二枚目の切り札は役立たずっ!?
とりあえず手数が足らん。手っ取り早く補う必要がある。
「フルフル、ちょっと任せる。防御に集中してほしい」
「わかったの」
フルフルだってそこそこダメージはデカいはずだ。あまり長い時間はかけられない。
僕は腰の鎖袋から『ゴエティア』を取りだし、開く。そのページには悪魔の印章と名が記され、その印章から漏れ出る魔力が、見えないながらも禍々しい雰囲気を滲み出させていた。
僕の動きを見て、偽勇者共が一斉に駆け寄ってきた。それを1人で迎え撃つフルフル。
「『其は、30の地獄の軍団を統べる偉大にして強大なる侯爵。
其は、戦士なり。
強壮にして誠実なる、侯爵の名を持ちし戦士なり。
其は、天使の位にいた者なり。
主天使の位階にあり、第7天の御座への帰還を望む者なり。
顕現せよ。35番目の悪魔にして、偉大にして強大なる侯爵。
其の名は、マルコシアス』」
まずはマルコシアス。マルコの名前の由来となった悪魔は、しかしその性質や姿までもマルコとの類似が目立つ。
マルコシアスの権能は『戦士』。戦士として、召喚者の敵と戦う悪魔である。
僕はさらにもう1匹悪魔を呼び出す。
「『其は、36の地獄の軍団を統べる強大なる総裁にして伯爵。
其は、屠殺の請負人。
流血と殺人の起草者にして、それらの総元締め。殺戮の達人なり。
其は、唆す者。
あらゆる芸技と学問を教え、未来と過去を語り、人間を不可視にするが、殺人を唆す者なり。
顕現せよ。25番目の悪魔にして、強大なる総裁にして伯爵。
其の名は、グラシャ=ラボラス』」
雪に覆われた地面に、彼等の印章が現れ、2匹の獣が飛び出した。
1匹は黒い体毛に覆われた、大きな狼。
もう1匹は白いマルチーズである。ただ、どちらの背にも鷲の翼が生えている。
『若、お引き回しの程、感謝いたします』
『おいおい! マルコシアスと一緒に喚ぶんじゃねぇよ! キャラ被ってんだろうが!』
2匹の犬が同時に話すので、ちょっとうるさい。マルコシアスとグラシャ=ラボラスは、その姿に類似の多い悪魔だ。どちらも、翼を持った犬のような悪魔。片や誠実な堕天使、片や屠殺の請負人と、性格は両極端だが。
僕の呼び出した悪魔を警戒してか、偽勇者達は一旦距離をとる。フルフルは―――大丈夫。目立った傷はない。
「お前らに仕事だ。目の前の敵を倒せ」
『了解いたしました。して、贄の方はどのようなものを賜れますか?』
鷲の翼を羽ばたかせ、黒いマルコシアスは尋ねる。
「そこらに落ちてる僕の血をくれてやる。存分に働け」
『いやっほう! マジかよ!? 若旦那の生き血貰えたとなりゃ、こりゃあマジ自慢できんぜ!』
同じく鷲の翼をぱたぱたと羽ばたかせ、マルチーズのグラシャ=ラボラスは大喜びである。
そう、黒い狼がマルコシアスであり、白いマルチーズがグラシャ=ラボラスである。
『しかも仕事は俺向きの殺しとなりゃあ、もう言うことなんざねえぜ! 愛してるぜ、若旦那!』
どんなに格好の良い台詞を吐こうが、その姿はマルチーズである。これを見て、流血と殺人の総元締めだと思えるだろうか?
言っとくが、これギャグじゃないぞ? マジでこんな姿なんだよグラシャ=ラボラスって。
『我が帰還も、これで幾ばくかは早くなりましょう。感謝します、若』
『ついでに後ろにゾロゾロといる奴等も殺していいのか? 別にいいよな?』
「そういう事は、まず目の前の4人を倒してから言え」
72柱の悪魔。
この悪魔を呼び出す古代魔法は、実はこの世界のものではない。地球のものである。それ故に、必要な魔力そのものは多くない。だが、その代わりに代償がいる。彼等が『贄』と呼ぶ代償が。僕はそれを、ほとんどの場合魔力で補っている。だが―――
地を這うように、トロワに刺された傷口から流れ出た血を嘗める2柱。良かった。絵面的に、人型の悪魔呼ばなくて。
だがこの場合、いちいち魔力を渡している時間が惜しい。何より、彼らはこちらの世界にいるだけで膨大な力を必要とする。時間は無駄に出来ないのである。
詠唱の長さ、呼び出してから戦闘に移るまでの時間、そして顕現していられる時間、これらの時間が悪魔を主戦力として使えない1つ目の理由だ。
そして、もう1つは………―――。
『さぁ、久々の戦ぞ。そこな下等動物共! 吾はマルコシアス!
