激動の大陸っ!?
あれから1ヶ月。
真大陸は激動のただ中にあった。
教会発行の貨幣は、僕とセン君の暗躍を契機に、偽金の横行が相次いだ。中には粗悪な貨幣を作った間抜けもいて、そういった連中は商業組合によってすぐに捕縛、処刑された。だが、大半は純度の高い金属を使った偽金が広まりを見せた。当然だ。それだけで、かなりの利益になるのだから。
まず、貨幣価値とは基本信用だ。信用度の高い、言い換えれば力の強い発行元の貨幣は信用され、重用される。
だから実は、真大陸の二大大国でありながら、最近何かと不穏な噂漂うアドルヴェルド聖教国の信用は高くなかった。当初から教会貨幣に対して大半の商人は、腫れ物ののように扱っていた。そもそもの信用がない北側では、ほとんど商売に使えないような有り様であった。
そこにきて、この偽金騒ぎである。
もし貨幣価値がそのままなら、当然ながら貴金属の価値は需要と共にどんどん上がって行く。偽金を作れば作るだけ儲かるのだ。暴投するのは、当たり前だった。そのままなら貴金属の価値は、もしかすれば貨幣価値と同等になるかもしれない。
しかし、そうはならない。なるわけがない。
実際は、貴金属の価値が上がるのではなく、教会貨幣の暴落が起きていた。
偽金の横行は信用の失墜を意味し、貨幣価値の急落は教会のパワーの衰退を物語っていた。
信用貨幣というものは、それが出来た瞬間から偽金との戦いなのである。
天帝国は組合、僕は製造技術によって、その戦いを有利にしてきたが、無策でノーガードの教会は、最早凋落の一途であった。
そこに、魔王の街―――自由貿易都市ソドムが、魔大陸との通商を宣言。一気に真大陸に、貴金属が流入するに至り、教会貨幣は完全に活路を絶たれたのである。
「つくづく敵に回したくない魔王ですね………」
何やら疲れきった表情の男が、僕の目の前で真っ白な灰になっていた。
いつぞやの、僕の街を乗っ取ろうとして失敗し、奴隷商となった男であった。
僕は彼に、自分が魔王である事を今この時まで隠していた。そのせいか目の前で驚き疲れて消沈する男は、少し見るに耐えない。
ちょっと悪い事したかな?
現在、教会勢力下にあった各国では、暴動寸前まで民衆の不満が溜まっている。いくつもの貴族家が没落し、王家すら貧困に喘いでいた。
民衆だって黙ってはいない。金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、教会への不満が爆発寸前であり、その矛先は王家や領主へと向かおうとしている。
ここで真大陸南部の火種を放置し、対岸の火事とばかりに燃え上がる様を見物するのもやぶさかではなかったが、それで困るのはやはり末端の庶民である。
それは僕の本意ではない。王公貴族連中がいくら混乱し、困窮しようと、毛程も気にしないが、やはり庶民はそうはいかないのだ。彼等が、間抜けな為政者と僕のせいで、破滅的な貧困に喘いでいるというのは、どうしたって寝覚めが悪い。
というか、このまま経済が混乱したままだと僕だって困る。商売がしづらい。
だからこそ、この目の前の男を使って救済措置を施すのである。
「今までは、ガナッシュ公国の実験農場で暇を持て余していた君達に、ようやく仕事が巡ってきたというわけさ」
「いや、別に暇だったわけじゃありませんよ。畑仕事はありますし、家畜の世話もしなければいけません。それに収穫率の伸びや、試験的に新たに栽培した野菜なんかの記録は、結構大変だったのですから。魔王陛下からお貸しいただいた人員がいなければ、私だけではどうにもなりませんでした。
既に大公に提出し、今ごろは大規模な運用が議会で検討されている頃でしょう」
学校にいた生徒の就職先として、僕はこいつの元を薦めている。これからこいつの元には、優秀な人材はいくらいても足りない。奴隷解放を目論む僕にとって、これからこいつのトコは重要な役割を担う。
それにしても、やはり農業改革は進捗が遅いな。いくらマジックアイテムが造れたって、生き物を育成するのだからすぐに結果はでない。
農業改革ってのは、ダイレクトに生死に関わるからな。僕が言って「ハイ、承りました」とはいかなかった。というか、いくらなんでもそんな脳足りんばかりなら、ガナッシュの為にも血の粛清を検討しなければならなかった。因みに、農具のマジックアイテムを造ると、今の真大陸では失業者が恐ろしい数量産されてしまう。
実験農場では、まだ一年を通しての成果はでていない筈。それでもコイツがこう言うって事は、それなりの成果と呼べるものが出たのだろう。
「まぁ、人手を遊ばせている余裕はないってこった。お前が集めた奴隷たちを、各地に飛ばす」
「売るのですか?」
「アホ」
何の為にガナッシュに一大奴隷市場を作り、お前に買い漁らせたと思ってんだ?
