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 王女とリンスと鼻血

 夜営の準備も終わろうかという頃、キアス様の声が聞こえてきた。


 『やぁやぁ、アムハムラの兵士諸君。アムドゥスキアスだよ。

 君達に、少しではあるが、このダンジョンを訪れ、礼節を持って動いてくれているお礼をしよう。まぁ、ただの食糧と水だがね。

 ここは外のように寒くはない。水はここまでの旅で汚れてしまった体を清めるのにでも使ってくれ』


 そう言うが早いか、転移陣が現れて大量の水と、新鮮な魚が送られてきた。


 アムハムラ王国は、主な産業を、漁業に頼る国であるので、国民の多くは魚をよく食べる。勿論、畜産もあるにはあるのだが、環境のよい南方のように大規模な牧場を作れるほどではない。だから、新鮮な魚の食べれないこのような遠征では、それだけで結構なストレスを受けるのだ。干し肉のあの塩っ辛さや、固さ、臭み、米ではなく携帯用の乾パンで食べなくてはならないことが、どれだけの苦痛か。


 それが、今目の前には新鮮な生の魚が、石材のような箱に満載されているのだ。

 思わず喉を鳴らしてしまったのは、私だけではないはずだ。


 『ああ、それと、トリシャ隊長。あなたが望むなら、こちらで入浴されて行きますか?流石に、兵士の方達をこちらに招く事はできませんが』


 入浴だとっ!?


 私は、目の前の魚から、未練無く目を離し、黒い物体、キアス様の言う『すぴぃかー』という物を見る。


 「入浴、という事は、風呂があるのですか?」


 『ええ。なかなかの出来栄えだと自負できる、大浴場がありますよ。1日の疲れを癒すには、もってこいです』


 風呂。


 あれは凄い。贅沢の極みと言っていい。

 前述の通り、漁業の盛んなアムハムラは、町が沿岸に集まる傾向がある。しかし、それは同時に、生活水の確保が難しいということでもあった。辛うじて、近くの川から取水できる王都でも、海水が混じり、時に水が塩辛くなる。


 そんな環境なので、風呂が使えるのは、他国の客人を招いた時か、年始くらいのものなのだ。


 しかし、今の口ぶりでは、キアス様は毎日風呂に入っているようではないか。


 もしそうなら、キアス様と寄り添ったときに嗅いだ、あの清潔な香りも納得だ。


 あれ………?

 もしかして、こんな誘いを受けるってことは、キアス様、私の臭いが気になったのだろうか?


 いやぁぁぁあああ!!あり得ない!!王女としてとかよりも、女としてあり得ないぃ!!


 私は直ぐ様快諾しようとしたが、副長が焦ったようにそれを止めた。


 「隊長、危険です。お止めください」


 最早耳にタコができるほど聞いた諫言を、再び口にする副長。

 確かに、これは今回の遠征には必要の無い行動だ。すでに交渉を終え、後は明日発つばかりの現状で、再び魔王の手中に飛び込む必要なはい。あくまで、私がキアス様の仲間でなかった時の仮定だが。


 しかし、お風呂だぞっ!?

 上手くすれば、あのキアス様と一緒に入浴し、裸身をこの目にするチャンスではないかっ!!

 万難を排してでも、そこに向かう意味がある!!


 その為ならば、副長の1人や2人、嘘八百の二枚舌で、いくらでも説得して見せよう!!幸い、私は考えが表情に出にくい。嘘を吐く上で、これほどの優位は他に無い。


 「副長、我々は今、アムドゥスキアス殿に厚意を受けたのだぞ?それに対する反応が、警戒ではあまりにお粗末ではないか?

 もし仮に、彼が私を害するつもりがあるのなら、一度目にそうしているとは思わんか?

 確かに、彼は寛大な心を持ち、平穏を望む魔王だ。だがな、そうして人間に不信を募らせれば、いずれ敵対することすらあり得るのだぞ?

