とある王女様の初恋・2
―――恋とはここまで人を盲目にするのか。
人生で2度目となる呆れは、今度は自分自身に向かっていた。
足元の召喚陣とやらが消え、私は一歩歩み出た。
魔王とオーガ、そして透き通った水色の髪の少女も、皆一様に驚いた表情で私を見ていた。
それはそうだ。
今、人間であり、一国の王女である私が、魔王の配下に加わったのだから。
魔王に危害を加えることができないと明言され、魔王の命令に従わなくてはならない事を注意され、隷属に近い扱いを受けると知って、絶対にやってはならないと厳命されて尚、私はそれを了承した。
魔王達からしてみれば、最早嫌がらせの類いにしか思えないだろう。
私は、一応れっきとした王女である。
そんな私が、魔王の傘下に加わることが、問題にならないわけがない。
いや、直近の事を言うなら、遠征隊の者達にも何を言われることか。
副長などは、今すぐ魔王を殺そうとするかもしれない。
さらに、私が魔王の配下に加わることで、我が国と魔王との関係が悪化することだってあり得るのだ。運の悪いことに、ここには魔王の配下以外の目撃者がいない。最悪、私が洗脳されたと、勝手に邪推して動かれかねない。
この話が広まれば、我が国にとっても不利益になる。
ではなぜこんなことをしたのか。
簡単だ。
今の私は、まともではない。全く持ってまともではない。
私には、恋をしたらその命すら捧げる、あの母の血が流れ、勇猛果敢と猪突猛進で知られた、あの父の血が流れているのだ。
本当に、
恋とは、ここまで人を盲目にするものだったのか。
使者としても、王女としても落第点な今回の事に、女としての私だけが満点を付けている。
なにより、全く後悔をしていない自分が、厳然とここにいるのだ。
「な、何やってんですかぁーーーー!?」
私の暴挙に、ようやく魔王が反応する。
「ちょっ、これっ、あ、アンドレっ!解除、解除の手段はっ!?」
慌てて駆け寄ってくるも、魔王はわたわたと慌てて私の周りを行ったり来たりするだけだ。まるで小動物のようで、実に愛らしい。
『マスター、この術式の解除は不可能です。本来、マスターの身を守る為の機能ですので、解除法そのものが現存していません。なにより、神の作った術式ですので、地上の生物では解除法がわかったところで、実現は不可能でしょう』
「どどどどどどーすんのっ!?っていうか、トリシャさん!何でやるなって言ったことやるのっ!?僕はリアクション芸人じゃないんだよ?そんな、人生を賭けたボケかまされたって、適切な処理なんて出来ないんだよ?」
ああ………っ。
慌てている魔王、可愛い。
「陛下、今は私もあなたの配下です。どうかトリシャと、呼び捨てで呼んでください」
「分かったっ!この人言葉が通じてない!」
「陛下、どうかトリシャと」
「助けて、アンドレ!」
『もう諦めてください』
「パイモン、お前なら!」
「………」
「うわーん!まだフリーズしてたよぉ!フルフル!どうか助けてください、精霊様!!」
「キアス、もう喋ってもいいの?」
「いい!いいから、この状況を何とかしてくれ!!」
「初めまして、フルフルの名前はフルフルなの!」
「うん!ちゃんと自己紹介できて偉いねってバカァ!受け入れちゃったよ!!一番スムーズに順応しちゃったよっ!!」
うん。実に楽しそうだ。この魔王の配下ならば、私も楽しく過ごせそうだ。
「えっと………、トリシャ、状況はわかってるよね?」
しばらく騒ぎ続け、魔王はようやく落ち着いたようで、やや力なく私に問いかけてきた。
「はい。我が国と陛下にとって、今回の事があまり好ましくない事だということは理解しています」
「だったら何でこんなことするかなぁ………」
「申し訳ありません」
事態の悪さはわかっているし、それを引き起こしたのが私だということも、十二分に理解している。
だから素直に頭を下げた。
全く後悔はしていないけれど。
「なんとかコションの首を手土産に、許してくれるといいなぁ………」
確かに、第11魔王を倒した魔王と友好的な関係を築けるなら、庶子の王女の人身御供程度なら、むしろ行幸なのだろうが、問題はやはり国民がどう思うかである。
「まあいいや。なっちゃったもんは仕方ないし、よろしくね、トリシャ」
華奢な腕、剣も握ったことの無いような手が差し出され、私はその手と握手を交わした。
「改めて、トリシャ・リリ・アムハムラです。どうぞ末長くよろしくお願い致します、陛下」
「いや、仲間になったんだから、陛下はやめてくれ。キアスと呼んでほしい」
「はい。キアス様」
キアス様。略称で呼ぶだなんて、なんて素敵なのだろう。
しばし、私とキアス様がそうして見詰め合っていたところに、横から割り込むようにオーガが口を出してきた。
「私はパイモンです。キアス様に頂いた名なので、どうか間違えないでくださいね、人間の王女様」
まるで自慢だ。
お揃いの服だけでも羨ましいのに、名前を付けて貰っただとっ!?
「まずは私の名をちゃんと呼んでから仰ってくださいね、先輩?」
うん。このオーガは恐らく敵だ。恋敵だ。
「トリシャ!フルフルもキアスに名前貰ったの!!」
片手を上げた、純白のワンピースに身を包んだ、水色の髪の少女も、どうやらキアス様に名前をいただいたらしい。なんて羨ましいっ!
『最後は私ですね。私はアンドレアルフスです。使えないマスターのサポートを主に行っています。
このようなアホなマスターに仕えることになり、お互い大変ですが、気軽にアンドレと呼んでください』
最後に、キアス様の服の中から、小さな板が取り出され、自己紹介をしてきた。
あれは通信機かなにかだろうか?
一通り自己紹介も終えて、今後の事について話し合おうとしていた時、唐突にそれは起きた。