竜問題っ!?
僕が帰ろうとする気配を感じ取ったのか、ヤーデが慌てて僕に声をかけてきた。
「ま、魔王陛下!実は今回の件に絡んで、お耳に入れたき義がございます!」
えー………。なんなんすかマジで………。言っとくけど、今時間押してんのって、元を質せばあんたのせいなんだよ?
梅干しと牛乳を取り上げんのに相応しい話とか、この世にあんの?いや無いだろう。
どうでもいいけど、梅干しと牛乳の組み合わせって、ちょっと食い合わせが悪そうだよね。ウメ・オレとか。
「レライエ様が我等を打ち倒せし件につきましては、最早こちらに申し上げるべき事はありません。しかし、レライエ様が蹴散らしてしまった竜共が、ややもすれば人間の領域に散ってしまい、悪さをする可能性もございます。本来ならば、竜共の統率は我が龍種が担うのですが、今は戦士たちの多くが動けぬ有り様。残った者らではとても手が足りませぬ。
何卒、ご助力いただけないでしょうか?」
「え?やだけど?」
………………。
当たり前の事を言ったのに、なぜか場には沈黙が流れた。
「何卒、何卒お願い申し上げます。我等龍種にとって、竜種とは貴重な労働力。このままでは、いずれ我等一族郎党飢えてしまいまする!」
「いや、働けよ」
つーか、なんで僕がわざわざ貴重な時間を使ってまで、ヤーデのケツを拭かにゃならんのだ。
何度も言うが、これはヤーデのミスであり、失態だ。原因の一部にレライエが噛んでいたとはいえ、彼女の責任はあくまでこちらの組織におけるものであり、ヤーデに干渉できるものでも、口を出していい事でもない。
今回起こったいざこざにおいて、ヤーデが僕らに何かを求める事なんて出来ないのだ。
「俺達はそうも言ってらんねぇんだがなぁ………」
ボリボリと頭を掻きながら、面倒臭そうに言うドワーフ王。
「翡翠龍山から竜が降りてくるとなりゃ、かなりの高確率でウチに来る。そうなりゃ、各州から軍を募ってあたらにゃならん。
それでも被害は出るだろう。そうなりゃお前との取引も、恐らくは通らねぇぜ?」
成る程。
最大の原因が龍達とはいえ、その一部にこちらがあるのも事実。そしてこの場合、ノーム連邦側は完全に巻き込まれただけだ。まして、普段は不干渉な龍達と、これから関係を築こうとしている僕たち。どちらが非難しやすいかと聞かれれば、選ぶまでもない。
そして残念ながら、ドワーフ王は今回の事情を深く知ってしまった。問題が起きれば、それを黙っている理由はない。
しかし、これはドワーフ王からの交渉だ。
つまり、
『手助けをしてくれれば、今回の話を上手く纏めてやる』
と。
「ヤーデ、これが交渉だ。ただ頭を下げて助けてくれ、なんてのは勇者相手にやっていろ」
そう言えば、本家本元の勇者であるフミさんが静かだな。っていうか、レライエが帰ってきてから一言も喋ってない気がする。
何をしているのかとそちらを窺えば、フミさんは壁に寄りかかって静かに目を瞑っていた。
安らかな寝息をたてながら。
「………よし。ではドワーフ王」
僕は何も見なかったことにして、話を続けることにした。
ちょっと話が長かったかな。にしても、驚異のマイペースっぷりだ。
「今回の件が片付いた時、もしも知らぬ存ぜぬという態度をとれば………」
「わかっている。しかし、俺だけで決める話でもねぇ。確約はできねぇぞ?」
「あんたが上手く話をつけてくれる、って話じゃねぇの?」
ならやる意味ないじゃん。最低限、そこは確約してもらわないと。
「可決させる自信はある。だが絶対ではない、ってのを憶えといてくれればいい」
「ふーん。ならいっか」
もしドワーフ王が失敗しても、それはそれで大きな貸しになる。それなら、今後の流れにそこまで大きな支障はでないはずだ。
「で、ヤーデ。お前は僕にどんな利益を提示するんだ?まさか、何の見返りもなく僕を顎で使う気じゃないだろうな?」
「我が聖域に幾つかあるミスリルを………」
「はい撤収〜」
「お、お待ちください!ではオリハルコンを!」
「いらねー………」
こっちはミスリル売りに来たんだぞ?ミスリルもオリハルコンも、僕にとっては交渉材料になんかならん。
「で、ではどうすれば………。我等に差し出せるものなど他には………」
涙目になるヤーデを見下ろし、やれやれとため息を吐く。
「ならこうしよう。お前らの聖域とやらの修復、全て僕に任せてもらう」
「へ?」
「レライエが壊滅させたらしい、その聖域とやらを僕が再建する権利を貰う。これでどうだ?」
「ど、どうだと言われましても………、むしろこちらに得しかないのでは?」
「安心しろ。こちらにもきっちり得はある」
「そ、そうですか?こちらとしては是非もございませんが、本当にそれだけですか?
真大陸侵略の軍施設を作ったりとかは………」
「それはない。つーか、別に真大陸の土地なんかいらん。僕が人間なんか管理したら、問題が起きないわけがない。これ以上仕事が増えれば、流石に魔王でも過労死する自信があるね」
本当に、切実に、これ以上土地なんか増えても面倒でしかない。早く後進が育ってくれなきゃ、本当に困るのだ。
「お前らは今まで通り、そこで何もせずにニートやってろよ。こちらはそれで構わない」
「はぁ。わかりました………」
いまいち得心いかなそうなヤーデだが、これ以上は説明してやる義理もない。
「レライエ、ロロイやバルム、アルルは今日動けるか?」
「良いのですか?今はもう既に交戦中、指揮官が抜ければ何が起こるか………」
「構わない。どうせ他の軍が動くには時間がかかる。僕らは既に、全ての準備は終えている。後方支援部隊なんだから、他の魔王達と足並みも揃えなきゃならん。面倒だが、僕らだけ準備万端でも戦えないのさ」
つーか、どいつもこいつも要領悪いんだよ。何で戦争になる前に準備しとかないかなぁ?
「そういう事でしたら、訓練がてらに部隊で竜を狩ればよろしいかと」
「いや、ウチの軍じゃ全滅しかねないからな、ソレ」
魔大陸最弱の軍、それが第13魔王軍、治安維持部隊だ。竜の大群なんかに宛がったら、あっという間に蹴散らされてしまう事だろう。
「呼び出すのはロロイ、バルム、アルルだけでいい。あとは暇であろうマルコとミュルとフルフルを連れてくりゃ十分だ。レライエやパイモンもいるしね?」
「御意に」
一礼して懐からイヤリングを出すレライエ。これから色々と連絡し合わなければならないのだろう。もしかすれば、フォルネウス辺りからお小言を頂戴するかもしれないが、それくらいは甘んじて受けよう。十二分に利益があるのだから。
「さぁ!じゃあ、とっとと竜を狩っちまうか!」
「いえ、ですから狩ってしまわれては困りますと………」
ヤーデの言葉に耳を傾けている者は、残念ながらこの場には居ないようだった。