 ここでもし、彼の厚意を無下にすれば、その代償は我が国の国民が払わなければならなくなる。そんなことは私が許さない」


 私は真摯に、彼にうったえかけた。彼の良心に。

 副長は、私のその力説に、真剣な表情でもって答える。




 「隊長、鼻血出てます」




 表情ではどうにもならない所で、欲望が溢れ出してしまっていた。



 なんとか副長を説得し、キアス様に承諾の意思を伝える。


 ふう。


 やれやれ、副長を説得するのに、思いの外手間取った。あの鼻血さえなければ。


 転移陣から、キアス様のもとへと移動する。今度は、先ほどの白い部屋と違い、調度品に溢れた部屋だ。

 どれもなかなかセンスがいい。特に、中央の円卓は、天盤がガラスでできている事に、思わず狼狽えてしまったほどだ。

 これほど綺麗にならされたガラスは、見たことがない。しかもこの大きさである。

 広い室内には、まだまだ興味深い品々が、数多く並べられていたが、今はとりあえず置いておこう。

 工芸師が、目を見張るような品々も、今の私には路傍の石と同程度の価値しかないのだから。


 私は、1つの扉に案内され、パイモンと一緒に中にはいった。どうも、男女で分かれて入るようだ。




 チッ。


 おっと、ネズミでもいるのかな。王女にあるまじき、舌打ちのような鳴き声のネズミが。


 「トリシャ、ここで服を脱ぎ、中に入りますよ。それと、『しゃんぷー』と『りんす』は、いい匂いでも舐めてはいけませんよ?」


 パイモンが、お風呂の諸注意をしてくれたが、今の私にそれを受け入れるだけの余裕はない。

 折角のお風呂も、キアス様と一緒でないなら、魅力半減だ。


 しかし、お風呂はお風呂。キアス様のお手製とあれば、ここもさぞや立派なものだろう。

 私は、頭を切り替え、服を脱いだ。




 「な………んと………」


 そこには、今までに見た事の無いような、絶景が広がっていた。


 つるつるとした石が散りばめられた床も、お湯を吐き出す、不思議な生物の黄金像も、見た事の無い器具も、正しく壮観である。

 なにより、ここまで広々とした浴場など、例え中央の王族だろうと、見たことも想像したことも無いのではなかろうか。

 私がしばらく、その光景に見入っていると、


 「どうだい、なかなかのものだろう?」


 突然キアス様に声をかけられた。

 慌てて背後を振り向けば、そこには一糸纏わぬキアス様が。




 大浴場に、真っ赤な花が咲いた。




 「全く。トリシャは不思議な人ですね」


 隣に並び、手本を見せるように頭を洗うパイモンが、呆れたように呟いた。


 「人間は、魔族を毛嫌いして、決して仲良くはできないと、私は教えられましたよ」


 「私も同じようなものです。魔族は残忍で凶暴だから、人間を見たら必ず殺そうとすると」


 案外、魔族と人間なんて、大差ないものなのかもしれない。お互い戦争を繰り返す内に、視野が狭まり、相手のいい面が見えなくなり、悪い面だけが浮き彫りになってしまっているのかもしれない。

 パイモンやキアス様を見ていると、そう切に思うのだ。


 「しかし、この『しゃんぷー』とは凄いですね」


 しゃんぷーを洗い流し、髪に触れてみる。つるつるとした感触に、脂や、埃の痕跡は無い。石鹸で洗った時と違い、キシキシと軋む感触もない。


 「人間の技術でも、『しゃんぷー』は作れないのですか?」


 「ええ。そもそも製法がわかりませんから」


 「さすがキアス様ですね!!」


 そんな簡単に片付けていい問題ではないのだが。

 パイモンは深く考えるのが苦手のようだから、仕方の無い事なのかもしれないが、このような未知の技術を持った魔王など、人間からすれば驚異以外の何者でもない。

 人間が、魔族に対するアドバンテージとして持っているのが、その技術力なのだから。まぁ、鍛治技術においてはドワーフに1歩遅れをとっている事は否めないが。


 「次は『りんす』です」


 このしゃんぷーやりんすの入っている容器にしてもそうだ。一体どういう原理で、中の物が出てくるのだろう。これを応用すれば、色々なものに転用できるのではないだろうか。


 「これは………、一体何をする為の物なのですか?」


 パイモンの真似をして、手のひらにりんすを出し、軽く揉みほぐす。


 「よくわかりませんが、髪がサラサラになる物です」


 そう言って、パイモンが髪にりんすを塗りつけ始めた。真似をして、私もそれに続く。




 「な、何ですかこれはぁぁぁ!?」




 りんすを洗い流した髪は、明らかにその前の髪と違っていた。最早別物のような光沢と、艶と、滑らかさである。


 これは………っ。


 これはすごいっ!!欲しいっ!!


 こんな物を毎日使っているから、キアス様の髪はあんなに柔らかそうで、綺麗な漆黒なのか。

 これは、世の女性、種族を問わず、全ての女性が欲しがる逸品だろう。


 ああ………っ、毎日使えるパイモンが本当に羨ましいっ!!




 私は、『しゃんぷー』と『りんす』をお土産にいただけないか、キアス様と交渉することを心に決め、キアス様が裸で、ハ・ダ・カで待つ湯船へと向かった。


 体を洗ってから入れと怒られた………。






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