とある魔王コレクションフリーク
私がそれに出会ったのは、たまたまだった。いや、この場合はこう言い替えよう。
それは運命だった。
歪とさえ思える形状でありながら、その機能美を維持する剣。従来のそれとはあまりに違い、しかし、確実に肉を裂き骨を断つ力強さをもった剣。
『イルウーン』
四角い剣。
初めてこの剣を見た私は、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。
刃先に向かって広がる刀身。その広がった刀身が切っ先で水平に均され、刀身に掘られた幾何学模様も相俟って、最早神聖性すら帯びていた。
これを手放したのは、魔王の造った街の冒険者だという。別の用でとある商会に向かった際、その商会の応接室に飾っていたこのイルウーンに一目で惚れた。
私とこの剣との出会いの機会をもたらしてくれた商人はこう言っていた。
「お客さん、お客さん。これは昨今『魔王コレクション』なんて呼ばれている物でしてね、持ってく所によっちゃ金貨ウン十枚って値段で取引されるものなんですよ。これを僕に売った冒険者だって、本当なら予備として取って置きたかったらしいですが、背に腹は代えられないというやつで泣く泣く……。先立つ物が無ければ冒険者もやってられませんが、本来武器って奴は消耗品ですから、本当は手放したくはなかったそうですよ。
勿論、他の『魔王コレクション』が出てくるまで待ってもいいですが、あのダンジョンで手に入る剣の形状は多種多様ですから、このイルウーンが次いつ入荷するかってのは、これを逃したらもうわかりません。
あ、このイルウーンは恐らくあと一日もここに置いて置けないでしょう。『魔王コレクション』は着々とファンを増やしていますし、その最たるがドワーフ王国の鍛冶師連中ですから買い手に事欠きません」
ニコニコと愛想のいい、子供のような商人はそう言った。
即決だった。
すぐに有り金をはたいて、そのイルウーンを手に入れた。その姿に、ますます機嫌良さそうに笑った商人は、続けて言ったのである。
「お客さん、気に入りましたよ。実は僕も『魔王コレクション』のファンの一人でして、同好の志の集いがあるんですが、もし良かったらお客さんも参加してみませんか? あるいは、お客さんが惚れ込んだそのイルウーン以上の剣があるかもしれませんよ?」
商人のその言に、やはり一も二も無く飛びついた。誰かに目一杯、この剣を自慢したかったのだ。ただ、その商人の言葉にも、一つだけ容認できないものはあった。
この剣以上の剣? そんな物があるわけがない。この剣は、最高だ。神聖性漂うその容姿、刃先の威力を重視した形状、刀身の模様は神秘的であり、そしてその形状を踏まえて言うなら進歩的だ。
このイルウーンに勝る剣? あり得ない。あり得るわけがない。
そう思って、帰還すると言うその商人に着いて魔王の街『ソドム』まで行き、件の集いに参加した。
とある高級宿を貸し切り、背の低い大きなテーブルを囲み、草で出来た不思議な床にクッションを敷いて座っている面々。質素なように見えて、実に品のある調度に囲まれた部屋だ。
私は空いていたクッションに座ると、周囲を見回す。クッションとクッションの間がやたら広い以外は、部屋そのものには特に珍しいものはない。しかし集っているのは老若男女、貴賤を問わずの二十人弱という、奇矯な集いとなっていた。貴族、軍人、騎士、冒険者、鍛冶師、商人。種族だって、人族や、エルフ、ドワーフ等の亜人種、獣人と、真大陸の主要な種族は全て揃っていた。
私をここまで連れてきてくれた商人は、どうしても外せない用事があるとこの集いには不参加だったが、それでもそうそうたる面々だった。
誰もが剣や武具を帯びており、お互いの得物をチラチラと見合う中、恰幅のいいにこやかな表情の貴族然とした男が、おもむろに立ち上がった。
「さて、初めての顔も、そうでない顔も見えるが、そろそろ全員が揃った頃合いだろう。皆、見初めた武具は違えど、それでも我々は同じ目的でここに集ったのは間違いない。だからこそ、私は皆にこう言おう。
よくぞ来た同志たちよ! 今宵は、私たちの自慢のコレクションを、お互いに自慢し合おうじゃないか!」
この初老の貴族が、どうやらこの集いの主催者、アムハムラ王国のアブゥー侯爵らしい。
