復讐の動機っ!?
「本当は、私は勇者シュタールだけを呼ぶためにここに来たのです。他の方の所在はわからなくなっていましたからね。しかし運良く、こうしてほぼ全ての勇者が集まった。
運命、などと言うつもりはありませんが、幸運と言って余りある僥倖でした。勇者様方、どうか私の故郷、故国をお救いください」
深々と頭を下げるロードメルヴィン枢機卿。そして、それに続いて幾人かの聖騎士も確固たる意思を表情に宿して、頭を下げる。
「まぁ、俺は別に良いぜ。ただ、その前に色々と確認しなきゃなんないことがあるから、今すぐアドルヴェルドに行くわけにはいかねぇけど。
こちとら、しばらく地下迷宮に籠ってたせいで世情に疎いんだ。そこの枢機卿とやらの言葉だけを、鵜呑みにするわけにはいかねえ」
シュタールが面倒くさそうに、そう言った。
なんだ、意外と考えてるじゃないか。シュタールのくせに。
「無論、教会建て直しのためにも、私も尽力します枢機卿猊下」
続いたのは、手に裸のマクアフティルを持ったままのエヘクトルだった。どうでも良いけど、確かに見映えは派手になったが、より凶悪になったな。平べったい鬼の金棒を持ってるみたいだ。
「私も異存は無い。乗りかかった船だ、呉越同舟とも言うがな」
言葉少なに賛成したのはフミさん。なんでこんなに美人で物静かなのに、所々残念なのか………。
そんな中―――
「んじゃ、うちはパス。3人もおれば、まず間違いなく革命とやらは成功するやろ。
ウチはあんまし興味ないし、新しい魔法の方で手一杯や。金気術も、さっきよーやっと出来たばかりやし、他の魔法もまだまだ研究し甲斐のある前人未到の原野や。腕が鳴るで」
どこまでもマイペースなサージュさんは、やっぱりここでもマイペースだった。
だが、ここで1人欠けては絵面が悪い。全ての勇者が手を携えてこそ、民衆も湧くというものだ。
僕はサージュさんに近付くと、そっと耳打ちする。
「サージュさん、すみませんが彼等に同行していただけませんか?」
「えー、なんでなん? ウチ、キアス君と魔法談義したい。キアス君と新しい魔法の可能性は、カッサカサのウチの研究者人生の、貴重な潤いやねんで?」
まぁ、僕もサージュさんと魔法の話をしたり、新たな魔法の構想を練ったりするのは、嫌じゃない。元から、そういうの凝り性だし。
ただ、今回はサージュさんに頼みたい事があるのだ。
「例の偽勇者、どうやら500年以上前のに研究されていた『聖人計画』というものの残滓のようなんですよ。教会で保護していた戦災孤児が実験体として使われていたみたいで、出来れば保護したいんです。
それと、研究資料も手に入るなら是非。ただ、手に入らないなら、この世から消してしまっても構いません。
これは、他の勇者連中では役に立たないでしょうから、サージュさんにしか頼めない話なんですよ。シュタールとエヘクトルはバカですし、フミさんもまた、こちらの畑の人間ではありません。研究者のサージュさんだから、安心して任せられるんです。
あ、首謀者の存在もわかれば、言うことはありませんね。後は全てこちらでやりますので、調べてくれるだけで結構ですよ。僕もですが、第2魔王タイルもそいつを殺したがっていますので」
「ほぉ………」
サージュさんの声に、剣呑な色が滲み始めた。思わず、ぶるりと背が震えた。
他の勇者には感じた事の無い威圧感が、サージュさんから漂っていた。
「了解や、キアス君。その頼み、ウチが承ったる。ただ、首謀者の方は期待せんといてな」
一度そこで言葉を切ったサージュさんは、凄惨な笑みを浮かべると続けて言った。
「見つかろうが見つかるまいが、たぶん会わせられへんから。生首だけでもええなら、持ってくるで?」
なんかわからないけど、どうやら地雷を踏んだらしい。
「そ、そうですか。助かります………。あとこれ、餞別というか、報酬の前払いのようなものです」
