醍醐の醍醐味
「ミスリルと醍醐?
つまり、醍醐を提供するからミスリルを寄越せと?」
何を馬鹿な。そんなもの―――
「逆だ逆。僕がミスリルを提供するから、そちらは醍醐を提供する」
「はぁあ?」
俺はさぞ素っ頓狂な顔をしていたのだろう。魔王と、アオまでもが顔を背けて吹き出したのを、俺は一生忘れん。この場に一緒にいた秘書は流石にそんな事はしなかったが、俺と同じく魔王に怪訝な眼差しを送っている。泰然自若としていたのは、魔王の護衛だけだった。
「醍醐といったな?
お前ら魔族は、醍醐を食うのか?」
「いや、期待させているなら大変申し訳ないが、魔族にそんな高度な加工食品を作れる知性はない。あいつ等基本、バカばっかだから。
ウチの奴等があと10年僕の元で研究すれば、この国の物とタメはれるチー―――醍醐を作れるだろうが、ぶっちゃけ時間が惜しい」
いや、そもそも醍醐はそれ程高度な技術で作るものでも、10年という歳月を費やしてまで欲する物でもないだろ。
「ならばなぜ欲しがる?真大陸では、家畜の乳やそれから出来た物を食らうのは亜人だけだぞ?」
「僕らに真大陸の基準で物を言われてもねぇ」
「それはそうだが………」
掴めん。というか全く意味不明だ。
しかしまずい。この取引、利益しかないのに損害が大きい。国にとって、安定したミスリルの供給は願ってもない申し出だ。しかし、醍醐は愛好家の多いノーム連邦の隠れた嗜好品。ミスリルとの交換であれば、一体どれ程取っていかれるか………。醍醐が一気に無くなるのは、民衆からしたら1つの娯楽が無くなるも同然。痛打と言っていい。しかも魔王との取引だ。民衆は、国や魔王に間違いなく不満を持つ。つうか、俺だって困る。あれ以上の酒のアテなんか他にねえ!!
算盤勘定でなら間違いなく是。一国民としては間違いなく非だ。さて、政治家としては―――
「ダメだな………」
「レートの心配をしているなら配慮しよう。取引量はそちらの要求を優先する」
「それでもダメだ」
「牛乳、及び乳を使った他の加工品も俎上にあげて構わない」
「ぐっ………。なぜそこまでして欲する?ミスリルとでは比べるべくもない、大衆の嗜好品だぞ。特段高級品でもない」
食い下がられ、俺は会話の流れを逸らすためにも話を振った。しかし、それは間違いだったかもしれない。
大仰に両手を広げた魔王は、舞台役者もかくやと言わんばかり身振り手振りで大演説を始めた。
「言うまでもなく、鉱物産業はノーム連邦の主要産業だ。中でもミスリルは飛び抜けて利率の高い商品。しかし、需要に対して圧倒的に供給が足りない現状。加工したくとも手を伸ばせぬ職人もさぞ多かろう。
嗚呼っ!なんと哀れなっ!槌を振るいたくとも、その振るうための石がないとはっ!同じく槌を寄る辺にたつきの道を歩む者として、最早かける言葉すら見つからぬその絶望!その苦悩やいかばかりか!
しかし!僕ならば、その職人達にミスリルを1人1山くれてやれる!!
さぁ、持たざる哀れな子羊達よ!汝の欲するままに、僕の持てるパンを分け与えよう!僕はその笑顔を得て、お腹が一杯さ。嗚呼、神よ。助け合いとは、なんと美しき光景だろうか。
と、小芝居はこの辺で。実際、鍛冶師に経験を積ませるためにも、この国のミスリルの産出量では圧倒的に足りないわけだ。
そこで僕との取引さ!
この国は大いに潤い、この取引のため酪農は盛んになる。わかっているとは思うが、鉱脈はいつかは枯れる。しかし、生き物は連綿んとその命を紡ぐ。枯れる事なき、産業だ。この国の長所を活かす―――いや、生かすためにも、この取引は有益なはずだ。
こちらが提供するミスリルに制限はないが、そちらにも醍醐の都合があるだろう?取引量はそちらが決めていい。国に迷惑のかからない量で構わない。その代わり、レートは今決めてしまおう。こちらは現行の価格より遥かに安く提供できる。以後、何があってもレートは変えないと誓おう。決して、そちらの醍醐が余ったからといって、足元を見て価格を吊り上げたりはしない。書面を交わそう」
のべつまくなしに捲し立てる魔王に、私の方が目を回しそうだ。よくもそんなに舌が回るものだ。
「何が貴様をそこまで駆り立てるのだ?」
アオの意見に全く同意だぜ。最早ため息しか出ない熱意と、そしてやはり利益に俺の意見は是に傾きつつあった。
「わかった」
「そうか!なら―――」
「待て。いくら俺が元国王で、現大統領つったって、この場で即決はできねえぞ?一度連邦政府に話を通さにゃならん」
「はぁ!?
何で?これって黒岩州との取引だろ?連邦制だし自治権あんだろ?」
「外交権までは認められてねえよ」
当たり前だ。
一州で勝手に他国と繋がれば、それはこの国では重罪だ。一州総督の独断で他国と内通されては、国防は紙同然に成り果てる。
「決定にはそれなりに時間がかかる」
「んだよぉ、フットワークわりいな!」
「だが、現在我が州にある醍醐の取引ならば俺の裁量でなんとでもなるだろう。無論、飽くまでこれは今回限りの取引としてであり、恒久的な取引を約束するわけじゃあねえ」
「よしっ!話せるじゃねぇかドワーフ王!」
「だから今は大統領だっつってんだろうが………」
はぁ………。この魔王の相手をするのは、かなり疲れる。身の危険は感じないが、むしろそれこそが怖い。ただの平原に見えて、どこに底無し沼があるのかわからないような不気味さだ。
「それでは―――」
「じゃあ、次の件だ。ノーム連峰山中の梅の木を何本かくれ。代価は魔王コレクションで払おう」
「はぁあ?」
再び吹き出したのは、なんと3名だった。
お前、減給な。




