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 枢機卿の暗躍っ!?

 あー………。


 なんだか挨拶したら、他に言う事無くなっちゃったな。不馴れな合コンか!


 「やってくれましたね………、とでも言えばいいんでしょうかね?」


 先に口を開いたのは、ロードメルヴィン枢機卿だった。

 端正な顔立ちに、長い栗色の髪。育ちの良さが全身から溢れ、貴公子然とした立ち居振舞いも板についた、穏やかな顔の青年がそこにいた。

 場所はソドムの前に陣取った聖騎士達のキャンプ。畳まれ始めたテント群の中央には、何やらでかいマジックアイテムが鎮座し、広場みたいになっている。その広場の手前側、ソドムに一番近い場所で僕らは邂逅を果たしていた。

 ロードメルヴィン枢機卿の背後には、完全武装の聖騎士達が整列し、総じてこちらに厳つい顔を向けている。対するこちらはたったの5人。確かに少ないが、こちらは精鋭中の精鋭である。僕は自信を持って、胸を張りながら答える。


 「『やってくれた』とは意外な事を言いますね」


 「おや、そうでしょうか?

 今や教会は存亡の危機―――………いいえ、滅亡への一途と言っていい。全てあなたのせいでは?」


 おいおい、なんだそりゃ?


 「心外もいい所ですね。僕はただ、勝手に足を踏み外して落ちていく教会を、ほんの少し利用して金儲けしただけです。いやぁ、神のお導きってヤツですね」


 ちょっと揶揄してみたら、聖騎士達はにわかに気色ばんで、それに釣られて僕の後ろでも剣呑な空気が流れ始める。しかしそんな中にあって、ロードメルヴィン枢機卿はそのちょっとタレ目の色男な顔を歪ませ、笑い出した。


 「ははははは。確かに確かに。悪いのはあなたではない。教会でふんぞり返っていたジジイ連中の頭だ」


 わかってはいたが、ロードメルヴィン枢機卿は教会の今のあり方に不満を持っていたらしい。いや、今さらか。でなければ、枢機卿暗殺に協力なんてしない。


 「アドルヴェルド聖教国という国は、酷く歪な国です。教会が国家運営の全権を握り、独自の戦力まで保有する。国家運営は宗教思想の元で行われ、国益を度外視し、他国間の関係すら軽視した結果が、以前の魔大陸侵攻です」


 真大陸の状況も鑑みず、結果すら見ずに、魔王に攻められたから反撃すると、無謀に打って出た以前の魔大陸侵攻。確かに大義名分もあり、他国だってそれに賛同はしたが、結果から言ってあれは教会の信用を貶めただけだった。

 アムハムラ王国など、王家はともかく民衆は表だって教会を批難するほど。他国だって、言葉にはしないがあれは失敗だったと思っていたはずである。

 ロードメルヴィン枢機卿は、なおも続ける。


 「王権を持つのは教皇であり、貴族はあくまで国家運営の補佐。国政に対する発言権を得るには、聖職者になるしかない。その聖職者にだって、教会の思想を全面的に支持するような信者しかなれない。しかし当然、聖職者だけで国は回らない。貴族は教会のために税を集め、教会の思惑の元動かなければならない。

 いっそ貴族制度を無くせばいいのに、真大陸では『王権』というものに絶大な意味があるから、それもできない」


 数々の王国が犇めく真大陸では、国家の代表は基本的に王である。天帝とか、皇帝とか、大帝とか、色々呼び方はあるし、位階もあるのだが、結局は皆『王様』だ。虚勢を張り合い、他国の風下に立たないためにも『王権』というのは重要な意味を持ってくる。

 これが理由で、『王権』を持たないガナッシュ公国は合議制を余儀なくされ、国家間でのガナッシュ大公の発言権も弱いものとなっている。ドワーフ王が『王権』を返上できない理由もここにある。


 「そうそう、ついこの間、教会が内部分裂した一件がありましたよね?あの時、聖職者の中の一部の貴族出身者が立ち上げた派閥があったのを、ご存知ですか?

