地下迷宮走破・4
魔大陸大戦。
ほぼ全ての魔王が参戦し、今魔大陸全土を巻き込みつつある大戦争。
戦争が、いきなり今日明日から始まったりしないのは真大陸と同じだが、魔大陸と真大陸に違いがあるとすれば、それは―――
多くの魔族にとって、この大戦を好ましく思っているという部分だろう。
魔王の力が、明確な形でハッキリと浮き彫りになるであろうこの戦争に、魔族は敵味方中立を問わず、皆期待の眼差しを向けているという事らしい。
なんというか………、単純というか、粗野というか、野卑というか………。
自らが肩入れする魔王が勝つか、それともそうでない魔王の実力を目の当たりにできるかで、ほとんど遊興の感覚なのだ。
注目株は、歴戦の魔王アベイユ、オール。ダークホースがキアス殿。そのキアス殿の元でパワーアップしたらしいクルーン。
まぁ、そういった魔族ばかりでもないのだろうが、少なくとも目の前の4人にとっては、そういう事らしい。
戦争に巻き込まれる事も、それで死ぬ事も、飢える事も、あまり問題視はしていないようだ。
やはり、真大陸と魔大陸の溝は深いと、痛切に感じるのだった。
「よし、とっとと地下迷宮を攻略しちまおう!」
話を聞いた、シュタールの結論がこれだ。とりあえず、殴っていいだろうか?
「出来るものならとっくにやっている。我々は、別に好き好んで、こんなにも長期間地下迷宮に籠っているわけではあるまい」
「だとしても、早いに越したことはねぇ。何か、キアスのとこに早めに行った方がいい気がする。
じゃねぇと、キアスが危ない気が」
相変わらず、良くわからない事を言う………。
「まぁ、早く出る事そのものには賛成だ。
ならば期限を設定し、その間で攻略できなければ、一度戻るというのはどうだ?シュタールが武器を得ているか否かに関わらずな」
「なら期限はあと3日でいい」
おや?
ごねるかと思っていたが、意外にも即答したな。
確かに、こういう場合のシュタールの勘というやつは、バカにできない的中率を見せる。その勘が告げているのだろうか。キアス殿が危ないと。
「わかった。そも、お前以外には、ここに留まる理由は無い。お前がそれでいいなら、私達に否やはないさ」
「だな。キアスさんに会いてーのは、別にお前だけじゃねーってこった!」
「私としましては、ここで貯まったマジックアイテムを処分したら、キアス様に実力を認めていただき、かの十八節鞭を今度こそ私の物としたいです!
皆さんがおニューの武具を手に入れて浮かれている様に、少しばかり羨望の念を抱いておりましたの」
レイラとアルトリアも賛成。ミレは寝ているが、恐らく反対はしないだろう。
となれば、いよいよ攻略のペースアップが重要となってくる。今のままでは、3日以内にミノタウロスを見つけられるかはわからない。マッピングは完全にミレの頭の中でされているので、私達は今迷宮のどの辺りにいるのか、あるいはその場所が以前通った事のある場所なのかどうか、全くわからないのだ。まぁ、常に戦闘をしなければならないので、致し方ない話ではあるのだが。
「シュタールの勘に、任せてみるか………」
ある意味自殺行為な、迷宮を勘で進むという行為。シュタールの驚異的な直感の精度は知っているが、だからといってそれに身を任せるには相当の勇気がいる。絶対に切れないからと言われたって、他者の持つ剣に無抵抗で切りつけられる時、不安にならない者はいないだろう。
今の私は、そんな心境である。
「まぁ、いいんじゃねぇの。アタシ等も、この迷宮で結構力をつけたし、シュタールがヘマこいたって、アタシ等が死ぬわけじゃねぇ」
「あらあらレイラ、慢心はいけません。ここは地下迷宮。弱肉強食の坩堝。今までも、何度かかなり手強い個体はいたでしょう?油断は禁物です!」
「そうだ。裏をかかれたり、意表を突かれたりといった、少しのミスで屍を晒す者とているのだ。努々、油断だけはするなよ?」
「ウラァァァア!!」
「レイラが道を拓いた!次はどちらへ向かうのだシュタール!?」
クァールを撲殺したレイラは、トンファーを天高く放り上げると、その死体を片手で投擲した。その死体に押され、小さな道が出来た所を、私が魔法でこじ開ける。
道は分かれ道だ。直進するか、右折するか。どちらの道からも魔物が押し寄せ、今来た道からも後続が迫っていた。直進する道は、今レイラがこじ開けたが、今日からは進路をシュタールが決めるのだ。
「とぉー、りゃ!」
バグバグの巨大化した、強力な個体に、シュタールは連続で切りつける。両手にコピスとコピシュを携えて。
「シュタールさん、遊んでいるようなら、私今すぐにでも帰りますよ?」
暴風の円陣、とでも言うべきか。乱舞する白銀の九節鞭は、台風のようにその周囲を巻き込んでゆく。しかし、その台風の目では、アルトリアが優雅に舞っているだけ。確かに、これならキアス殿も認めてくれるかもしれないな。
「………直線上の罠解除………。………でも、どっちに行くか………早く決めて………」
ミレの言葉が私に届くと同時に、周囲にいた数十の魔物が、まるで糸の切れた操り人形のようにくずおれた。本人は相変わらず、眠そうな眼差しの無表情。
「舐めんなコラァァァア!!」
道を塞ぐように迫ってきた魔物を、瞬時に圏に持ち換えたレイラが吹き飛ばす。くるくると、ヒラヒラと舞いながら、血の花を咲かせる円環の羽を持つ蝶々。
「よっしゃ倒した!わりぃ、ちょっと苦戦した!」
「早く進路を決めろ!」
「そうです。早く進路を決めないと―――」
「………全滅しちゃう………」
そう、全滅してしまうのだ。
―――魔物が。
死屍累々。
魔物の死骸の山を前に、私は腕を組んでため息を吐く。
「こんなに倒してしまったら、いい加減キアス殿に怒られるぞ?」
「やり過ぎちまったか………?」
「そうですよ、レイラ。適度に残しておかなければ。キアス様は心血を注いで、ここの魔物を育てていらっしゃるのですから」
「………罠………、………とりあえず………見えるところにあるのは………、………全部解除してきた………」
「いやぁ、すまんすまん!」
ヘラヘラと謝るシュタールに皆でケリを入れ、再び目の前の惨状にため息を吐く。
いや、キアス殿ならばまだいいのだ。本当に怖いのは、その胸ポケットにいる奴だ。彼女は迷宮の事となると、うるさいのだから。
「お、言ってる間に後続が来たぜ」
シュタールがそれぞれの道から迫る魔物を見つけて、直進する道を進み始める。
「全く、わざわざぶっ殺されにご苦労なこった」
それに続くのは、再びトンファーを構えたレイラ。
「どうでもいいが、今度こそ進むのを優先しろよ?」
私は普通にそう言って、とりあえず右の道にいた魔物を吹き飛ばしておく。
「あらあら、うふふ。私、そろそろ前衛に移ろうかしら?なんだか前衛って、性に合ってる気がします」
しゃらりと垂らした九節鞭に、穏やかな表情で目を這わせるアルトリア。その先端が、小さくヒュンヒュンという前奏を奏でながら、動き出した。
「………一番手………もーらった………」
突然我々の先頭に現れたミレ。と同時に、魔物の先頭集団が、一気に罠に喰われた。
ふむ、やはり少しは地下迷宮に慣れたと言えるか。
いやいや、油断大敵油断大敵。




