魔王城占領っ!?
「ん……」
知ってる天井、ってか、僕の寝室の天井だった。
「お、起きたか」
「心配しとったでキアス君」
「大事なくて何よりだ」
なんつー悪夢だ……。寝直そう……。
「こらこらこら」
「何日寝とったとおもってんねん? このうえまだ寝るとか、魔王は寝なくてもええゆー話、あらガセやったんやな」
「しかし、これ以上仲間に心労を強いるのは良くないぞ。早く起きるのだ」
目を瞑ってなお、悪夢たちは話しかけてくる。っていうか、そろそろ意識も覚醒してきた。というか、そもそも僕は寝起きは悪くない。仕事に追われる習慣から、朝起きて五分も経てば自然と体が活動状態に入る。今だけは、その習慣を呪う。
「なんで魔王の寝室に、勇者が三人もいるんだよ……」
シュタール、フミさん、そしてサージュさんまで……。
最近この人たち、僕が魔王ってことすっかり忘れてるんじゃなかろうかと思う事がたまにある。それは恐らく、当たらずとも遠からずというところだと自己評価する。無念にもドンピシャだったら、僕は泣く。
「他の者は皆忙しいらしくてな」
淡々とした口調でフミさんが答えてくれるが、それにしたって主である魔王の看病を勇者に任せるというのはいただけないだろう。オークやゴブリン、リリパットたちと最早顔なじみなシュタールや、なんやかんやしてる内にパイモンと仲良くなったフミさん、マルコ、ミュル、ウェパルを溺愛するサージュさんとはいえ、一応勇者と魔王なんだぜ?
「いや、なんでも戦争が本格化し始めて、補給の為、方々出回らなければならないらしい。こんな時だからこそ、貴殿の為と配下も奮起しておるのだ。喜ぶがいい」
「あ、ああ! そうだったそうだった! 僕今戦争してたんだった!」
こんな所でお笑い勇者トリオの相手をしている場合ではない! 商会の方も空けてしまったし。というか、僕はどれくらい眠っていたんだ?
「三日。丸三日やよ」
「三日か。まぁ、しょうがない。商会の方ではそれなりに不便をかけていただろうが、戦争は三日程度ではそこまで動いていないだろう」
実際、戦争行為の大部分を占めるのは行軍だ。攻めて行軍、逃げて行軍、追撃に行軍と、歩き、走り続けるのが軍隊である。まぁ、僕の軍では違うのだが……。
ただ、隣り合っていたオールとアベイユさんの軍は、下手をすればそろそろ接敵するだろう。逆に、エキドナさんの軍を迎え撃つ算段になっているヌエと三つ目の軍はまだ少し余裕がある。問題は、デロベを警戒しているクルーンの軍だが、あちらに動きはあったのだろうか? 正直、向こうは各魔王で連携をとっている雰囲気すらないので、事ここに至ってこの戦争の中心であるデロベが蚊帳の外というのは異常だ。ただし、それを誰も不審がってはいなかったりする。
魔王とはそもそも気まぐれで自由気ままなものだ。勝手に参戦したアベイユさん、エキドナさんが、デロベと連携をとらないのもある意味で普通らしい。むしろ、僕とクルーン、ヌエと三つ目の同盟の方が異常らしい。全く魔王ってヤツは、どいつもこいつも……。
「おいこら、病み上がりでなに眉間に皺寄せてんだ? いいからまず飯を食え。それと、レイラを止めろ。あいつ、リリパットの酒を狙ってやがるんだ」
「おいこらはこっちのセリフだ。お前の仲間だろうが」
「言っても聞きやしねえ。お前が言えば、あいつも止まるだろう」
なんで勇者パーティのお守りまでしなきゃならんのか、小一時間は問い詰めたい……。だが今は、リリパットが丹精込めて造った酒を守らなくては。
「あと、アニーが『華蜜酒』を三本空けちまったから、その代金は負けてくれ」
「ぶっ飛ばすぞこら! なんでお前らはそんな自由奔放なんだ!?」
当然、後で適正価格で請求します。まぁ、店売りの価格よりは安いから安心しろ。……いや、そんな事したら、味をしめてここに長逗留されかねんな。やっぱり、小売価格で請求しよう。そうしよう。
リビングへ向かうと、そこにはアニーさん、レイラ、サージュさんの仲間のラトルゥールさんが寛いでいた……。ここも既に占領済みか……。
「おや、キアス殿、目覚めたのか」
「お、キアスさん、おはよう!」
アニーさんとレイラが僕に気付き、気楽に挨拶してくる。
「あ、こんにちは、キアス……さん?」
ラトルゥールさんは、やや戸惑いつつ声をかけてきた。僕が魔王と知って、前と同じように接する事ができないのだろう。そう、それが普通だ。勇者連中や、冒険者たちの方がおかしい。
「うーん……、やっぱりキアス様、の方がしっくりきますかね? 魔王様ですし……」
「頼むラトルゥールさん、僕の中の価値観をこれ以上壊さないでくれ……」
っていうか、この人たちはどうしてここにいるのだろう? 革命はどうなった?
