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 魔王の側近

 「…………」


 静かな部屋。

 静謐とさえ言える程、静かな部屋に、穏やかな寝息だけが響いていた。


 「キアス様……」


 気を抜けば、思わず涙声になってしまいそうな私の声が、静かな部屋の空気を僅かに揺らし、そして消える。

 普段からあどけないキアス様の顔は、こうして眠っているといっそうその無垢さを際立たたせ、神秘的ですらあった。一度瞼を開けば、その瞳に尋常ならざる意志の炎を宿し、いざという時は苛烈に、時に熾烈なまでに魔王としての一面を見せるのを、私は知っている。

 この華奢な背に、何度守られたのだろう? 何度庇われたのだろう?


 キアス様は魔王だ。


 紛う事なき魔王であり、私の理想とする魔王様だ。

 寛大で、優しくて、そして、格好いい魔王。


 だから、私は自分が情けない。

 庇われて、守られて、そして私はそれを――


 ――喜んでしまっていた。


 キアス様に守られる度、胸の内に言い知れぬ暖かさが溢れ、それに喜び、何の危機感も持たなかった。一度、キアス様に当たり散らし、そしてあろう事かキアス様を傷付けてしまったた事があった。今となってはあんなに情けない、駄々もない。あの時の自分を殴りつけてやりたくすらある。

 キアス様の背に庇われているような弱さを自覚もせず、恥ずかしげもなく喚き散らし、そしていざ戦場に連れて行ってもらえば、キアス様を残して戦線を離脱してしまう始末。極めつけに、キアス様を助けたのは、配下ですらない真大陸の勇者たちで、ようやく戦場に戻った頃には全てが終わっていた。

 情けない……。不甲斐ない……。悔しい……っ! 口惜しい!


 私はキアス様を守る立場にありながら、内心でキアス様に守られる事に慣れ、キアス様なら何とかしてくれると、思っていた。

 その間抜けな怠惰の結果が、この有様だ!!


 恥じるべきだった! もっと鍛錬を積めば良かったのだ! 私は今まで何をやっていたのだ!?

 何がキアス様の一番の配下だ! そんな風に腑抜けていたから、あんな連中に不覚をとり、キアス様を戦場に残しておめおめと敗残してしまったではないか! キアス様の喚ぶ悪魔たちに嫉妬している暇なんてなかったのだ。

 明るく笑うキアス様、邪悪に笑うキアス様。いつも見上げるように笑ってくれていたキアス様の顔には、今、何の表情も浮かんでいない。ただ安らかに寝息をたて、眠っている。


 「パイモン」

 「レライエですか……。どうかしましたか?」


 どうかしましたか、などと言ったが、その内容はほぼ想像がついている。戦争の事だ。今、魔大陸は戦争の真っ最中であり、いよいよ状況が動き出したのだ。

 布陣としては、オール様が縄張りが隣のアベイユ様と対し、エキドナ様の軍をサンジュ様、ポワソン様の軍が迎え撃ち、クルーン様はデロベ様の監視である。キアス様の軍は一番の後方に位置し、補給と遊撃を担っている。現状、こちらは防衛に努め、早い段階で激突が予想されるオール様とアベイユ様との決着を見届けてから、改めてその後の行動方針を決める事になっている。

 とはいえ、今でもやる事は多い。キアス様の造った魔道具と武具を各魔王軍に配り、十分な食料と水、人員と物資の移動と、天空都市を利用し、広い魔大陸を駆け回っているのが第十三魔王軍の現状だ。ついでとばかりに空からの偵察監視も行っているが、以前の真大陸での戦いのように、空をとっているからといって必ずしも絶対的優位に立てないのが魔大陸である。

 魔王軍ともなれば、空を飛べる部隊がいるのは当然であり、自力で飛べる魔族は当然空中戦に精通していて、飛行機等よりよほど小回りが効く。そんな連中にとって、飛行機に乗る自力で空を飛ぶ事もできない魔族たちはいい的でしかない。


 そんな、さしものキアス様でも手こずりそうな《魔大陸大戦》。こんな弱い自分が、本当にキアス様のお役に立てるのだろうか?


 「キアス様が動けない今、妾たちがキアス様の代わりにならねばなりません。気落ちしている暇はないのですよ?」

 「……わかって、います」

 「幸い、アンドレ様から紹介いただいた連中が思いの外使えるので助かっていますが、我が軍は慢性的な人材不足です。あなたを遊ばせている余裕などございませんからね」

 「……」


 そう、キアス様の元には、戦える者が少ない。住民は多く、その生活は豊かでも、戦えなければ守れない。そして、私はその守る側に立っている。だから、守らなきゃいけない。キアス様の造った街を。キアス様の領民たちを。そして何より、キアス様の意思を。


 「行きましょう、レライエ」

 「もう、良いのですね?」

 「はい、出立前にどうしてもキアス様の御顔を見ておきたかっただけですから」

 「母上とアベイユ様との激突は、この大戦の口火を切る事でしょう。接敵は五日後の予想です。そこから、いよいよこの戦は激しさを増すでしょう。あなたには、向こうでこちらとの迅速な情報交換を行ってもらわなくてはなりません」

 「はい」

 「妾も色々と動きますが、あなたはあなたで、キアス様の名代として、また、その序列に恥じぬ働きを期待しています」


 キアス様に頂いた序列と位階。その名に恥じぬ働き。

 私は本当に、それができるだろうか……。


 キアス様の眠るベッドから離れ、部屋を後にする前に、もう一度キアス様を振り返る。静かに眠るキアス様の顔を見て、今一度気合いを入れ直す。


 できるかどうかじゃない。やるのだ。キアス様の為に。私を救ってくれた、キアス様の為に。

 オーガとしては、小柄なこの体を嫌った事は何度とあるが、今はキアス様より高い背がもう少し縮めばいいとすら思う。この背丈のせいで、キアス様のお顔が遠く感じる事があるから。


 ああ、ダメだ。また余計なものが心に入ってくる。勝手に暖かくなって、勝手に落ち込んで。本当に、よくわからないものが。


 それでも、嫌じゃないのが始末におえない。


 「いってきます」


 そう言って、無理やり体を部屋の外へと押し出す。未練に思う心を何とか静め、私は腰の得物を撫でてから歩き出した。



 

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