僕はそう言うと、腰の鎖袋からある物を取り出す。
シャシブル。
剣のような形状のメイスだ。出縁と呼ばれる、放射状の打撃部分から、細い柄が延びて、パンジャブ様式の鍔と柄、それにハンドガードがついた、15世紀以降、インドで使われていたメイスである。
打撃武器としては軽く、また小振りではあるが、出縁の破壊力は高く、また、全てミスリルで造ったために、魔法使い用の近接武器としては、十二分の代物である。
サージュさんが今使ってるメイスは、そこまで良い作品ではなかったので、ここはこのシャシブルの両手持ちに換装してもらう。見映えも良いし。
「ほっほーぅ! なんやみんな大層な武器もっとって、少し寂しかったんよ! おおきに、キアス君」
「いえ。それと、金気術ですが、あまり喧伝しないように注意してください」
「ほぇ? 何で?」
きょとんとしたサージュさんの表情。やっぱり気付いてなかったようだ。
「帰ってきてから話します。とにかく、あまり金気術と名乗らないように。いいですね?」
「むぅ………。まぁ、別にええけど………」
渋々ながら、サージュさんは了承して他の勇者たちに合流した。
「やっぱウチも行くぅー!」
こうして見ると、勇者全員が僕の造った武器を揃えているのは、なんだか異様だな。基本、一般的な武器ってあまり無いので、かなり個性的な集団となっている。
しかし、魔王が用意した武器を揃える勇者達ってのは、やっぱりどうなんだ?
「そういやシュタール、アニーさん達はどうしたんだ?」
場が落ち着いてきた頃合いを見計らい、僕は久々にシュタールに話しかけた。
「ああ、俺達が神殿でアンドレさんの話を聞いてたら、パイモンちゃんとミュルちゃん、マルコ君が転移してきてな。キアスが危ねーってんで、3人の世話をアニー達に任せて、俺だけ先にこっち来たんだ。嫌な予感はしてたんだが、間一髪って感じで、間に合って良かったぜ。
アニー達も、おっつけ来ると思うぜ―――っと、噂をすればなんとやら………」
僕と話していたシュタールが、ふと何かに気付いて顔をあげた。
「キアス様ぁ!!」
シュタールの視線の先を追おうとしていた僕の耳に、パイモンの声が聞こえてきた。見れば、ソドムの方からパイモンとミュルが、ちょっとビビるくらいの速さで駆け寄ってきていた。
「マスタ………」
っとぉ、いつの間にかマルコが僕の傍らにいた。こっちにも、ちょっとビビった。
「ごめん、なさい。マルコ、負け、た。………役立たず………」
「十分役に立ったよ。だからそんな顔するな。これから頑張って強くなれば良いんだから」
わしゃわしゃと、マルコのモヒカン頭を撫でてやる。
まぁ、こんな事、弱いくせに修行編を全くやらない僕が言えた義理でもないのだが………。
でも、僕が働かないと、ソドムやゴモラ、他の街の機能も麻痺するし、財政が破綻する。修行なんてしている暇は、僕にはないのである。
「ましたぁ〜、ミュルも〜」
泣きそうな顔のパイモンと、半泣きのミュルも加わり、一気に僕の周りが騒がしくなった。
「お、アニー達も来たな」
シュタールが言う通り、アニーさん、ミレ、アルトリアさん、レイラもこちらに駆けてきていた。彼女達と会うのも、久しぶりだ。
「キアス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
うん、この背筋に走る恐怖という名の悪寒も、久しぶりだ。
全速力で駆けてくるアルトリアさんに苦笑しながら、僕は彼女に声をかけようとした―――のだが―――
「リィィィーーーアたぁぁぁん!!」
僕の隣を疾風のように駆け抜け、冒険者達を木の葉のようにヒラヒラと巧みにかわし、そして閃光のような速さでアルトリアさんに抱きついた者がいた。
それは、ロードメルヴィン枢機卿だった。