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 屁理屈と羞恥心っ!?

 「なぜだ……?」


 僕は悲嘆と絶望の中、地べたに両の手と膝をついて項垂れていた。隣では、同じく落ち込むサージュさんもいて、なぜだかシュタールまでもが同じポーズをとっていた。


 ここは《魔王の血涙》。僕の領地にして領土。そして、僕の造った僕の家である。

 そんな、僕の家で、僕は締め出しを受けた。信じられるだろうか? 家主にして創造主である僕が、ダンジョンであるこの場から締め出しを受けたのだ。こんな事はあり得ない。あってはならない。

 しかし、そのありうべからざる出来事が、今、僕等に襲い掛かってきたのだ。


 魔王にしてダンジョンマスターである僕の大傑作、あの〝大浴場〟に、僕は今は入れないでいる……。




 僕とサージュさんは、意気揚々と大浴場へと向かった。脱衣所の前で別れ、服を脱ぎ、そして大浴場へと続く扉を開けようとした瞬間――


 「何をしているのだ、キアス殿?」


 と言って、ズカズカと男子更衣室に入ってきたのがアニーさんである。勿論着衣済みで。浴場からではなく、リビングの方から。


 「師匠が浮かれ調子で脱衣所に入ってきたので、もしやと思ってきてみれば……」


 見れば、アニーさんに首根っこを掴まれた半裸のサージュさんが、これまた半泣きでこちらを見ていた。

 いや、サージュさんって女性ですよね?


 「キアス殿、今は女性の入浴時間だと明言していたはずだが?」

 「あ、その制度はアニーさんたちが地下迷宮に籠った際に、満場一致で廃止されました。再び施行したい場合は、もう一度行政の方に草案を提示していただければ、家庭会議で是非を問うたのちに決定されますので、現状は男女混浴が法的に正しい入浴法となっております」


 僕はすまし顔で言ってみる。残念ながら会議の方は、お仕事が忙しいらしくフォルネウスは欠席だったので、アニーさんを筆頭とした男女別浴派は一人もいなかったのだ。


 「そうか。それはすまなかった。しかし、ならばこそ入浴には正しいマナーが求められると思うが、いかがか?」


 うっ……、そう来るか。


 「男女別を宣言していたにも関わらず、無理に浴場に押し入るのはマナー違反だと思うが? 現状、明確な線引きがない以上、判断は個人の良心と良識に委ねるしかないわけだが、だからといて無秩序をよしとするキアス殿ではないと私は思っている。これは、私の買い被りだっただろうか?」


 くっ……、そして、僕の良心にまで訴えかけてくるか。流石はアニーさん。シュタール達無軌道な連中を一人でまとめる大黒柱だ。

 だが、僕はまだあきらめない! なぜなら、今あのすりガラスの向こうにはパラダイスが広がっているはずだから!!


 「無論、マナーは大事でしょう。明言されている以上、本来なら遠慮するのが常識的な行動です」

 「そうであろう?」

 「ええ、全く持って道理です。正しく、品行方正です。ただ、それは僕に不利益を被らせてまで守られるべき秩序マナーでしょうか?」

 「何……?」


 一瞬で険しい表情となるアニーさん。忘れているようだな。僕は秩序の破壊者、魔王なんだぜ?


 「ええ、ですから、たしかにアニーさんたちの行動方針、男女別浴というのはわかります。皆さん乙女ですし、恥ずかしいのもわかります。ただ、僕にだって事情はあります。知っての通り、僕は風呂好きです。しかし、僕はここ三日、寝たきりでした。戦闘もこなし、血を流し、血を浴びて、土にまみれて埃まみれになって、さらに三日放置したあとです。家主として、その不快さを押してまで、招いてもいない客人であるあなたたちにそこまで譲歩してあげなければならない理由というのは、ちょっと思いつかないですね」

 「むっ……!」

 「ええ、ええ。アニーさんの言いたい事もわかりますし、それをあなたに喋らせて恥をかかせるつもりもありません。わかっています。『僕とあなたたちには、ある程度以上の信頼関係がある』でしょう? その通り、僕はあなた方を信頼していますし、こうして魔王である僕の居城で入浴まで楽しむ程には、あなた方も僕を信頼してくれている。

 素直にうれしいですよ。

 ただ、だからと言って勝手知ったる他人の家、どころか、我が物顔で僕の家を好き放題にされるのは、ちょっと違うと思うんですよ。それこそ、良識の点で」


 僕の言葉に、アニーさんは苦虫を噛み潰したような顔になり、サージュさんはまるで希望の光を見たかのような、キラキラとした視線をこちらに送ってくる。


 「たしかにあなたの言う事は正論であり、正しい振る舞いでしょう。しかし、言ってしまえばこれは、家に招いた人間が、『じゃあ、お茶出して。茶菓子用意して。今日晩飯食べてくから用意して』と横柄に指図するようなものではないでしょうか? いえ、出しますよ? 客人を招いたのです、お茶くらい出しますし、お茶があるならお茶請けだってあるでしょう。時間帯によっては夕飯をごちそうするのだって、やぶさかではありません。ただ、それを催促するような厚顔無恥な言動を、あなたはしないと思っていましたが、それは僕の買い被りだったのでしょうか?」

 「…………」


 僕の屁理屈に、アニーさんは押し黙り、そしてサージュさんはうんうんと頷く。そして、無言の敗北宣言を背に、僕はすりガラスをカラカラと開いた。

 湯煙と楽しそうな女性の声が響く大浴場。そして、目の前に肌色が見えた。

 赤の混じった茶髪が、いつもとは違ってぺたんと張り付き、その大きな目と長いまつ毛を可動域いっぱいにまで見開き、肌の上を滑る水滴は、その滑らかなゲレンデを滑り落ちていく。手のひらに丁度良さそうな大きさ胸と、躍動感ある肉付きの矮躯。思わず見入ってしまいそうな程に滑らかなその曲線美に魅入られて、僕等の時間は停止する。

 動き出したのは、果たして何秒後だっただろうか? あるいは何分後だっただろう?


 「――き――」


 彼女――レイラは、たちまちその白い肌を紅潮させると、腰だめにこぶしを握りしめた。




 「――きぃやぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!」





 迫りくる拳。とっさの回避。可愛らしい悲鳴。そして僕の断末魔。瞬く間の出来事に、アニーさんもサージュさんも、ただ傍観しているしかなかった。

 そうして僕は、文字通り浴場から叩き出されたのだった。正直、直撃してたらマジで死んでたかもしれん……。 




 そして僕とサージュさんは浴場から締め出され、新品のコピスとコピシュを手入れしていたシュタールは、僕等を止めなかった責任を問われ、同罪と見做された。なお、被告人の一人は、


 「あいつ等、着替えや風呂を覗いたってんで、何人かの冒険者を再起不能にしてるからな……。今まで死人がでなかったのが奇跡だぜ」


 と供述したという。


 そういう事は、先に言え。




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