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 仕上げの一手っ!?

 小銅貨は10枚で銅貨1枚分。半銅貨は2枚で銅貨1枚分だ。

 天帝国の銅貨は、僕の個人的な感覚としては、日本円で大体60円〜80円。これが真大陸の最小額貨幣だった。


 ぶっちゃけ、商人からしたらすごい不便。


 安いものは二束三文形式で抱き合わせて売るのが普通、値切りがしにくく、安いものを値下げする事がほとんど出来ない。低価格層の商品は、安くする場合は商品の量を増やしたセット売りにするのが普通で、これでは貧困層の手が伸びない。

 貧困は悪玉コレステロールのように経済に悪影響を与える。


 とまぁ、結局利便性である。教会のアホは、なぜかこの手付かずの価格帯を無視して高額な貨幣、しかも既に僕が発行済みの場所に手を出したが、やるならやはりこちらだろう。


 「ふふ。大は小を兼ねないのさ。金貨を使って八百屋で買い物は出来ない」


 「まぁ、釣り銭を用意できませんからね。銀貨だって嫌がられます」


 例えば銅貨1枚が相場のアプリオ3個を金貨で買うと、お釣りは銀貨99枚と銅貨99枚。最早ただの嫌がらせである。

 因みにアプリオは、リンゴのような名前なのにミカンのような果実である。これマメな。


 「どうだい、商人ならこの銅貨がどれだけ有り難がられるか、わかるだろう?」


 「そうですね。細かな値段設定ができるのは、確かに便利です」


 まぁ、とはいえ普通は、食料は日持ちするものを買いだめし、日持ちしないものはセット売りの物を隣家と金を出し合って分けるのが一般的である。一般家庭も、少量ずつ食料を買ったりしないのだ。

 それは当然の節約術であり、こういった関係が希薄になってしまうのは少々寂しい気もする。まぁ、別にセット売りが無くなるわけじゃないだろうけどね。


 「じゃ、真大陸南部はそゆ事でよろしくー。僕はこれから用があるから、ここで失礼するぜぃ」


 「わかりました。

 ところで、銅貨とはいえ私に預けられた金額は相当なもの。持ち逃げされるとは思わないのですか?」


 は?

 僕は首を傾げ、もう一度その男を見る。

 そういえば、一度もコイツの名前を聞いたことがないな。借用書なんかで見た憶えはあるが、残念ながら記憶に無い。


 ま、別にいっか。


 「いや、お前がそれをして何になるんだ?」


 「純粋に利益になるでしょう?」


 「はっ!」


 僕は鼻で笑う。

 利益?面白い冗談だ。


 「お前だってわかってんだろ?

 そんなものより、僕がこれからする事の方が、お前は甘い汁を吸えるって」


 「まぁ………、そうでしょうね」


 「つーか、そうなったら商人として終わりだ。僕からの借金も踏み倒すわけだしな。

 お前さ、商人やめて何すんの?こんな楽しい仕事やめて、他にどんな楽しいことがあるっていうのさ?」


 「はぁ………。全くもってその通り。商売が出来ないなんて、そんなのは息が出来ないのと同義じゃないですか………」


 苦笑し、大仰に肩を竦める男に合わせ、僕も大仰に両手を広げる。


 「そうさ!!

 物を運び、店頭に並べ、交渉し、買い取り、売り払い、提携し、敵対し、争い、協力し、為替、先物取引、信用買い、信用売り、証書を交わし、時に騙し、時に騙され、相場に一喜一憂し、高騰の兆しを見つけては買い、低落の兆しを見つければ慌てて売り、破産する奴を見ては、ああはならないようにと自らに言い聞かせ、デカイ商会を見れば、いつかはああなりたいと思いを馳せる。売って買って売って買って。売買し、売買する。


 こんなに楽しい事は、この世界―――いや、別の世界にだって他に無い。


 商人をやめられる奴なんていねぇよ。いたらそれは商人じゃない」


 僕は、金の亡者と呼ばれたっていい。でも、僕らが求めているのは、本当は金じゃない。いや、金を求めている事実は認めよう。際限無く金を求め、何時なんどきも商売の事を考え、損益に人生の全てを賭ける。

 だが違うのだ。金が欲しいだけじゃないのだ。僕らが商人なのは、商売というものに取り憑かれているのは―――


 「あなたに言われて気付きましたよ、私も根っからの商人だったんですね」


 ―――生きるため。

 生きていると実感するため。


 僕も、セン君も、目の前のこの男も、そして今まで見てきた無数の商人たちも。

 商人は、商人だから、商人なのだ。他の何にもなれないし、なるつもりもない。




 まぁ、僕は魔王と兼業だけどね。







 さて、奴隷商と別れて次の面会を済ませるべく歩く。目指す場所は、ソドムの出口のその先。


 『マスター。例の勇者モドキ達ですが、少々動きがあります。この面会、罠の可能性は?』


 「それはないな」


 胸ポケットのアンドレからの忠告に、僕は首を振る。

 聖騎士達と一緒にいた偽勇者達は、ソドムの前に陣取るとすぐに別行動を始めた。ただ、何のつもりか城壁の外をウロチョロするばかりで、その目的はわからなかった。それが、ここに来て目立った動きをしているとなると、僕がこれからする事と関連付けるのは、アンドレの立場からしたら当たり前だ。


 「むしろ、危ないのはこれから僕が会う人のほうだろうね」


 『それはつまり、ついでにあなたも危ないという事では?』


 「まぁ、そうなるね」


 『………………』


 「あ………」


 なんか怖い沈黙が始まりましたよ………。黙り姫のトラウマがフラッシュバックするなぁ。


 「だ、大丈夫だって。今回はちゃんと護衛にパイモン達呼んだし!」


 『………レライエは?』


 レライエは呼んでいない。というか呼べない。

 言ったら飛んでくるだろうが、タイミングの悪い事にアベイユさんとエキドナさんの所の軍が、ようやく進軍を開始したのだ。

 時間的にはまだ余裕はあるのだが、それでも今軍総統を魔大陸から離れさせるわけにはいかなかった。

 それでも、パイモン、フルフル、ミュル、マルコの布陣で、逃げられない程の危険に陥る事はまず無いだろう。


 『わかりました………。人手不足はいつもの事ですからね………。

 とはいえ、ここは万全を期しましょう』


 「何するのさ?」


 『別に。ただしばらく、私との会話が出来なくなりますので、予め報告しておきます』


 「………まぁ、いいけど」


 いつになく積極的な事を言うアンドレを、内心いぶかしみながらも僕は了承して先を急ぐ。

 商会でパイモン達を拾い、そのままソドムの外へ。聖騎士達が来てから、ずっと閉めきられていた扉を開く。勿論外に出たらすぐロック。戸締まりはしっかりと。


 なんだか、ちょっとドキドキするなぁ。真大陸的には、これって結構重大な事件なんだよな。


 なんだか気もそぞろに歩を進め、そして目的の場所、聖騎士達のキャンプへと向かい、目的の人物と対面を果たす。




 「どうも、初めまして魔王アムドゥスキアス」


 「やぁ、初めましてロードメルヴィン枢機卿」





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