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 新米枢機卿は怖い人?

 「へぇ!どん尻エルカルトが、今じゃ隊長様ですかい!?人ってのはわからねぇもんだ!」


 「ああ、クルツ君の同期だったね、彼は。実に優秀な指揮官だよ。剣と槍では、ちょっとばかり頼りないけど」


 「ちげぇねぇ!」


 「そういえばヴェルディ君の同期だったランバルト家の嫡男は、この間家督を継いだそうだ」


 「キールですね。そうか、騎士団は惜しい人材を手放しましたね」


 「全くだ。とはいえ、ランバルト子爵家の嫡男を、騎士団に縛り付けるわけにもいかないだろうから、仕方なかったのさ」


 「ランバルト子爵領は、アドルヴェルド聖教国の南西部における要ですからね」


 「辺境伯がもう少し有能であれば、ランバルト子爵にも楽をさせてあげられるのだが、ままならないものさ」


 僕とクルツさん、そしてエドワルド様は、昔話や同輩の近況について、話に花を咲かせていた。


 「ところで君達は、今回の遠征の目的って知っているかい?」


 そんな和やかな談笑の最中、何の気なしにエドワルド様がそんな事を言うものだから、僕もクルツさんもギョッと目を剥いてしまう。


 「魔王と交渉をし、以前の襲撃騒ぎは我々の意図するものではない、と釈明する」


 朗々と述べるエドワルド様。そう、それが目的だ。あくまでも建前上は。


 「そして裏の目的は、魔王をこの『魔王の血涙』に張り付けて、真大陸にちょっかいを出されないようにする事」


 「「へ?」」


 あっさり建前を排した目的まで、エドワルド様は一介の兵士にバラしてしまう。いいのだろうか?


 「いや、君達がやたら悲観的な事ばかり言うからさ、少し安心させてあげようかとね。

 大丈夫、君達は殺されるためにここに連れてこられたわけじゃないよ」


 「は、はぁ………」


 呆気にとられたまま返事をするクルツさん。しかし、エドワルド様がこの程度で気分を害したりはしないと、僕も思っているのでフォローしなかった。というか、僕だって驚いている。


 「とはいえ、教会上層部では、魔王が我々を殺してくれた方が、色々と助かると思っているのだろうね。特に私が死ねば、彼らは小躍りして魔王に感謝するだろう」


 「そ、それは………」


 教皇派の独裁を磐石なものとするためには、確かにエドワルド様の存在は邪魔だ。しかしだからといって、死んでほしいとまで思うだろうか?

 いや、そういえば以前の暗殺騒ぎだって、教皇派の暴走という噂もあった。新聞で枢機卿の不正が暴露されたため、非難の矛先が枢機卿に向いたのだ。しかしあれでより一層、市民からの目が冷たくなったのも事実。いったいどうなるんだろうな、アドルヴェルドは………。


 「まぁ、その心配はない。第13魔王は理性的で、理知的だ。たかだか1800の聖騎士が門前で座り込みをしているなんて理由で、無闇矢鱈と戦闘を起こしたりしない。それが自らの不利益になると、わかっているからね。

 おっと、指揮官がこんな油断めいた事を言ってはいかんかな?」


 「そうですね。あ、い、いえ!」


 しかし、クルツさんは気を抜きすぎだと思う。接してみると確かに、エドワルド様は気さくだし、とても話しやすいが、相手はれっきとした貴族で、枢機卿なのも変わらないというのに。


 「ふふふ。まぁ、何があるかはわからないんだし、警戒は怠らないように。いいね?」


 「はっ、了解しました!」


 敬礼するクルツさんに倣って、僕も手をあげ敬礼する。ただ、ちょっと気になる事もあったので、この機会に聞いておく。


 「あの、エドワルド様は第13魔王に好意的な感情をお持ちなのですか?」


 「―――ひゅッ」


 あまりの驚きからか、クルツさんが変な音を出す。まぁ、それもそのはず。僕の質問は、聞きようによっては『魔王を敵視するアヴィ教の教えに、真っ向から背くつもりか』という問いに聞こえるからだ。

 そして無論、僕はそのつもりで聞いた。あるいは、今後出世の道が閉ざされ、路頭に迷ったとしても、今の僕には失う物など無い。だからこそ、僕が代表して聞いておくべきだと思ったのだ。


 「ふむ。成る程。ヴェルディ君、君はやや自暴自棄のように見えるね?何かあったのかい?」


 「え―――」


 エドワルド様の目が、鋭く僕を突き刺す。まるで内心まで見透かすような、そんな貫通力を持った視線に、早くも僕は怖じ気付き始めていた。


 「バカヴェル!!すいやせん、エドワルド様!こいつの田舎は、長年教会に神父が不在でして、教えに疎いんでございます!どうか許してやってくだせぇ!!」


 クルツさんに頭を掴まれ、強引に下げさせられてようやく、僕は自分が呼吸を忘れていた事を思い出した。


 「―――ひゅッ、カハッ、エホエホッ!す、すいまぜん、でじた―――」


 とんでもない。

 素直にそう思った。視線で人が殺せる人間、それがこのエドワルド様だ。いや、いっそ殺してくれとさえ思う。今となっては、むしろこんな記憶を持たされたまま生きていく方が恐ろしい。

 以前騎士団の任務で、不慮の事態により、たった32人で上級の魔物を狩った時より遥かに恐怖した。


 「ふむ。そうか。そういう事か」


 しかし、予想と反して頭の上から聞こえてきたのは、変わらない穏やかな声だった。


 「そうなんです。だから―――」


 「ああ、いいんだよクルツ君。その事はもういい」


 恐る恐る顔をあげると、そこには優しい笑みを浮かべたエドワルド様がいた。


 「君はどうやら、とても辛い経験をしたようだね?」


 「い、いえ―――」


 「否定しなくていい。昨今噂の賊、だね?」


 「―――はい………」


 賊。僕が今でも騎士団にいれば、その足跡を追うことだって―――いや、無理だな。国外にいる賊を、騎士団が追うことなんてできるわけがない。これはただの未練だ。そんな私情で動くのは、騎士ではない。


 「あ、あの………」


 話に付いてこれないでいたクルツさんに、僕は簡単に事情を話す。


 「ヴェルディ、そりゃあ………、なんつーか………」


 「いいんですよ、クルツさん。過ぎた事です」


 「………そっか………」


 そう、過ぎたこと。今はもう、どうしようもない事だ。


 「そうそう」


 途端、エドワルド様が明るい声で話し始めた。どうやら話題を変えてくれるらしい。僕もこのいたたまれない空気に、ちょっと居心地の悪さを感じていたので助かった。


 「僕が魔王に好意を抱いているのかって話だったね?」


 「「え゛?」」


 よりによってそこに戻しますか!?僕としては、またあの殺人視線が飛んでくるんじゃないかと、戦々恐々です!


 だがそれは杞憂だった。エドワルド様の表情は一変していた。その視線の先にあるのは、魔王の迷宮。その表情は笑顔。




 「好意なんてとんでもない。今すぐあそこへ行って、首と胴を泣き別れさせ、なますに刻んで、八つ裂きにして、粉微塵にしてぶっ殺したいですね、あのアムドゥスキアスは」




 憎悪を帯びた笑顔だった。





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