真大陸激動っ!?
「キアス様!」
ちゃっちゃと爵位を貰い、適当に挨拶でもして帰ろうとしたら、やたらいい笑顔のトリシャが声をかけてきた。
「キアス様、キアス様が貴族になったという事は、年始の行事でまた会えますねっ!」
「年始?」
そういえば、そろそろ年末か。真大陸では年始から春だから、そろそろ僕も生まれて一年になる。そう考えると、ちょっと感慨深い年始かもしれないな。この世界、基本数え年だし。
「で、年始の行事って何?」
「この国で領地を持っていない貴族は、年始の行事で王城に集まる事になっているんです。とはいえ、この国はこれまで冬に移動できませんでしたから、参加する貴族は既に王都に集まっているはずです。今年は我々も砦にいますが、例年であれば王や王族も王都にいなければならなかったんです」
ふーん。まぁ、冬の間だけでも、体よく王を前線から遠ざける為の習わしなのかね。でもなぁ、交通がマヒしているからこそ、国境付近には軍を配備しておかなきゃならないし、むしろ王の守りが薄くなるんじゃないか?
「それが、王国空運のおかげで冬でも移動できると」
「はい。だから、今年の年始の行事には、領地持ちの貴族も集まるようですね。当然、キアス様も来てください」
「えー……」
正直、今かなり忙しいんだよな……。戦争中だし。
「来てもらうぞ」
やんわり断ろうとしたら、割り込むようにアムハムラ王がきっぱりとそう言った。
「新しく貴族になった者は、この行事に参加するのが慣例だ。これに参加もせず、貴族だと名乗ったらさすがに不自然すぎるぞ」
うわっ、面倒くさい慣習! そうなると、一応僕も参加しないとまずいか……。
「でも、僕って商人として結構顔が売れてるからなぁ……」
この国の貴族とも、それなりに付き合いがあるので、このまま出席なんてすればすぐにバレる。そうなると、またいつもの変装なわけだ。いくつもの名前と顔を使い分けて、僕ってさながら00なんちゃら?
「ま、そういう事なら早めに仕事切り上げて、その行事とやらに参加しますよ」
「はいっ! お待ちしてます!」
本当にうれしそうなトリシャが、頷きながらそう返してきた。
どうしたっていうんだ? さっきまでは普通だったのに。
「そういう事で、とりあえず爵位ありがとうございました。たっぷりと恩返しさせてもらいますから、楽しみにしていてくださいよ」
「うむ……、まぁ、なんだ……。ほどほどにな……」
あれ、なんだかこっちはあまりうれしくなさそうな顔でアムハムラ王が返してきた。結構利益と名声となるはずなのだが……。
「ところで――」
もうする事もないかと帰ろうとしていたら、世間話のように軽い調子でアムハムラ王が声をかけてきた。
「――天帝国が周辺諸国を攻めて、そのほとんどを属国にしたそうだぞ。まぁ、貴様の事だから既に知っていたであろうが」
あまりにも重大すぎる事を、さらりとのたまうアムハムラ王。僕はと言えば、それに対して一瞬反応が遅れてしまった。
「――え?」
「知らなかったのか? 天帝国が宣戦布告するなど、五百年以上無かった事なので結構話題になったのだが………。まぁ、世間の話題としては、教会の大失態の二の次になってしまってる感はあるからな、貴様が知らぬのも無理はないか」
アムハムラ王の軽い調子の言葉など、今の僕には聞こえていないも同然だった。
天帝国がこの機に勢力を伸ばした? なぜ今?
