少年商人の場合・3
「その方がウァラクとかいう商人か?」
「はっ。御拝謁の栄誉に浴し、恐悦至極に存じます」
あれから3日、僕はアニルメルダ連合王国の1つ、アニーナ王国国王との謁見を果たしていた。
あれから何度か貴族領を巡り、片っ端から高値でミスリル白金金銀を買い漁っていたのだ。王家の耳に入らない方が不自然というもの。まして、今はソドムから流れているマジックアイテムがある。通信とて早かろう。
「ミスリルや貴金属を、大量に買い込んでいるそうだな?」
「はっ。お引き回しの程、有り難く存じております」
「それがのぉ、少し困っておるのだ。昨夜、教会で勤めておる我が国の者から連絡があっての、その内、教会から催促が来そうなのだ」
「ほぅ、それは………」
予想通りですね。とは言わない。他の貴族にした説明くらい、この王様に伝わっていても不思議ではないからだ。あるいは、知らなかろうと、別にこちらに害はない。
「それでの、出来れば買い戻させてもらいたい。貴族達の持っておる、領収書通りの値段でよかろう?」
これは、どこかの貴族の入れ知恵かな?
こちらは領収書より高い金額を支払っているので、その差額は損となる。斯くしてこの国からは何も消費せず、持ち出させず、あぶく銭だけが転がり込むという寸法だ。
僕が獣人であるのも、そこにある悪意の一エッセンスに加味されているかもしれない。
だが、そうは問屋が卸さないのさ。
「そうですか。では、致し方ありませんね。ただ、我々は教会からの要請で動いておりますが、それは考慮されてのご判断でしょうか?」
「何っ!?教会からとな!?」
王様や、各大臣からざわめきが起こる。僕らが動いているのが、教会からの依頼だと知っていれば、いざという時には教会に言い訳も立つ。
『教会の為になると思ってやった』
と言われれば、無闇に糾弾しにくくなるからだ。
「こちらが、聖都で上級司祭長様からいただいた契約書でございます」
僕はそう言って、近衛騎士のオジサンに契約書を渡す。それが別のオジサンを経て、王様まで渡る。
正直、取り上げられたり、その契約書を教会貨幣で売ってくれ、と言われないか不安だ。
その契約書には、天帝金貨2枚の価値がある。あくまでミスリルと交換、という条件は付くが、その紙の価値が莫大である事実は変わらない。
いや、借金の証書とかではないので、署名捺印した者でないと取り引き不成立となるのが商人のルールだし、物が証書ではなく契約書である以上そんな事は無いとは思う。だが、相手は王公貴族。そんな横紙破りだって、平気でやってのけるだろうから厄介なのだ。
「うむ、確かに」
王はそう言うと、こちらの杞憂を他所に、再び契約書を近衛騎士のオジサンに渡した。
僕は誰にも気付かれないよう、静かに安堵の溜め息を吐くのだった。
まぁ、今のレートでいったら契約書の価値も、そこまで高くは感じないのだろう。この契約書の価値は、あくまで天帝金貨での取り引きを明言しているところにある。もし勝手に、教会側が教会貨幣での決済を要求したら、契約を反故にするつもりである。
その時になれば、この身分が教会に嫌われようと、お尋ね者になろうと、構わないのだ。
「契約書は確認した。ならば、買い取らずとも良いであろうて」
「しかし陛下!」
ふむ、あれはジョリー侯爵だったか。二重顎と、上を向いた鼻、ツルリとした頭頂部が特徴的な、ふくよかな侯爵だ。豚の獣人の血が混ざっているのかと思ったのだが、残念ながら彼は僕を蔑みの目で見てきたので、今後のお付き合いはしないつもりだったのだが………。
彼が王を焚き付け、あぶく銭を目論んだわけか。まぁ、彼だけとも限らないが、王にとっては僕からミスリルを買い取っても、大して旨味がないのだ。
売ったものを同額で買い取り、それを教会に渡す。集める手間と運搬費用が浮くが、無駄に商人の反感を買ってまで、そんな物を惜しむ意味はない。
王としては、教会から催促された際に「全部商人に売ってしまって、手元にありません」では、教会の覚えが悪くなるから、こんな取り引きを提案したのだろう。
「そこで、どうでございましょう?
王家の処分可能な貴金属類も、この際お金に代えてしまいませんか?」
「む。うむぅ………。
しかしの、これでは本当に、教会に催促されても渡すミスリルが無くなってしまうのだ」
悩むように言う王。だがこれは、あくまでポーズだ。教会に相場程度で持っていかれるなら、僕に高く売りたい。しかし、教会に文句を言われたくはない。
そのお膳立てをしてくれと、僕に言っているわけだ。
「そこはそれ、私が商会の名を明記し、教会へと卸す旨を記した領収証書をご用意いたします」
「ふむ、ならば………」
「しかし陛下、我々が直接持っていけば、教会との会談も持てます。金額だけでない利益も、十分に見込めると思いますが?」
さらに難癖をつけてきた侯爵に、僕はにこやかに向き直る。
「成る程、侯爵様は私との取り引きに大いにご不満なご様子。であれば、侯爵様から買い取らせていただいた分は返上いたしましょう。
ただ、そのような少量で持っていけば、逆に侯爵様の御名に傷を付ける事にもなります。足りない分は、私が融通しますが、いかがなさいますか?」
僕が返還するミスリル、僕が売るミスリル。当然その2つの値段には、大きな違いが出てくる。それは相場以上に、理不尽な高値になる事は彼にもわかっているのだろう。
何故なら、僕は彼が隠し財産を溜め込んでいるのを知っていて、それに協力までしているのだ。暴利を貪られたって、僕を糾弾できない立場にいる。
しらばっくれて糾弾する事も可能だが、事が事だけに事態を大きくはしたく無いだろう。
商人と裏取り引きをするという事は、それだけ弱味を見せるという事でもあるのだ。
顔を青くした侯爵は、
「い、いや、結構………」
と言って、一歩後ろに下がった。
「そうですか、残念です」
白々しくそう言って王に向き直ると、僕は再び商談を始めるのだった。
「相場の2倍でいかがでしょう?」
無論、他の貴族への牽制も含めて、彼等と同額を提示するのは忘れない。




