間抜けな連中だと言われているんだ!!」
流石に教会関係者たちも黙っていなかったのだが、聖騎士や聖職者たちはサージュさんとフミさんが足止めしてくれていた。アラトの聖職者、聖騎士にとって、サージュさんは恐怖の対象だったようで、まるでナマハゲを見た幼稚園児のごとく萎縮してしまっている。もう一人、斧を持った執行人がいたのだが、そっちは斧を構えようとした段階で、シュタールのヤクザキックによって夢の世界へと旅立った。シュタールはそのあと、護衛のつもりか僕の傍らに控えている。
僕はさっきまでの大音声を潜め、静かに、しかししっかりと問いかける。
「……さっきまで叫んでいた奴で、この公開処刑が終わったあとの事を考えていたヤツが何人いる? そこで一旦溜飲を下げてしまおうとしてた奴等が、この中に何人いる?
この、ガリガリの枯れたおっさんが死ねば、お前等は飢えないのか? 稼げない子供を、奴隷にせずに済むのか? 体を売らずに暮らせるのか? 祖父母を捨てずに暮らしていけんのか?
だとすりゃお前等は、コイツの命を随分と高く買ってんだな。僕は捨て値でだっていらねえけど、お前等にとってはコイツの命はそうとう高い買い物なんだなぁ?
その額はいくらくらいだ?
お前等の命や、残りの一生と見合う額か? 息子や娘の人生の額と等価か? 育ててくれた親に、死んでくれと言えるだけの莫大な価値かッ!?
ああぁん!?
聞いてんだろうがッ!! 答えろや、この腰抜け共!!」
困惑、不安、恐怖。そして怒り。民衆から漂ってくる感情は、既に危険域を軽く突破している。そして―――
「そんな訳ねぇだろうが!!」
一人の男の、痛切な叫び声と共に、この革命の幕は上がったのだった。