偽勇者っ!?
「クァハハハハハ!!」
そんな哄笑と共に現れたのは、4人の集団。その中の1人、やかましい哄笑をあげる少年は金髪に碧眼。腰には剣、中肉中背の体には、要所要所に部分鎧が装着されている。どこにでもいる冒険者のように見えて、その身に纏う武具が中々の逸品だと僕にはわかった。あの鎧、恐らくミスリル製だ。
外見はただの冒険者だが、その歪な笑顔に浮かぶ狂気と不穏な雰囲気が、何よりも雄弁に少年の存在を伝えていた。
偽勇者。
「見ろよ見ろよ!
やっぱり俺様持ってんなぁ!神に愛されちゃってるよなぁ!
糞下らねぇ雑用仕事かと思って、汚れた魔大陸のはしっこの、砂と雪と糞邪教徒以外何もねぇこんな場所まで来てみれば、俺様に殺される為に、神の敵がわらわらと湧いてきたぜ!!
これって俺様に殺せってことだよなぁ!?それ以外にねぇよなぁ!?なぁ、世界ッ!?」
少年の隣には少女がいた。魔法使い然としたローブ姿の少女。
「うっふっふぅ〜。ドゥ、目移りしちゃうなぁ」
こちらも外見上は普通の少女である。あくまで外面上は。
ミュルのような毒々しいピンク色ではなく、薄桃色のふわふわとしたロングヘアー。ローブも、パステルカラーを基調とした、どこか愛らしい装いである。
一見ぽわぽわとした、天然系の美少女である。
「イケメン枢機卿を無様に殺すのもいいしぃ〜、魔族も殺してみたいかも。迷っちゃうなぁ〜」
その狂気に満ちた美貌を除けば。
「全く、お前らは………。我々が受けた指令は、枢機卿の暗殺だ。それが優先で、他の連中はあくまでも任務のついでだ。………まぁ、口封じは必要だがな」
「………」
残りの2人の風体は、やや異様だった。
1人は細身の高身長。鎧などは身に付けていなかったが、ダブルボタンのロングコートのような白い服と、ややタイトなスラックス。理知的な言動も、この4人の中ではまともに見えた。
だが、顔面のほぼ全てを包帯で覆い、その下では今でも出血しているのか、血が滲んでいる。包帯の上からでも端正な輪郭が窺えるが、その秀麗な眉目が余人に晒されることは二度と無いだろう。
もう1人は巨漢だ。
縦にもデカいが、横にもデカい。僕なんかが張り手を食らおうものなら、10mは吹き飛ぶ事請け合いだ。無論、五体無事で済む保証などない。
フルプレートの全身鎧と盾を装備した、いかにもな重戦士である。どうやら無口なタチらしいが、ふくよかな外見から優しさを感じとる事は不可能で、細い目がこちらを睨み付けている。何より、奴が持つ戦斧が、敵愾心を煽るのだから仕方がない。
1m超の重厚なバトルアックス。先端は歪な半月型、上部は小さく、下部は大きく刃がせり出す造り。いわゆる鉞状の刃だが、これだけ大きな戦斧であればこちらが主流。せり出した下部の内側の縁は、刃を付けて手綱を切ったり、刃がなくても盾を無理矢理下ろさせたりと色々な使い方が出来る。
当然、先端には刺突用のピックも付いている。
重戦士の持つ戦斧。打撃と斬撃の両方の特性を持つそれは、近接戦闘では無類の威力を発揮する。鎧の上からでも痛打を見舞い、鎧が無ければ腕の1、2本は簡単にもがれる。下手な防具や武器で防ごうものならそれを破壊し、重心が極端に先端に片寄ることから、力に加えて遠心力まで利用して振るわれる。
まさに近接戦闘の雄、戦斧。
これが恐ろしくないわけがない。
「成る程、戦斧とはかくも強力な兵器でしたか」
「ああ。ただ、取り回しに難があり、慣れない者が使うなら剣の方が遥かに有用だ。ただ、慣れた者なら―――って、僕いつから口に出してた?」
「重戦士の持つ戦斧―――の辺りからでしょうか。
騎士は基本、槍か剣ですから、大変参考になりました」
ふむ、どうやら熱が入りすぎてしまったようだ。まさか無意識に口に出していようとは。