「ふぅー、いいお湯でしたね大治郎さん」
「はい。ゴンザレス殿」
湯上りといった風情で、浴場の方から出てきたゴンちゃんと大治郎さんに、いよいよもって頭を抱える。僕の立場と肩書を、この人たちは本当に忘れてしまったのだろうか?
「あ、キアス、あの大浴場はすごいですね。公衆浴場を見たときも驚きましたが、あの大浴場は輪をかけて見事です。あ、おはようございます」
「これは魔王陛下、このような身なりで失礼いたしました」
湯上りで上気した頬を緩め、ゴンちゃんが軽く挨拶すると、大治郎さんは深々と頭を下げた。
もういい……。もう疲れた……。
「みぃぃゆぅるちゅわぁぁぁん!!」
「たしけて、ましたっ!」
いたのね、イルちゃんさん……。
「で、どうしてここに?」
僕とシュタール、サージュさんはガラスの円卓についていた。他の女性陣は、ゴンちゃんと大治郎さんが上がったので、風呂に行ってしまった。
僕の目の前にはシュタール、隣にサージュさんという並びで席につき、軽食をとりながら話していた。
「そんなん、キアス君が心配だったからやないの」
「まぁ、ぶっちゃけ徒歩でアドルヴェルドまで行くのタルいから、お前に送ってもらおうと思ってな」
サージュさんもシュタールも、あっけらかんとそう言ってしまう。そんな理由で、僕の居城は勇者たちに占領されたのか……。
「それに、俺は今魔王同士で起きてるって戦争の話も聞きてーと思ってたんだよ」
「別にたいした事ないよ。戦争は戦争さ。徒党を組んで調子に乗った魔王が四人、面子をかけて戦争始めたら、古参が三人も参戦したせいで魔大陸全土を巻き込む大事になっちゃってね」
そのせいで動きが遅い遅い。正直、裏工作も含めて時間もらいすぎてやる事なくなっちゃったのが現状だ。
兵は拙速を尊ぶ、という言葉を知らないらしい。
「お前も参戦してるって言ってな。つまり、お前は調子に乗った魔王に攻められてる側って事だよな?」
「いやいや、違う違う。調子に乗った魔王が僕の側。人望も規模も、古参の魔王に遠く及ばない、ガクブルな小物魔王の中の一人が僕なのさ」
まぁ、古参の内一人はこちら側なんだけどね。
「調子に乗ってるのがお前側なのか?」
「そう。調子に乗っちゃったせいで、古参連中を刺激しちゃったって面はある。徒党を組んで気が大きくなっちゃったんだな。アホな奴等」
「お前側の話なんだろ?」
「ああ、僕側の話だ。僕側の話であって、僕の話じゃない。何が楽しくて、経済を停滞させる戦争なんかを、わざわざしなくちゃならないんだよ………」
「じゃあ、お前は戦争に反対なんだな?」
反対?
シュタールに言われて、改めて考えてみる。
神様のお願い、そして僕の立場、今の魔大陸の現状を今一度鑑み、そして結論を出す。
対面に座るシュタールをもう一度じっくりと見つめ、そして言う。
「いや、賛成だ。僕はこの戦争を推奨する」