「教会貨幣の回収だよ。教会の提示した額面で、僕の貨幣と交換する。
ああ、勿論一時的な措置だよ」
教会貨幣の価値を、僕の貨幣で担保するなんて愚は犯さないさ。僕の発行する貨幣価値にも、悪影響が出るからね。
「それでは損をするのでは?」
「馬鹿だなぁ、これは損得の話じゃないのさ。いや、長期的に見れば計り知れない得になると言ってもいいか。
やっぱり損得の話だ」
「はぁ………?」
わかってないようなので、懇切丁寧に教えてやる。
「いいか?
確かに商人の視点で見れば、価値の無い物をその価値以上で引き取る。これは損だ。同じく、価値の高い物を価値の低い物と交換する。これも損だ。
だがこれを、全く逆の見方をしてみろ。
相手側にとっては、こんな上手い話には乗るしかないだろ?そうしなければ困窮するとなれば、なおさら手を出さない理由はない。
真大陸南部の商人、庶民は、僕の貨幣を求めて群がってくる。
つまり、一気に僕の貨幣のシェアを広げる、絶好の機会というわけだよ。
ありがたい事に、下準備は教会とその傘下の国々が済ませてくれた。僕がそこにちょちょいと手を加えてやれば、あら不思議。真大陸は、天帝国貨幣と僕の通貨が並ぶ、二大通貨体制が出来上がる。
たぶんこれからは、通貨の単位を銅貨1枚、銀貨1枚とは数えられなくなるぜ。銅貨1枚1リュシュカとか呼ばれるのかね」
あれ?そうなると僕の貨幣は何て呼べばいいのかな?1魔王?ないな。かといって1ソドムではゴモラが蔑ろにされて可哀想だ。
「はぁ、何とも遠大な計画ですね?」
「遠大?何を言う。僕が今語って聞かせたのは、一月後の真大陸の姿だ」
「一月!?それだけの大規模な計画なのにですか!?」
「出来るさ。いつまで前時代的な観点に凝り固まってるんだ?
今は王国空運もある、通信のイヤリングもある、転移の指輪だってあるんだ。世界は劇的に歩きやすくなってる。日進月歩を嘲笑う早さで、商売の形態は進化しているのさ」
新参のコイツには劇的な変化に感じるかもしれないが、僕はこの為に1年近くの時間を費やしているのだ。
「はは………。肝に銘じますよ………」
一周して慣れたのか、目の前の男は気安く肩を竦めて苦笑する。まぁ、いつまでも恐縮しているようでは、商人としての器が知れるというもの。僕も少し、安心だ。
あくまで、こいつの能力的な不安要素が解消された事による安心だ。うん。
「そこで、南部に散る従業員達に広めてもらいたいのがこれさ」
僕はそう言って、懐から新たに作った貨幣を持ち出す。それは銅貨。
2種類の銅貨である。
「小銅貨、半銅貨。少額硬貨の力、とくとご覧に入れよう」




