魔王は踊るっ!?
むくり。
僕は、それがゆっくりと立ち上がるのを見た。
魔王コション・カンゼィール・グルニ。
第11魔王にして、無酸素回廊で死に絶えたはずの魔王。
それが、今、僕らの目の前で立ち上がったのである。
「………アムドゥスキアス。………ようやく会えたな………」
静かに憤怒を帯びたコションの声に、フルフルが怯えたように、僕の学ランの袖を掴んだ。
「アンドレ?」
『魔王コションは、あの時点では確かに死亡していました』
じゃあ目の前のこの状況はなんなんだよ。
と、そこでふと、コションのステータスにあった、とあるスキルを思い出した。
『かし』
ひらがななのでよくわからなかったが、もしあれが『仮死』だったのだとしたら、コションはそのスキルを無酸素回廊で死ぬ前に使い、自分が死亡したように見せかけたのではないだろうか。
本来、そのまま仮死状態が続けば、迷宮に吸収されるところを、僕はここに連れてくることで、甦らせてしまったのではないだろうか。
コションからは、明確な殺意と、どす黒いオーラが立ち上っている。
「………殺すっ!!殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!
八つ裂きにして殺す!叩き潰して殺す!踏み潰して殺す!四肢を素手で引きちぎって殺す!!生きたまま腸を引きずり出して殺す!!生きたまま体の端からゆっくりと挽き潰して殺す!!
そして、目の前でその女共を犯してから殺すっ!!」
怒声とも、怨念ともつかない声で、コションは喚き散らす。
フルフルが、さらに怯えたように僕にくっついてきた。
僕は、1度フルフルの頭を優しく撫でてから、コションに向き直った。
「いや、オマエじゃねーんだから、僕は1回殺せば死んじゃうよ。つか、殺した後じゃ目の前もクソもねーだろうが。もっと頭使って喋れ馬鹿」
トリシャが、僕の乱暴な言葉遣いに驚いたようにこちらを見る。しかしその後の、「これはこれで………」ってのはどういう意味だろうか。
「グガァァァアアア!!」
「言葉まで無くしたか……。って僕はどこの山犬だよ!?
ってまぁそんな1人ボケ1人ツッコミはいいや。
ホラ、とっととかかってこいよ、約束通り一発食らってやっから」
ちょいちょい、と手招きして挑発する。
それだけでコションは激昂し、腰の斧を抜き放ち、猛然と突っ込んできた。
「「キアス様っ!!」」
僕とコションを遮るように、パイモンとトリシャが立ちはだかるが、ここは譲ってもらおう。
やんわりと2人を押し退け、一歩前に出た。
コションの斧は、既に眼前まで迫っていた。
コションの斧は、あやまたず僕の肩に袈裟懸けに振り降ろされる。
しかし―――
「約束は守ったぞ?」
僕はニヤリと、コションに笑いかけ、腰のショテルを抜き放つ。
「なっ―――!!」
コションは驚愕の表情を浮かべ、慌てて飛びすさった。
すかさず、
「アンドレ、『は』『に』『ほ』の『9』『10』『11』に『フロガカタストロフィ』発現」
『了解しました。指定区域に『フロガカタストロフィ』を発現します』
アンドレの了解の言葉と同時に、灼熱の嵐がコションを包み込んだ。
「ゴガァァァアアア!!」
轟音のような、呻き声を上げ、コションは焦熱地獄の中で悶えている。
「キ、キアス様、これは………?」
トリシャが困惑するように、僕の肩に手を置き、傷がないかを確かめていた。
確かにコションの斧が振り降ろされたその場所には、僕の体は勿論、学ランにすら傷1つ付いていない。
「無属性魔法の『非殺傷結界』だよ。この結界の中では、どんな生き物も、どんな手段を持ってしても傷付けられない」
後々、迷宮で使おうと思っていたので、期せずして効果を実感できたのは良かった。
無属性魔法は、他の属性魔法より、攻撃魔法の威力が弱い反面、防御魔法や結界術に優れている。
特に、この『非殺傷結界』は、術者も相手を攻撃できないが、相手も術者を傷付けられないという優れ物だ。
僕の攻撃力など、たかが知れているので、この魔法はメリットが大きい。
「し、しかし………」
トリシャがコションを見遣る。
コションは相変わらず炎の中で悶え苦しんでいた。
喉を焼かれたのか、もう呻いてはいない。
『非殺傷結界』は、その有用性に反して、実は戦闘に向かない魔法だったりする。
その理由が、
「『非殺傷結界』は狭い範囲での展開が出来ないはずです。キアス様が結界を発現しているなら、コションもまた、傷付かないはずでは?」
トリシャの疑問はもっともだ。
本当はちょっとしたカラクリがあるんだけど、今はそれを悠長に説明している暇はない。
もうすぐ魔法が切れる。