アブゥー侯爵はアムハムラ王国で名を馳せるには珍しい、武芸を得意としない貴族だ。とはいえ、いくらあの国が尚武の国とは言っても、そんな貴族はざらにいる。ならばなぜ彼が殊更有名なのかといえば、後方支援能力が他に類を見ない程高いからである。
以前の飢饉に繋がる魔王コションの侵攻から魔大陸侵攻まで、物資の乏しいアムハムラ王国を陰から支えたのがこの男である。資金、物資、食料、それらの管理と的確な割り振り。徹底的に合理的で的確。それが、彼を指して真大陸全土で言われる評価である。
武勇名高きアムハムラ王、その右腕にして冷静なる戦略家である宰相、そしてこの徹頭徹尾合理的なアブゥー侯爵。この三名が、アムハムラ王国を支える柱であり、先の戦乱から真大陸全土に名を馳せた武将である。
国の規模から侮られがちなアムハムラ王国であるが、武勇においては昔から一目も二目も置かれる存在であり、そんな国が王国空運によって潤沢な財を得たのだ。あっさりと真大陸の中心的大国と見做されたのも当然だろう。
しかし、こうして実際にアブゥー侯爵を見てみると、ただの好々爺にしか見えないのだから不思議だ。これが、真大陸に逃げ帰ってきてからも、兵士たちを夜な夜な苛んだ悪夢の元凶『鬼の守銭奴アブゥー』か……。守銭奴とまで呼ばれた彼すら魅了する『魔王コレクション』というものに、私は少々背筋が寒くなる。
「まず見てもらいたいのが、私のこの愛刀『スクラマサクス』だ。戦闘に特化して、飾りを排したこの造り。見事だろう?」
「侯爵閣下、そうやって主催者特権を使って皆に自慢するのはよくない。そんな事をすれば、拙者も後ろに並ばせてもらうが、それでよろしいか?」
質素とすら言える剣を抜き、愛刀自慢を始めようとした侯爵を止めたのは、近くに座っていた軍人の男だ。彼にも見覚えがある。
剣聖と名高き天帝国リュシュカ・バルドラのリューン将軍だ。その実力は、剣姫と名高きアムハムラ王国の元騎士団長、現アムハムラ公爵であるトリシャ姫とよく比べられる。剣聖と剣姫、どちらが上かと日々喧々諤々の論争を誘っているが、二人が相対した事は今までに一度も無い。
トリシャ姫が騎士団長を引退してしまった今、それは最早実現の目途もないと、多くの武芸者が嘆いていると聞く。私も、もしもこのリューン将軍とトリシャ姫との立ち合いが見れるなら、万難を排して拝みに行きたいと思っていただけに、少し残念に思ったのは事実だ。
「うむぅ……。そうなってしまえば順番決めだけで一苦労だ。致し方無いの……。それでは、銘々自由に自慢し合ってくれ。くれぐれも、他者の愛刀を貶すような事はしないでくれたまえ。諸君とて、自分の愛刀を貶められたら嫌だろう? 酷い騒乱を巻き起こせば、二度とこの場に呼ばれる事は無いと心得よ」
侯爵にそう言われ、周囲からは一気に喧噪が上がる。どうやら皆、話しかけようとする相手の目星はつけていたようだ。侯爵はリューン将軍とお互いの剣について話し始めているようだし、さて、この会合に初めて参加した私には知己もいないし、どうしようか……。
「失礼、あなたの剣を見せてもらっても良いでしょうか?」
後ろからそう声をかけられ、振り返った先には銀の長髪が輝く美男子がいた。騎士然とした風貌で、腰には普通の剣を下げていたが、腰の後ろには別の短剣の鞘があるようだ。ここからはよく見えないが。
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
席と席の間が広いのは、どうやらこうして他者と隣り合って話すためのようだ。それに、床に座らせるのは、立ったままでは剣の検分に集中できないからだろう。まさに、剣の為の会合というわけだ。
「あなたの『魔王コレクション』も中々面白い形状ですね。まぁ、あの迷宮の産物は大抵そうですが」
騎士然とした男はそう言って、私がテーブルの上にあげていたイルウーンを鞘ごと掲げる。
「紹介が遅れました。これが私の愛刀『イクール』です」
「ああ、これは失礼。私の愛刀は『イルウーン』です」
しかし、自己紹介ならぬ愛刀紹介とは……。自らも含め、こんな変人ばかりの集いに少々可笑しくなる。
男が腰の後ろから外したのは、全体的に丸みを帯びた鞘だった。私のイルウーンが雄々しく角張った造りなのに対し、この丸みのある造りはやや女々しい。とはいえ、そんな事は口にしない。私とて、この会合に二度と来れないのは困るのだから。