そこで、ロードメルヴィン枢機卿は4人の方へ目を向けると、やれやれとばかりに肩を竦める。
「彼等はどうやら、私を殺しに来たようですね………」
「まぁ、そう言ってたしな。巻き込まれるのなんてごめんだし、僕先帰るね。んじゃ、お疲れー」
「いやいや、そんなに急いでお帰りにならずとも良いではありませんか。まだお茶もご馳走していませんし」
「そんなもん淹れてる間に、あちらさんが襲いかかってきそうなんだが?」
「そこは魔王陛下のお力の見せ所でございましょう。私は腕によりをかけて、美味しいお茶の用意を………」
「丸投げじゃねーか!?」
全く。
僕だって、やれるもんならやるっつの。でも無理なんだよ。僕史上最弱の魔王だし。なんならロードメルヴィン枢機卿より、ステータス上では弱い。
「魔王は忙しいんだよ。勇者も敵なら魔王も敵、あっちこっちで火種が燻ってんだから。
せめて身に降りかからない火の粉くらいは、対岸の火事と洒落込みたいぜ」
「それは少し困りましたねぇ。この戦力で彼等の猛威を凌ぐのは、困難を極めます。
あれは『勇者部隊』の中でも、生え抜きの4人です。勝手にこの遠征についてきて、上の指示で、とっくに迷宮に潜入したと思っていました。教皇派上層部も慌てていたようでしたが、あれも演技だったという事なのでしょうか………。
その命令はダミーで、本命は私の暗殺………。
いえ………、今さら私なんか………。私を暗殺する意味?………どうも行動が噛み合わないような………」
何やら顎に指を乗せて考え始める枢機卿。暗殺宣言されたってのに、余裕なもんだ。
しかし………、確かに今さらこの人を殺して、教会に何のメリットがあるんだ?ロードメルヴィン枢機卿には悪いが、この人が死のうが生きようが、教会の破滅は待った無しだ。暗殺にしたって、聖教国から離れた場所でしたかったのだろうが、だとしても遅すぎだ。
もしかして、命令系統すらガタガタで、こいつらにちゃんと情報が伝わってねーんじゃね?
「あー、1つ聞いていいか?」
僕が4人に向けて声をかけると、4人の内2人はこちらを向く。残り2人は姦しく騒いでいた。
「お前らって教会の現状とか知ってる?
今教会勢力が衰退してるのとか、南部の国々が教会のせいで混乱し、そのせいで一気に教会離れが進んでんのとか」
「ああ、そういえばレンメル上級司祭長が、近日公開処刑されるそうですよ。何人かの教皇派の重鎮も連座で。
上手く民衆のガス抜きになるといいですが、そうでなければいつクーデターが起きても不思議ではありません」
ここぞとばかりにロードメルヴィン枢機卿が乗ってくる。まぁ、ケツ捲る僕と違って、この人の場合は命乞いに近いか。
だが、目の前の4人は、教会の近況を聞かされても、目立った動揺は見られなかった。それどころか、金髪の少年に至っては、ケラケラと笑い転げる始末。
「教会のクソジジイが何人死のうと知るかっての!!俺様、教会なんて糞食らえなんだわ。むしろ清々するぜ!
ついでに、教皇のクソジジイも殺しといてくんない?」
「あははははは。だったらドゥ、処刑人やりたいかも〜。あのジジイに、民衆の前で無様でみっともなく泣き喚かせてから、散々苦痛を与えて、苦しめて殺すの。楽しそうじゃない?」
ああ、ヤベーなこいつ等………。アタマおかしいわ。
まるでこれを予想していたかのようにため息を吐く、ロードメルヴィン枢機卿に、僕は顔を向ける。それだけで察してくれたのか、彼は疲れた口調で説明してくれた。
「彼等は確かに『勇者部隊』の生え抜きですが、倫理や理性といったものが、実力に反比例しているんですよ。
つまり、『勇者部隊』でもダントツの問題児達です。
枢機卿派が、何度後始末をさせられた事か………」
ロードメルヴィン枢機卿の言葉に、やや哀愁が籠っていた。