少年商人の場合・2
なんとか目的地である公爵領に着いたのは、その日の夕方だった。死体を街道の脇に捨てたり、槍を回収したり、慣れない馬を御したりと、色々大変だった。
お金に物を言わせて、もっと上等な馬車を借りればよかったと、後悔することしきりですよ。まぁ、偽金なんですけどね。
「ここにはお水があるの」
「オアシスというわけではありませんが、ここは遠くから水を引いてきていますからね」
それに、この時期は砂漠にも雨が降るはずだ。残念ながらこの場所では降っていなかったが、だいたい今頃が雨季だったはずである。
この国は、国土の2割が荒野のような砂漠であり、さらに3割が砂の丘が犇めく砂漠である。故に、国土はそこそこ広くとも、列強の国々とは一線を画す国である。
砂漠を隔てた3国と、砂漠の中にある1国の同盟により生まれた国であるが、その実、各地方との関係はあまり良くない。実際は別の国である、という意識が今も根強いのだ。
「お互い歩み寄れば、技術国として躍進も出来たかも知れないんですけどねぇ………」
現状では、アムハムラ王国やソドムに置いていかれている感がある。しかしそれも仕方ない。空を飛ぶマジックアイテムは、真大陸全土で長年研究されてきた永遠のテーマだった。中には、強い風を生み出して浮かび上がる魔法もあり、真大陸ではその研究が主流だった。だがそれは、費用対効果で見たら飛行船や飛行馬車に比べ、笑ってしまうような結果しか残していなかったという。精々が、100m飛べば高価な魔石を一個潰してしまうような、そんな意味の無い物であり、とても実用的ではない、というのが商人達の間では通説であった。
まぁ、僕はアムハムラの飛行船にどれだけのコストがかかっているかなんて、知らないんですけどね。
閑話休題。
とまぁ、そんな国土、そんな世界情勢から、今この国は有り体に言って大ピンチなわけだ。
誰もこの国のマジックアイテムを欲しがらなくなり、外貨を獲得する手段を失った。それでも食べる口はあり、それを満たすためには砂漠に侵されていない国土が欲しい。しかし、周辺国は、この国と同じ教会勢力。北側と揉め始めているこんな時期に内紛など起こせば、まず間違いなく潰されるのはこの国であった。
というわけで、手っ取り早くお金を稼ぐためにも、教会の思惑に乗らざるを得なかったわけだ。
今回の教会の目論見が失敗すれば(十中八九失敗すると思うが)、この国は周辺国を侵略するだろう。いや、教会勢力下にある多くの国々で混乱が起こる。恐らく、大きな戦争になるだろう。
全く、キアスさんは本当に恐いお人だ。まぁ僕は、自分の祖国と、家族と、友人さえ無事であるなら、そして財産さえ無事なら、何も言う事なんて無い。お金を稼ぐのが商人であり、ちょっと阿漕な事だって、バレなければノープロブレム。
戦争だとか、経済云々は、王様や貴族様が考えなければならない事だ。その為に、税金なんて物を集めているのだから、それが義務ってものだ。失敗したなら、それは王様達の責任である。
さぁ、商売商売。
「本当に、こんなに高値で買い取ってもらえるのか?」
「勿論でございます、公爵様。今現在、貴金属市場は値上がりする一方。金銀は元より、ミスリル、白金もまた、あと一月もすればべらぼうな高値となりましょう」
公爵邸を訪れた僕は、獣人ということで門前払いを受けそうになり、門番を少々脅すような事をして、公爵本人と面会を果たしたのだった。いや、脅すと言っても、僕はただ、
『私は公爵様に大聖堂金貨でのお取引を申し込みに来たのですが。それでは仕方がありません、そう仰られるのであればお隣の伯爵様に、このお話は持っていく事とします』
と言っただけだ。まさか門番の一存で、そんな大口取引を潰したと知れれば、路頭に迷う未来を想像するのに時間はかからなかっただろう。
そんなわけで、政務の手を止めさせるに十分な内容と判断され、僕は公爵直々の面会を果たしたというわけだった。
「ふむ。ならば、手元に残しておいた方が、後々を考えれば良いのではないか?」
「それがそうでもないのでございます。貴金属市場が高騰して一番困るのは、アドルヴェルド聖教国なのですから」
僕がそう言うと、数瞬瞑目した公爵は、すぐに目を開いて膝を打った。
「成る程。教会としては、貨幣を発行するために貴金属が欲しい。しかし、貴金属が高値になれば、その費用が嵩むというわけか」
「はい。また、公爵様のお考えの通り、手元に置いておいてから、高値で放出したいと考える者も多うございましょう」
「うむ。しかし、教会が困るからといって、私が今売る理由にはならんと思うのだが?」
一口に教会勢力と言っても、この公爵のように教会やアヴィ教にあまり思い入れの無い者や国はある。そういった人達は、あくまで利害関係のもと、教会側についているだけだ。
「はい。この場合、私の述べた方が問題なのですが、品薄になった市場から貴金属を集められないと思った教会が、次にとる策は何でございましょう?」
「むっ!?まさか!」
「はい、勢力下の国々からの徴収でしょう。
これには、先程公爵様が仰られた費用が高くなるという、問題を回避する狙いもあるかと。つまり、公爵様がお手元に残していても、ある時期が来れば王家経由で無理矢理召し上げられ、相場通りか、下手をすれば相場より安く教会に持っていかれかねません」
「むう………、確かにな………」
聖教国の力は、このアニルメルダ連合王国より遥かに強い。それでも、まるで属国に命令するかのように取り上げられはしないだろうが、パワーバランスはかなり聖教国に傾いている。かなり不利な取引になる事は、憶測と断じるには高すぎる可能性だ。なぜなら、鉱物資源に乏しい、大農業国であるアドルヴェルドにとっては、それ以外に方法は無いとも言えるからだ。
そう考えれば、今相場より3倍近くも高値をつけた僕に売ってしまえば、教会は手を出せなくなる。まさか、通貨の普及を目指しているのに、貨幣を取り上げるわけにもいかないのだから。
そこで僕は、公爵に静かな声で止めを刺す。
「証書には、2倍の値を書き込みましょう」
「うむ!ならば致し方無いな!売ってやろう!」
勿論、この取引で得たお金は、公爵家の財産となるのだが、証書に書かれた分との差額は、王家にも秘密の公爵家の財産となる。王家に秘密にしたいお金の動きには、この隠し財産を使うのだろう。
こういった賄賂的なお金に、貴族というのは滅法弱いのだ。やれやれ………。
「良い取引ができたようだ。礼を言おう」
「いえいえ、こちらこそ」
僕はそう言って笑い、公爵邸を後にした。どうやら彼は、そこそこ頭の柔らかい部類の貴族らしい。
教会の勢力圏でありながら、僕の話もちゃんと聞いてくれたし、こちらの意図を過たず見抜いてもくれた。惜しむらくは、それが僕らの用意した、偽のレールだと気付かずに乗ってしまったという事か。
あーあ、破滅させるには、ちょっと惜しい人脈だったかもな。まぁ、騒動の後で生き残ってたら、セン・ザチャーミンとして会いに来ようか。