それにしても、鞘や柄の造りは私の物と男の物でよく似ている。もしかしたら『魔王コレクション』全てがそうなのかと見てみれば、必ずしもそんな事は無い。刀身と一体型の柄があったり、全く別の装飾を施された物も散見している。そうでなくてもイルウーンもイクールもかなり独特な柄や装飾である。そういえば、剣同士の名前も似ているな……。
「お互い、似たような剣を愛してしまったようですね」
「ええ、奇遇ですね」
苦笑する男に、私も苦笑を返す。
確かに、お互い難儀な相手に惚れたものだ。お金はかかるし、手入れも大変で、滅多な鍛冶師の手に渡して整備しようものなら、折角の美しさも半減である。
「抜いてもいいですか?」
「ええ。ただ、切っ先が太くなっている剣なので、鞘に負担をかけないように注意してくださいね?」
「ははっ、そんな所も似ているんですね。私の愛刀もそうなんですよ。よかったら抜いて愛でてやってください」
そう言われ、彼の愛刀イクールを抜いてみる。
外見からもわかっていたが、丸い。楕円状の切っ先に、刃元に向けてくびれた刀身。全体的に幅広で刃のカーブに合わせて、樋が掘られている。鍔は無く、柄や柄頭に施された模様も相俟って、やはり着飾った貴婦人のような印象を受ける剣だった。
「これは猛々しい」
私のイルウーンを抜いた男が感嘆の声を上げるが、私はイクールに陶然とため息を吐く。
彼がこの剣に惚れたのもわかる。美しく、洗練されたその姿はやはり女性的だったが、それでも弱々しい雰囲気など微塵も無く、嫋やかな中にしっかりとした強さがあるのだ。何より、やはりこの剣はイルウーンに良く似ている。柄の形状もそうだが、幾何学模様の装飾も含め、正反対でありながら隣り合うかのように……。
「美しい剣です……」
私が呟くようにそう褒めると、彼も顔を赤くして答えた。
「いえ、あなたの剣も素敵です……。雄々しく、猛々しく、そしてやはり美しい……」
騎士然とした彼が、まるで貴婦人が男性を褒めるように、顔を赤らめてイルゥーンを褒めるのに、ついつい笑いが込み上げてきた。
吹き出してしまった私に、怒るでなく恥ずかしそうに頭を掻いた彼。
厳めしいイルウーンと、柔和なイクール。
その二振りを見初めた私たちは、やはりその心根も似ていたのか、お互いにお互いの刀剣を褒めそやし、楽しい時間を過ごした。
そして、ついつい話し込み、他の参加者と会話を交わしていなかった事に気付いたのは、アブゥー侯爵が閉会を告げる段になってからだった。
閉会の宣言をする侯爵にしばし呆然とし、状況を呑み込んで彼を見れば、私と同じようにバツの悪そうな顔でこちらを見ていたので、それが面白くてまたお互いに苦笑する。
会合が終わり、銘々帰路に着く中、私は少々残念に思いながらそれを見ていた。すると彼は、丁寧に膝をつくとこちらに微笑みかけてきた。
「私はガナッシュ公国騎士団長アントニオ・ゴメス・エルナンデス。失礼ですが、お名前を頂戴してもよろしかったでしょうか?」
「はい、私はアルバン諸王国がレミリム王国の第一王女、リリーナ・ベルン・レミリムと申します。男勝りで跳ねっ返りの、嫁の貰い手も無いと評判の、小国の王女です」
私が王女だと名乗っても、彼は驚いたそぶりを見せなかった。
確かに貴族然とした装いではあるが、それでも一目で王女だと覚られた事は無かったのに、彼は恭しくも楽しげに言うのだ。
「いえ、あなたは十二分に魅力的だ。武骨な騎士の賛辞で申し訳ありませんが、それでも言わせてください。あなたは美しい。アルバンの男たちは目玉を持たないのでしょうか?」
「そんな事を言ってくれるのはエルナンデス様だけですよ」
相変わらず楽しく話す私たち。
その後、雄々しき剣に惹かれた王女と、嫋やかな剣に惹かれた騎士団長は、交流を深め、最終的に婚姻を結ぶに至ったが、それはまた別の話。ここでは、後に件の商人から聞いた話を結びとしよう。
「イルウーンとイクールは、どちらもアフリカの旧ブショング王国のバクフ族が発祥なんだ。
同じ祖を持つ刀剣が、こうして別々の者の手に渡ってなお引かれ合ったのかもしれないね。僕としても、この正反対でありながら似た刀剣は気に入っていたんだが、どうやら持つべき者の手に渡ってくれたようで安心したよ」