2つの布石っ!?
「今回の成果は、こんなところかね」
「こんなところって、大成果じゃないですか。キアスさんには敵いませんねぇ」
僕らは、目の前にうず高く積まれた金銀財宝を前に唸っていた。流石に、この量の黄金、白銀、白金、ミスリルを前にすれば、圧巻という言葉すら、安く思える。
王、貴族、商人、一般市民から、買えるだけ買い漁ってきたのだから、それもまた宜なるかな。
勿論、回収し損ねた在庫はあるだろうが、そこら辺はもう諦めるしかないだろう。
「僕は南西の国々で派手に買い付けました。恨みもおまけで買い込んでしまいましたがね」
「そりゃあ、不良在庫にするしかないな。僕も南東と中部は大体回ったが、同じようなもんさ。騎士団とか、領主軍とか壊滅させちゃった場所もあるし、恨みだけなら売るほど買った」
「いえ………、流石に僕はそこまでは………。って言うか、何やってんですか?」
やや引き吊ったように、その狐の顔を痙攣させるセン君に、僕はため息を返す。
「はぁ………。ミュルが張り切っちまってなぁ………」
僕がそう言うと、セン君が遠い目をしながら「ああ………、成る程………」と呟いたのが聞こえた。
教会から予定の報酬を貰ったら、案の定その帰り道で聖騎士に襲われ、その際セン君の前でミュルがはっちゃけちゃったわけだ。
正直、セン君のような多感な少年に、あのミュルは見せて良かったものかと悩む。
え?
犯罪に誘った僕が言うなって?
商人なら、清濁併せ呑む気概が無くてどうするっていうんだ。
行商人は、金にさえなれば割とダーティな仕事だって平然とこなす。普通の町で店を出すなら、賄賂を使わずに商売する奴なんて、馬鹿の謗りを免れない。
商売の道ってのは、そういうもんだ。
「もうあの身分は使えませんね。資金繰りとか、移動経路とか、組合が嗅ぎ回ってるようです」
「流石に派手すぎたか」
当初、アリバイのために多額の資金を稼いだ僕たちではあるが、出ていった金はそれを遥かに上回る。
ただ、残念ながら組合にこの資金を追う手立てはない。何故なら、預金できなくて一度も組合を通していない資金だからだ。
まぁ、カラクリには早い段階で気付くだろうが。
「何でも教会は、恫喝紛いな勢いで、組合に教会貨幣を取り扱うよう求めているみたいですね」
セン君が、組合職員の心労を慮るように苦笑し、僕もそれに続く。
いくら言われたってあんな危ない金を、大量に手元には置きたくはなかろう。
「じゃあ、報酬の話に移ろうか、セン君」
「はい。とはいえ、今回僕はキアスさんの下で、キアスさんの資金を元に、キアスさんの指示で動いたのですから、この成果の全てはキアスさんの物でしょう?」
「いや、だとしても報酬は発生する。何より、こんな危ない橋を一緒に渡ってくれたんだ、何も無しってんじゃお寒いだろ?」
僕はそう言うと、天帝金貨2枚を取り出し、セン君に渡す。
「これって、教会から巻き上げたお金全部じゃないですか。それを全て僕に渡すつもりですか?」
「まぁ、今回扱った金額を鑑みれば、報酬としては少ないかもしれないけどね」
大聖堂金貨を何枚切った事やら。まぁ、懐は全く痛まないので、僕らは大盤振る舞いしたわけだが。
「いやいや、今回の儲けって、これだけでしょう?せめて1枚ずつじゃないんですか?」
「いや、今回の目的はそんな端金じゃないんだよ」
天帝金貨。一枚で国家が動くほどの大金であるが、僕の目的に比べれば安い安い。だから、このくらいはセン君に渡しても、何の問題も無いのだ。
「気になりますねぇ。
何なら、この報酬は要りませんから、その目的って奴に僕も噛ませてもらえませんか?」
妖しく光る獣人特有の黒目がちな目に、商魂という炎を燃やしてセン君がずずいとにじり寄ってくる。
うわー、やはりセン君の商人としての才能は希代のものだな。金の臭いに敏感だ。
だが残念。
「僕の目的は、これ等を魔大陸で捌くってだけの事さ。
人間やドワーフの彫金した貴金属やアクセサリーだぜ?普通にやっても大儲けさ」
技術の無い魔族には、比較的古い魔王であるアベイユさんの元にすら、あまり腕のいい彫金師はいない。僕がやってもいいのだが、流石に需要を満たすほど作れるわけもなく、こういった物はスマホで量産するわけにもいかない。
だから手っ取り早く、真大陸から集めて売っ払おうというわけだ。
「成る程。それは僕には手が出ませんね。惜しいなぁ、そっちの方が数段面白そうだ」
「ふふふ。流石のセン君も、魔大陸で商売する勇気はないかい?」
「まぁ、そうですねぇ。魔族が全員フルフルさんみたいな方だったら、僕でも大丈夫だと思いますよ?」
残念。フルフルは魔族じゃないんだな、これが。精霊という種族は、魔大陸でもかなり上位の無害な奴等なのだ。
「因みにキアスさんみたいな方ばかりなら、僕はむしろ積極的に逃げ出します。
開拓するには、厳しい土地です」
なんだか積極的なんだか、消極的なんだかわからない事を言われた。
いや、僕からしたら、真大陸にいるのがセン君のような商人ばかりでなくて、本当に良かったと胸を撫で下ろす思いだよ。
「因みに因みに、ミュルさんみたいな方ばかりなら、生きて真大陸に帰る望みは捨てます。ええ、あっさりと」
しみじみとそう呟くセン君に、僕は苦笑する。何故なら、フルフルかミュルだと、魔族はどちらかと言われたらミュル寄りだ。
まぁ、流石にミュル程の奴は滅多にいないだろうが。実力的にも、精神的にも。
「あれ?
でもそうなると、真大陸の貴金属が、大量に魔大陸に流出するわけですよね?
金属の高騰に拍車がかかりません?」
事前にミスリルが値崩れすると聞いていたセン君は、可愛らしく首を傾げる。そう、今回僕がミスリルや金銀を魔大陸に流出させれば、真大陸の貴金属は高騰する。
だが、僕は貴金属を高騰させるつもりはない。というか、現段階でそれは起こり得ないと言ってもいい。既に第一の布石は打ったのだ。
そしてこれから、第二の布石も打つとしよう。
「さぁセン君、そろそろ君の名前を歴史に刻むとしよう!」
「は?」
ここは、これから行われるソドムとゴモラを繋ぐ、商会議室。今は僕とセン君しかいないが、これからはここで、2つの都市の交流が始まる。
魔大陸の商人は、大量の衣服を求めて。
真大陸の商人は、食料と―――
―――貴金属の地金を求めて。
「君は史上初、魔大陸との正式な交易を行った商人となる」