既に真大陸最大の版図を抱え、経済、軍事、信用、そして教会勢力が衰えた事によって情報の分野でも真大陸最強と言っていい天帝国。
経済ではアムハムラ王国、情報では北方三国もかなりの勢力ではあるのだが、やはり地力の差というものはある。軍事に関しては言わずもがな。どだい、真大陸最大の国家の物量に対抗できる一国などというものは、真大陸に存在しないのだ。しかも、天帝国軍ともなれば、量だけでなく質も高いときている。質だけならアムハムラもいい線いってるが………。
さて、そんな名実共に真大陸最強国家の弱点は何かといえば、端的に言ってその大きさだ。
国が大きくなればなる程、抱える人間も、動く金も、動かせる権力も多くなる。それは、腐敗や不正の防止が難しくなる事を意味し、権力者の暴走を監視するのも難しくなるという事だ。
―――いや、何も不正だけの話じゃないな。他国が侵攻してきても、国の中枢と離れすぎてれば対応も遅くなる。それは外様貴族達の不信に繋がり、結果、反乱でも起きれば独立する頃にようやく鎮圧軍が到着という、間抜けな事も起こりかねないという事だ。
さっきアムハムラ王は天帝国の侵攻は五百年振りと言ったが、それは現在の規模がギリギリ統治できる限界だったからに他ならない。
だからこそ、なぜ今他国を攻めたのかがわからない……。
情報伝達だけなら僕のマジックアイテムをアテにしているのかもしれないが、移動そのものの問題もある。まさか転移の指輪を全軍に配備するわけもないし、そうなったら流石の天帝国も軍事費の捻出に苦慮せざるを得ないだろう。王国空運を使うのか? いや、そんな他力本願な真似、あの食えないおっさんがするはずはない。一、二回話しただけだが、あの老練そうな天帝がそんな、場合によっては国を傾けかねない稚拙な事をするとは思えない。
じゃあ何だ?
「いや、待てよ。アムハムラ王、属国と言いました?」
「うん? うむ。元よりあの辺りの衛星国家は、天帝国の属国のような存在だったからな。実質属国から、正式な属国になったというだけで、取り立てて何かが変化したわけでもない。だからこそ、あまり話題にも上がらなかったのだろうが。
天帝国からの宣戦布告をうけて、その使者にそのまま恭順の返答をしたそうだ。だから、武力衝突というものもほとんどなかった。まぁ、反乱まがいのものは起きたらしいが、それも天帝国側がすぐさま鎮圧したとか。民衆も、大国、天帝国の一員になれるという事で、諸手を挙げて歓迎しておるようだし、混乱といった意味では、やはり教会の方がはるかに大きいな」
「成る程……」
となると、実際はこれまでとあまり変わらないという事になる。わざわざ、理由も無く周辺国を攻めたという汚名をかぶってまで、天帝国が意味のない侵略をしたとは考えづらい……。
うーん……、今の状態じゃやはり情報が少なすぎるか……。
とりあえず、北方三国を使ってある程度情報を集める必要があるな。それと、コーロンさんに『鳥』を動かしてもらおう。あんまり深く入り込まないよう、注意しておかないとな。
「助かりましたよ、アムハムラ王。ここでその情報が聞けたのはラッキーでした」
「まぁ、貸しにする程の情報じゃないけどな」
「いえいえ、あまり天帝国に強くなられすぎても困りますし、僕としてはアムハムラ王国に、聖教国の代わりを努めてもらいたいと思ってる所存です」
僕がそう言うと、アムハムラ王もトリシャも、大量の酢でも飲まされたかのような、嫌な顔を浮かべた。やっぱり、この国の人は聖教国が嫌いらしい。その代りというのが、お気に召さなかったのだろう。
「さて、じゃあそろそろ行きます。トリシャ、今度呼びに来るから体空けといてね」
「はいっ!」
嬉しそうに頷くトリシャの横で、アムハムラ王はため息交じりにこちらを見る。なんだか値踏みするような視線で。
「あまり派手に――動くなと言っても無理だろうから、ウチに迷惑のかからん範囲で動いてくれや」
「それは勿論。僕はアムハムラとのつながりを公表するつもりはありません。陰で手を組んでいた方が、お互いなにかとやりやすいですからね。バラすなら、いっそアムハムラと同盟でも締結してからですかね?」
僕はいたずらっぽく返す。無論、僕とアムハムラ王国とのつながりを世間に晒すつもりはない。この関係は、お互いにとってかなり有益なので、できる限り続けていきたい。 真大陸との友好という観点からいえば、ガナッシュ公国や天帝国を利用すればいいし、同じく秘密裏に手を結んでいるドワーフ王国にも悪影響がでかねないので、できればずっと秘密にしておきたい関係だ。
「勘弁してくれ……」
流石に同盟は時期尚早だと、アムハムラ王の疲れた言葉を背に、僕等は聖教国へと向かったのだった。