権能は『戦士』! 存分にかかってくるがいい!!』
『俺様はグラシャ=ラボラス! 権能は『殺人』! 屠殺してやんぜ!!』
フルフルを下がらせ、4人の偽勇者と悪魔が戦闘を始める。僕は『ゴエティア』を閉じて、それを見守る事しか出来ない。
何故なら―――
―――ソロモンの72柱の悪魔で、まともに対人戦闘の権能を持っているのが、この2柱だけなのだから。
他の、例えばアンドロマリウスなんかは、使うために色々と条件があり、今回は使えない。
アンドロマリウスの権能は『罰』。『罰』とは『罪』ありきのものであり、『罪』とは『法』あってのもの。誰の領地でもないこの『魔王の血涙』にはそんなものは無く、その権能が役に立たないのである。
他にも知識系、技能系、恋愛系、戦争系、建築系、移動系、災害系等の権能を持つ悪魔がいるのだが、どれもこの場では使えない。
嵐の権能を持つ悪魔、フルフルなんぞをここに呼べば、確かに勇者達にダメージを与えられるだろうが、同時に僕らや聖騎士達にも被害が出るし、洪水、地震の権能を持つ悪魔も同様だ。というか、こういう災害系の悪魔は今後も使いたくない。
不和の権能を持つ悪魔もいるが、こいつ等元々仲間意識とかないからなぁ………。
知識、恋愛、建築系の悪魔なんて言わずもがな。っていうか、建築系の悪魔なんて、ダンジョンマスターにとってはあまりに不要な存在だろう。
この使い勝手の悪さこそが、僕が悪魔達を主戦力に出来ない2つ目の理由であり、最大の理由だ。
あと他に使えそうなのは、アスモデウスとフラウロスくらいだが、アスモデウスは召喚が面倒であり、フラウロスは見境がない。出来れば呼びたくない………。
いざとなれば仕方がないが、フラウロスを呼んだ場合、聖騎士やロードメルヴィン枢機卿は敵と見做されて燃やされるだろうなぁ………。
『ふむ。そこそこの手練れと見受けるが、鍛練が甘い』
翼を持った狼がトロワに襲いかかり、その隙を包帯男が狙う。しかし、それを止めたのは鋼の剣。
マルコシアスは精悍な戦士となって、包帯男の剣を止めたのである。
『力に溺れし者よ、力とは、己で鍛えねば力とは成らぬ』
すかさず金髪が襲いかかるが、マルコシアスは再び狼の姿となりてこれを避ける。
『力とは使うものだ。貴様等は力に使われているに過ぎん』
宙に飛び出たマルコシアスが、空中で再び戦士の姿をとって落ちてくる。金髪に降り下ろされようとした剣を止めたのは、トロワだった。
『ハッハァ!! 血だ血だ!! もっともっと血を流せ!!』
「ッ! ちょっとぉ、このワンコちゃん、ドゥーだけにやらせないでよぉ!」
縦横無尽に、それこそ縦も横も尽きる事無く動き回るグラシャ=ラボラスは、ドゥーを確実に傷付け、その傷から権能を使って血を流させる。瞬時に回復魔法で傷を癒すドゥーだが、回復魔法でも失った血は戻らない。
その顔に浮かぶ、疲労の色は濃い。
『チッ。メンドくせぇなぁ、その魔法。血抜きがおせえと、肉がマズくなんだろうが』
邪悪な雰囲気を漂わせ、楽しそうに笑うグラシャ=ラボラスだが、その姿はやっぱりマルチーズ。
悪魔の実力は圧倒的ではあるが、当然こいつ等にもアンドロマリウス同様に制限がある。代償分の働きをすれば、当然のように帰ってしまうだろう。
何より、倒してもまた『覚醒』で蘇られては面倒だ………。
さて………、どうしようか………。