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 暗躍した者。暗躍する者。

 「どうなっているッ!?」


 こんなはずではなかった。なぜ? どうして? そればかりが頭をよぎる。


 「なぜこうも上手くいかん!?」

 「ナハハハ。そりゃお前、相手に全部先読みされてっからだろ。こっちの動きも、こっちの思惑も、その先の動きまでさ」


 軽い調子で答えるこの方に、苛立ち紛れに質問する。あるいは詰問か。


 「我々はできる限りの事をしました。しかし、こうも思惑を外され、教会としての体面まで保てなくされては、最早どうしようもありません。これからどうなさるおつもりですか?」


 清廉なまでに純白の髪が揺れ、神威を帯びるかのような碧眼が逆に私を覗き返す。


 「どうするったら?」

 「かくなるうえは、手勢だけでも第十三魔王にぶつけ、戦争を起こす必要があるかと」

 「あー、それ無理」


 一顧だにせず却下され、狼狽する私に彼は告げる。


 「教会勢力下のいくつかの国で、騎士団やらなんやらが壊滅させられたって事件あったろ?」

 「それが何か? 各国騎士団など、そもそも戦争に関係無いではありませんか?」


 国によって違うが、騎士の役割とは大半が王侯貴族を守る為にあるものだ。無論、アムハムラ王国のように兵士と同等の仕事を求められる騎士団も無いではないが、それでも魔大陸侵攻となれば必要なのは兵士であって騎士ではない。

 だが、そんな私の考えを、彼は一笑に吹す。


 「馬鹿かお前? 南側はどこも教会のせいで国情が良くない。そんな中で、騎士団が機能しないのに、軍まで国を空けさせる奴がどこにいる? 実害の無かった国だって、そんな状態でわざわざ兵士を貸してはくれんだろうさ。おまけに、王国空運だって魔大陸侵攻に使えなければ、前と同じだけとは言わないが、それなりの時間を食うだろう。それまで、アドルヴェルドが国として存続していられるかってくらいに、現状は追い込まれてんだ。自覚しろ」

 「……」


 し、しかし、悲観論ばかりを述べても、今はどうしようもないではないか! 何かをしなければ、このままでは我が国は滅びを待つばかりだ。それこそ、アドルヴェルドが国でなくなってしまう!


 「おまけに、どうしたって真大陸から出ていくにはアムハムラ王国を通らにゃならん。この状態で、あの国が魔大陸侵攻軍なんぞを通してくれるとも思えない。あの国の国力が弱かったらゴリ押しもできたんだろうが、今じゃあの国は真大陸の中核を担う大国だ。まず間違いなく、陸路での移動は不可能だ。ならば沿岸に沿って海路を進めばどうか? それもだめだ。考えるまでも無く却下せざるを得ない。海は魔物の巣窟だ。陸より遥かに大きく、強力な魔物が生まれやすく、さらには魔物に敵対できる生物がいないせいで数も減らない。航海技術が発達しない元凶だ。今の状態で魔大陸侵攻なんかすれば、それこそこの国にとどめを刺す事になる。

 それ以上に、この国には既に他国を動かせるだけの力がない」


 そのお言葉に、流石に私も反駁する。


 「何を仰る!? 我が国は変わらず強国です! 今回の事で、多少金銭的損失はありましたが、それは数年もすれば取り返せる金額。他国もこれだけの事でアドルヴェルドから離れてはいきますまい!!」


 だが、私の抗弁を鼻で笑い、その方は続ける。


 「ばぁーか。この国は国力で天帝国に劣り、軍事力でも天帝国に劣り、経済力でも天帝国に劣っているんだぞ? そんなアドルヴェルドが天帝国と並んで真大陸の二大大国としていられたのは、天帝国にすら負けない情報収集能力があったからだ。真大陸各地に教会を建てて、そこから集める情報によって有利に立ち回る事ができたればこそであり、教徒たちを増やす事で他国の民までも間接的にこの国に取り込んだ。だからこそ、その情報と信仰を恐れて他国はこの国を大国として扱ってきたんだ。でなければ、こんな肥沃な大地、とっくに周辺国から毟り取られてるさ。

 しかし、新たに台頭してきたアムハムラ王国。情報を武器に産業を起こした北方三国。魔王が街を造ったズヴェーリ帝国では、流通の活性化と魔王の街から流れてくるマジックアイテムにより、経済が活性化している。教会が排斥した獣人の国がだ。そして、教会のせいで魔王に喧嘩を売ったうえに敗戦し、魔王の傘下とならざるを得なかったはずなのに、ここにきてじわじわと力をつけてきているのがガナッシュ公国だ。なんでも、今年は冬麦が随分と豊作らしいぜ? 他の農作物も収穫量が増していて、おまけに魔王のお膝元だってのに、少し前は奴隷市場がだいぶ活気付いてたらしい。ただ、これは商品が少なくなりすぎて奴隷商は次々廃業しているらしいな。ただ、一度大きな市場ができたのは事実で、その際にガナッシュに流れ込んだ金は多い。しかも、ガナッシュで奴隷商を廃業した奴が多いせいで、そこから他国にあまり金が流失しなかった。

 アムドゥスキアス君と関わった国はどれも調子がいいってのに、アドルヴェルドだけは失敗と陰謀の噂しか出てこない。アムハムラ王暗殺未遂? 枢機卿暗殺? 魔王の街襲撃と、さらに枢機卿の暗殺が重なって、今回の通貨発行の大失態。あはははは、もう完全に手のひらの上で玩ばれてんじゃん。こりゃ、アヴィ教が廃れるのも時間の問題だな。

 ほーんと、上手く立ち回るよなぁ、アムドゥスキアス君は。正直、こんな魔王は想定外だったよ。あの人も、とんでもない存在を生んでくれたもんさ」

 「何を呑気な事を! 我々の窮乏は、まさしくそのアムドゥスキアスのせいではありませんか!? あなたのお力でもって――」

 「しかしなぁ、ちょっと上手く立ち回りすぎじゃないかい?」


 彼は私を無視し、虚空を見上げて話を続けた。まるで、私などこの場にいないかのように。まるで、他の誰かと話すかのように。


 「それはダメだろう? これは俺と、アンタと、あの女の戦いだったはずだぜ? 誰かに肩入れしたり、助けたり、一方的に援助したりってのは、アンタのやり方じゃなかったはずだ。そういう卑怯な事は、俺の役割だ。アンタがやっちゃいけないだろう? それはアンタという存在の、存在理由と、存在価値を脅かす真似だ」


 滔々と虚空に向けて言葉を放つ彼に、私は割り込むでなく、ただただ茫然としているしかなかった。所詮、私ごときにこの方の言動のすべてを推し量る事などできないのだから。


 「いいぜ、あんたがそこまでやるなら俺にだって考えがある」


 彼はそう言って、その方は立ち上がる。御座から。

 アドルヴェルド聖教国、聖都アラトの中央大神殿。その最上階に位置するこの部屋は、教会関係者ですらほとんどの者がその存在を知らない聖域である。そして、その御座に座れるのは、アヴィ教の紛う事無き最高位者。つまり彼だけだ。


 「アムドゥスキアスを、潰す」


 彼はそう言って、私に向き直って言った。


 「つー訳で、お前等アヴィきょう用済み」


 酷薄に。





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