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 新米枢機卿は懐かしい

 「面白い話をしていますね、クルツ君、ヴェルディ君」


 「す、枢機卿猊下!」


 この寒空にあって、春の風のような柔らかな声音が、僕とクルツさんの後ろから響き、振り向いたクルツさんが慌てて立ち上がった。僕はといえば、枢機卿の顔も知らなく、おまけにクルツさんの言葉に唖然とし、動けなくなってしまっていた。


 枢機卿?この人が、数ヵ月前に枢機卿になった、ロードメルヴィン枢機卿猊下なのか?


 「し、失礼いたしました!我々は、光の神の御名において、忠実にその御意志を―――」


 「ふふふ。構わないから続けてくれたまえ。騎士団出身の君たちは、教会の思惑で殺されるのなんて真っ平だろう?死ぬならせめて、家族を、民を、国を守って死にたい。違うかな?」


 「いえ、光の神の御意思より崇高な事など、この世にはありません!」


 「ははは、枢機卿たる私の前では、そう言わざるを得ないよなぁ。ごめんごめん。

 しかし私も少々退屈していてね、一緒にお茶でも飲みながら、話に加わらせてもらいたい。構わないかな?」


 「はっ!ご存分におくつろぎゅ、おつくろぎくだださい!」


 この時になってようやく僕の頭は回転を始め、下なり遅ればせながらクルツさんの隣で直立する。


 ああ、なんだってこんな事に。


 「畏まらなくていいって言ってるのに。そうだ、私が君達と同じく、騎士団出身なのは知っていたかい」


 「はぇ?」


 「そ、そうだったのでありますか!?」


 空気の抜けるような、間抜けな返答をしてしまったクルツさんを庇うように、僕は大きな声で確認した。枢機卿にこんな返答をしただけでも、普通ならば叱責の対象となってしまう。下手すりゃ減俸。

 ところが枢機卿はどこか面白がるように、それでいて困ったような苦笑でもって僕の言葉に頷いた。


 「そうだよ。聖騎士にはならなかったけど、家を継ぐまで、15から25、6くらいまでの約10年間、僕は騎士団にいたんだ」


 「し、失礼ですが、枢機卿猊下はおいくつなのですか?」


 「ははは、エドワルドでいいよ。もっとフレンドリーにエドと呼んでくれても構わない」


 「い、いえ、流石にそれは………。で、ではエドワルド様と………」


 固辞しようとしたが、エドワルド様の笑顔の圧力に気圧されて、僕はそう承ってしまった。


 「嬉しいよ、ヴェルディ君。クルツ君もいいね?」


 「は、はっ!」


 「さて、何の話だったかな?」


 この、一見好青年に見える枢機卿は、話を戻そうと宙を見て顎を擦る。


 「す、エドワルド様のお歳を伺ったのですが………」


 「ああ、そうだったね!ふふ、女性に聞いているわけでもないんだから、そんな恐縮しきった顔をしなくてもいいんだよ、ヴェルディ君」

 「い、いえ、大した質問でもございませんし、聞き流していただいて一向に問題ありません!

 エドワルド様は、騎士団に所属しておられたのでしたね!?」


 「うん、そうだ。いやぁ、あの頃は楽しかったよ」


 にこやかに笑いながら、湯気の立つカップに口をつけるエドワルド様。正真正銘の貴族、それもボルバトス侯爵家に生まれた生粋の名門貴族である彼ならば、普段は目の飛び出るような値段のお茶を嗜んでいる事だろう。我々兵士が飲んでるような、安いお茶など口に合うはずもないのだが、彼が優雅に口をつけている様を見れば、まるでそれがダーマリン産のファーストフラッシュに思えるのだから不思議だ。


 「来る日も来る日も訓練訓練。夜になれば、平民も貴族もなく泥のように折り重なって眠り、朝起きれば訓練までの短い時間で無駄話をしながら笑い合う。騎士になってからは部下を持ち、他の騎士たちと距離ができてしまったが、それでも今よりは親しく接してくれたよ」


 「あー、俺にも覚えがあるな」


 「僕もです」


 クルツさんも僕も、揃って頷く。

 騎士団の新人訓練は貴族も平民も、それこそ貴賤を問わずにごちゃ混ぜで訓練するんだ。それで、訓練初日に鼻持ちならなかった貴族の子弟が、朝には僕の下で寝てたりして、彼に肩を貸しながら走ったり、逆に剣の使い方を教えてもらったり。

 そういえば彼は、僕が将来隊長になりたいと言うと、率先して言葉遣いや貴族の作法を教えてくれたっけ。必要だからって。


 「あの頃は辛く厳しい訓練を、ただがむしゃらにこなしていただけだったけど、過ぎてしまえば本当に楽しかった思い出だね」


 染々と暗い空を見上げるエドワルド様に、僕は少し驚いていた。あんな汚くて辛い時間を、この人は本気で懐かしんでいる。その事を、意外と言わずに何と言おう。まるで煌びやかな絹の絨毯の上を歩くように生きてきたような彼が、あの泥にまみれ、砂埃の舞うキャンプの方を羨んでいるのだ。


 「ちょっと意外です」


 クルツさんは僕とは違い、素直にそう言った。


 「おや、そうかな?」


 「ええ。言っちゃなんですが、お貴族様にとっちゃ、騎士なんて箔つけくらいのもんでしょう?」


 「その程度の者は『今度はママと一緒に、ダンスパーティーで会おう』だろう?」


 辛い訓練に耐えかねて逃げる輩を揶揄する、騎士団特有の言い回し。つまり、成人として認められないというスラングなのだが、貴族の落伍者に対する揶揄なので、まさかエドワルド様の口からその言葉を聞くとは思わなかった。目を丸くするクルツさんと僕に、くつくつと意地悪そうな笑みを向けるエドワルド様。


 「それに比べて、私たちはこうして『今度は戦場で』会ったわけだ。

 いやぁ、なんだか昔話を始めると止まらないね。僕も歳をとったということかな」


 新人訓練が終わる時、教官からかけられる『今度は戦場で会おう、戦友よ』という言葉をもじるエドワルド様に、クルツさんと僕は苦笑いを返す。


 ただ、この人が一体何歳なのか、今度は聞く勇気を持てなかった。見た目は、僕と変わらないようにも見えるのに。





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