 塵芥のように叩き潰されたその派閥の主張は、『教会は政治を離れ、宗教的活動のみを行うべきである』というものでした。まぁ、貴族出身者達が立ち上げた派閥ですし、権力を分散させたい貴族達の思惑が透けて見える主張です。潰されて当然です。


 ですが、


 それはそんなに間違った主張だったでしょうか?権力云々を別にして、教会が、宗教が国家を運営する事が、本当に正しいのでしょうか?」


 「いや、知らんし。

 たまたまあんたの生まれた国がそうだった。ただそれだけの事だろ?」


 不満持つだけなら、誰にだってできる。地球だろうがこの世界だろうが、歴史上国民全員が自国に不満を抱いた事のない桃源郷があった試しはない。


 「ふふ。その通りです」


 「不満があるなら変えればいい。満足なんて生涯得られない、不毛な道だと思うが、なんだかんだでそういう奴が世界をここまで作ってきたんだ。

 自分の無能を、人のせいにしてんじゃねぇよ、甘ったれが」


 何が貴族派閥だ。そんな見え透いた非協力姿勢を、教会が見過ごすはずがない。本気で変えたいなら、もっと現実味のあるプランを試行すべきだったのだ。


 「ははは、耳が痛い」


 「ああ、いや、今のはあんたに言った台詞じゃねぇよ。

 だってあんた、実際に教会を変えた立役者だろう?」


 「おやおや、何を言っているのかわかりませんねぇ。私はただ、この一ヶ月ここに居座っていただけですよ?」


 「いや、ここでのんびりと居座りながら、教会の破滅を眺めていたんだろ?

 だって、自殺行為だとわかっていて通貨を発行させたの―――」


 僕は目の前の優男に、白い目を向けながら指を指した。




 「―――アンタじゃん」




 暗殺された枢機卿達。そいつらの派閥に潜り込み、通貨発行の段取りをしたのが、誰あろうこのロードメルヴィン枢機卿だ。


 相変わらず、涼しい笑顔を焼き付けた美貌。内心を読ませないその表情。まぁ、僕もよく使うけど、やっぱり笑顔ってのは強力な武器だと思う。

 笑顔で企み、笑顔で怒り、笑顔で全てを覆い隠す。こういった手合いは、言葉を交わす上で本当に厄介だ。


 「教皇派に通貨発行計画をリークしたのも、恐らくはアンタだ。そして枢機卿暗殺の際に、内部資料という形で僕にもリークした。ただこっちは、具体性を欠いた断片的な情報に止め、教会が資金繰りに窮し、金策に奔走しているかのように偽装した。しかも、それは下手な商人の真似事のような、ほぼ失敗する事確実な貴金属投機。確かにあの資料を見ただけなら、僕は教会の滅亡をほくそ笑みながら待っただろう。わざわざ邪魔する価値もないと。

 だが貨幣発行ともなれば、ある意味で僕への挑発と受け取られかねない。事前に察知すれば、発行前にアドルヴェルドに僕が攻め込むこともあり得る。アンタが潰したいのは教会であって、国じゃない。むしろ僕が国に攻め込むのだけは、絶対に回避したかった。

 だから教会の滅亡まで僕が手出ししないように、あえて情報を制限し、教会の自滅を誘う方向に導いた。


 ―――つもりだった」


 「いやぁ、あなたの身の軽さと情報力を侮りました。やはり教会が調べた魔王の情報は、あまり役立ちませんでしたねぇ………」


 ざわざわと動揺をし始めた聖騎士達も意に介さず、ロードメルヴィン枢機卿は苦笑して肩を竦めた。

 その、まるで僕の言う事を認めるような仕草に、聖騎士達の注目はロードメルヴィン枢機卿に集る。


 「まぁ、人のせいにするのも格好が悪いですからね。ここら辺が潮時でしょう」


 少し疲れたように表情を崩し、ようやくあの嘘臭い笑顔が鳴りを潜めた。ただその顔は、まるで重たい荷を下ろしたかのように晴れやかで、一仕事終えた後のような爽快な疲労を物語っていた。




 「ええ、そうです。私が、今アヴィ教を滅ぼしかけている元凶です」





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