教会逆襲
「これで………。これで………っ!」
私は、歪む唇を抑える事が出来なかった。痙攣するように口端が震え、従者が気味悪そうな顔をしたのを視界の端に捉えたが、今は気にもならない。
「これで、真大陸から魔王の影を排除できるっ!」
この書類の内容は、既に私や教皇聖下の判もあり、実行されている。
人員は王国空運を使って現場に向かっているので、アムハムラ王国に感付かれない為にも数を分散しなければならず、恐らくまだ現地は平穏なはずだ。嵐の前の静けさとも知らずにな。以前の襲撃事件の影響もあり、纏まった兵力を向かわせると警戒されてしまうどころか、乗船許可すら下りないので仕方がないが、それでもやはり移動速度は段違いに早い。
「くふふふふふ………」
やはり笑いがこらえられない。魔王の暗躍は、今の教会勢力の衰退の遠因とも言える。それが無くなれば、以前のように真大陸中が教会の顔色を窺ってくるに違いない。これで笑わずにいられようか。
「レンメル上級司祭長」
部屋に入ってきたのは、部下の司祭だった。
その耳には、件の魔王謹製のイヤリングが光っている。どうやら向こうから報告が届いたようだ。
ククク………、自ら撒いたマジックアイテムで自らの首を絞めるとは、愚かな奴よ………。
「作戦に必要な人員、物資は全て現地に到着した模様。これより、作戦を開始するとの通信がありました」
部隊にはイヤリングだけでなく、転移の指輪や鎖袋も持たせている。あれだけあれば、離れた地にでも統率のとれた作戦が遂行できる。全く、魔王は自らの技術力を誇るあまりに、調子に乗って墓穴を掘ったと言わざるをえん。
このマジックアイテムさえあれば、無理に北側諸国やアムハムラ王国に配慮せずとも、教会勢力だけで魔王と戦えるというもの。
光の神の崇高なご意志を全うするため、愚かな魔王を利用するのも辞さぬ我々は、今遂にその機会と手段を得たのだ。
後の教会の歴史には、今の教皇聖下や我々の名が、深く刻まれることであろう。上手くすれば、私も聖人の1人に列される可能性すらある。
私は上機嫌で頷き、司祭に声をかけた。
「ご苦労。それだけか?」
「いえ、追加の報告で、勇者部隊の人員が勝手に現地入りしたそうです」
「なんだとッ!?」
途端に声を荒げた私に、従者も司祭もビクッと肩を震わせた。だが、そんな些事に頓着している暇はない。
クソッ!今回の作戦には、勇者部隊は使わない手筈だった筈だ。それは、以前の襲撃は教会の意志ではない、という名目を掲げるためでもあり、今回は住民に絶対被害のでない方法で行われなければならない。
何故ならあの襲撃は、魔王ではなく現地の住民を狙ったものだからだ。いくら魔王の街の住人とはいえ、市民に真っ先に矛を向けるのは反発が大きすぎるからだ。現地やその周辺諸国どころか、下手をすれば聖教国の信者ですら、こちらを非難してくるだろう。だからこそ教会だって、不穏分子の抹殺には細心の注意を払って密やかに行われているというのに。
何故勇者が現地に向かうっ!?折角の計画が台無しになりかねない。
「今すぐ呼び戻せ!!」
最早怒鳴るような声音で司祭に命令するが、当の司祭は冷や汗を流しつつ首を振る。
「そ、それが、現地に現れたのが例の4人でありまして………。こちらの命令を一切聞こうとしません。この報告も、奴等ではなく作戦に赴いた聖騎士からのもので、あちらでも扱いに困っているのだとか」
「クソッ、あの問題児連中め!!」
万が一、奴等が以前の襲撃を行った連中と同種の奴等だとバレたらどうするつもりなのだっ!?
奴等は実力はともかく、その頭は勇者と呼べるようなものではない。うっかり口を滑らせたり、事態を過小評価して吹聴しかねん。
「とにかく、連中を絶対に自由に動かすな!!また住民に被害が出れば、今度こそ正面切って教会が槍玉にあげられかねん!!」
「は、はっ!」
今この計画を中断するわけにはいかない。既に教会の残り少ない資金を大量につぎ込んでいるのだ。これで利益を出せなければ、教会の資金はそこらの小国をも下回り、資金が回復するまでに教会が残っていない可能性すらあるのだ。
唯一の懸念は魔王のみ。魔王さえ封殺すれば、この計画に失敗はない!!
まさか身内に足を掬われて失敗するわけにはいかんのだ。
「やむを得ん………。手元さえ離れてくれれば、いくらでも誤魔化しようはある………」
「じ、上級司祭長………?」
こちらを窺ってくる司祭に、私は決然と言い放つ。
「最悪の場合、奴等に魔王討伐の許可を出す」
「し、しかし今回の計画ではっ!」
そう、今回の計画では極力魔王との接触は控える事となっている。
「討てれば計画に支障は出ん。どころか、計画は安泰。失敗しようと、こちらは知らぬ存ぜぬを貫き通す。
わかったな?」
魔王を討つためには、例の迷宮に入らなければならない。つまり、こちらからは完全に離れるという事だ。迷宮にさえ入ってしまえば、最早文句を言う者もいまい。下手に魔王を刺激してこちらに攻めてきても、教会としては凶悪な魔王は信者の増加にも繋がろう。
こちらが関与を否定しさえすれば、そして計画が上手くいきさえすれば、誰も文句はつけられない筈。
「失敗させるわけにはいかない。絶対に、失敗するわけにはいかんのだ!」
この―――
通貨発行計画だけはっ!!




