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 キアスとコションとパイモンと

 圧巻だった。




 魔王コションは、曲がりなりにも何十年も真大陸侵攻を繰り返してきた、歴戦の強者である。


 しかし、今、私の目の前で息絶えたその猛者は、ここにいる者の誰一人にも、かすり傷1つ付けることができずに、あっさりと死に絶えたのである。

 これを圧巻と言わずして、なんと言おう。


 32年前、アムハムラ王国の兵士、4200人強の命を奪い、間接的には、飢餓を引き起こし、1万人以上の者の死に関わった魔王。我が国の誰もが恨み、恐れた魔王も、今や物言わぬ骸である。




 「また生き返ったりしないだろうな?」


 キアス様が、不気味そうにコションの骸に近寄り、鎌のような不思議な剣でつつく。


 先程の、生意気な子供のようなふてぶてしさは鳴りを潜め、またくるくると愛らしい姿を見せてくれる。


 「まぁ、首を落とせば、いくらなんでも生き返らないよなっ!!」


 だから、そんな笑顔でコションの半壊した頭に足をかけて、剣を首と床の間に滑り込ませるのは止めてほしい。その愛らしさが、状況の禍々しさに拍車をかける。

 引っ張るようにして、キアス様がコションの首を落とすと、辺り一面に血の海が出来上がった。


 「半分潰れちゃったな。トリシャの所の王様、これでわかるかな?」


 ぶらんぶらんと、コションの首を振り回しながら、キアス様は可愛らしく首を傾げる。


 何故だろう?


 さっきの倍は禍々しく見える。


 「キアス様、申し訳ありません………」


 1角のオーガ、パイモンがしおらしく頭を下げた。


 「謝んなくていいよ。パイモンは棍棒を使うんだし、これくらい想定済みだよ。

 それより、これからは自分を卑下しない事。お前は僕の部下で、魔王を倒したオーガなんだから、胸を張れ」


 どうやら、最後にパイモンに魔王の相手をさせたのは、パイモンに自信を持たせるためだったようだ。

 さっきも、そのような事を言って、鼓舞していたようだし。


 「はいっ!!」


 まるで子供のように、元気溌剌と返事を返す彼女に、やはり少し嫉妬してしまう。


 彼女と同程度の信頼を、私がいただけるのはいつだろうか?


 弱気な事を考え始めた頭を、軽く振って冷やす。今は、そんな些末な感情に振り回されているべき時ではない。


 パイモン。


 彼女の、類い稀なる強さについて思案すべきだ。




 先の戦い。無論、多彩な魔法でコションを翻弄して見せた、キアス様も見事だった。だが、真に注目すべきは、コションにとどめを刺した、このパイモンである。


 コションが初めて現れたのは、記録では約200年前。魔大陸の北部に居を構え、好戦的な性格で幾度も真大陸に攻め込んで来たため、コションに関する資料は多い。 100名の兵士が、一度に槍を突き立てても、傷1つ負わず、逆に兵士を全滅させた、だとか。攻城兵器の直撃を受けても、悠然と突撃してきた、だとか。搦め手で凍り漬けにしたにも関わらず、平然と再び真大陸を侵攻した、だとか。

 とにかく死なない魔王、殺しても死なない魔王として、真大陸では有名だったのだ。


 それを、このパイモンはあっさりと殺してしまった。見事な棍捌きもさることながら、特筆すべきはその膂力である。

 200kgはあろうかという、コションの巨体を、鎧ごと軽々と吹き飛ばして見せた、あの力。


 もし、キアス様がコションのような魔王だったら、キアス様とパイモンの2人で、真大陸の北側は焦土と化していただろう。


 父とて、こんな規格外な魔王たちと誼を持てるなら、私が彼らの元へ降るくらい、大目に見てくれるのではないだろうか。


 そんな淡い期待さえ浮かべてしまった。淡い期待は、所詮は泡沫の夢だというのに。




 「さて、ちょっと遅くなっちゃったな。トリシャ、仲間の人達が心配してるよ、早く戻ろう」


 キアス様は片手にコションの首をぶら下げて、微笑みながらそう言った。やはり、可愛らしいのにおどろおどろしい光景だ。


 「そうですね。気付けば結構時間が経ってしまっていますし、これ以上、彼等に心労を強いるのは、しのびないですね」


 「痺れを切らしてダンジョン内に入っていかれたら、大変だしね」


 「それは………」


 笑えない。


 魔王コションと、その軍団が死に絶えた迷宮。そんな危険地帯に、仲間が侵入するなど、考えただけでもぞっとしない。このまま放置すれば、その可能性は決して低くないのが、尚の事笑えない話だ。


 私は急いで、隊の元へ戻ることにした。




 「隊長!!ご無事で何よりです!!」


 私が、キアス様の転移陣で戻ると、副長以下、隊の者達もわらわらと寄ってきて、私の無事を喜んでくれた。


 キアス様の配下に属した事に後悔はないが、この仲間達の対応には、一抹の罪悪感と、申し訳なさを感じてしまう。


 私は、話し合いの結果と、このダンジョンの危険性について説明し、絶対に足を踏み入れないように注意した。


 「隊長、その布に包まれた物は?」


 私は、持ち合わせていた白旗に、コションの首を包んで持って来ていた。


 「ああ、アムドゥスキアス殿に、無理を言って譲ってもらった。驚くぞ?」


 キアス様とアンドレと話し合った結果、私がキアス様の仲間となった事は、少なくともこの遠征中には秘匿することとなった。余談だが、フルフルとパイモンは、難しい話が苦手らしく、参加していない。

 私が、布をほどき、中を晒すと、周囲は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


 「た、隊長!!これは、だ、第11魔王ではないですかっ!?」


 「ああ、アムドゥスキアス殿がほふった、第11魔王コションだ」


 「なっ―――、ほ、本当に第11魔王に間違いないのですかっ!?」


 「私には詳しい検分が出来ん。32年前にコションの姿を見た者が、この隊に居ないか探せ。それと、伝令は必要ない。恐らく後から発つ我々の方がはやい」


 「それは………、どういう………?」


 「とにかく、今日はここで夜営する。魔王殿にも許可をいただいた」


 「お待ちくださいっ!!まだ聞かねばならぬことが!!」


 「副長、各班長に指示を出せ。その後でならゆっくりと、話してやる」


 「くっ………。了解いたしました」


 不満そうな副長は、それでも渋々了承の意を示した。

 まぁ、彼もコションの死に、思うところがあるのだろう。ある意味、アムハムラ王国と、最も関わりの深い魔王だったのだから。


 作業をしながらも、兵達はチラチラとコションの首を盗み見ていた。中には、殺しても死なない魔王の逸話を恐れ、ビクビクと作業をする者もいる。




 良きにしろ、悪しにしろ、魔王というものは強い影響力があるようだ。





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