瞬間情報収集術っ!?
「さぁ行こう!すぐ行こう!今行こう!!」
胸にヒヒイロカネの野太刀を抱きながら、悪魔との取引に葛藤するフミさんを後目に、僕はおでかけの準備を始める。とはいえ、普段からあちこち出歩いているので、必要な物は既に鎖袋の中に常備してある。だからやる事は、護衛を決めるだけなんだけど。
「レライエは仕事があるし、パイモンとフルフルでいいか」
そういや、フルフルどこ行った?って、アイツは風呂に決まってるか。お風呂の精霊だからな。
「キアス様!妾、今日の分の仕事は既に終えておりまする。付け加えるなら、ノーム連峰に住まう地の精霊ノームと、水の精霊アンダインは非常に不仲で有名です」
何やら爛々と目を輝かせているレライエ。期待を込めたような眼差しに負け、僕は仕方なくレライエに護衛を任せることにした。
ノームとアンダインが不仲って、本当だろうな?
やって来ました、ノーム連邦!!
とはいえこの国は、広さだけなら真大陸で天帝国の次に広い。因みにアドルヴェルド聖教国は3番目。この場所も、国のはしっこにある州のさらに国境付近である。僕はこの国に一番近い場所にある国へと転移し、そこから飛行機でここノーム連邦の1つの州へと入ったのだ。
「驚くべき腰の軽さだ………」
フミさんが呆れるのも無理はない。何故なら、リビングここまでで約2時間と少ししかかかっていないのだ。王国空運だって不可能な早さの移動である。
北端の大地『魔王の血涙』から、真大陸中央に聳える大霊峰『翡翠龍山』から連なる『ノーム連峰』までたったの2時間。
フットワークが軽いにも程があると言われて、何の反論もない。
翡翠龍山は真大陸で唯一龍が住まう山だ。そして真大陸最高峰の山でもある。大霊峰と呼ばれてはいるが、山岳信仰は今やほとんど廃れていて、ノーム連邦の竜人族が細々と信仰している龍神信仰に伴う信仰しか集められていないのが実情である。原因は言わずもがなだがアヴィ教だ。他宗教への弾圧には、余念がなかったようだ。
とはいえ、山岳信仰とは自然と民衆に根付くものであり、ノーム連邦や近くの国ではこの翡翠龍山はいまでも有り難がられている。
当然だ。この威容を目にしてしまえば、いかに自然が雄大で神聖なものかは誰の胸にも刻み付けられる。
「でけー」
「安蘇の山は元より、霊峰富士より遥かに大きいからな」
ノーム連邦の端でしかないこの場所で、ノーム連峰を間に置いているにも関わらず、天を衝かんばかりに聳える翡翠龍山は、僕の感覚では富士山よりエベレスト辺りといい勝負だろう。残念ながら実際の高さは知らないが、下手をすればエベレストより高いかもしれない。
「ここはエルフが住まう紅葉州だな。州総督は知り合いだが、渡りをつけるか?」
「いや、別にいいよ。どうせなら大統領のいる州へ行こう。そこで直接話をつけてくれ。できるかい?」
「まぁ、できるだろうな。………はぁ、何の因果で魔王の手引きをしているのだ、私は………」
まぁ、確かに彼女にとっては怒濤の展開だからね。
このノーム連邦は、いくつかの州で構成されているが、その実態はエルフ、ドワーフ、ホビット、巨人族、竜人族等の小さな集落の集まりでしかない。領土の中で人の手が入っている土地など、全体の5%に満たないだろうというのが、真大陸の通説である。交通の便が悪すぎて、冒険者組合や商業組合ですら、進出を見合わせるほどの未開の地だ。とはいえ、ドワーフやホビットが商売のために国境付近に作った町もあるので、まるっきりジャングルというわけでもない。そっちには一応両組合が存在する。
僕らが目指すのは、旧ガガンドラド王国、現黒岩州である。
「うわっ、酒くさっ!」
黒岩州は、ノーム連峰の山肌に階段のように街が広がる都市だった。割りとしっかりした建物が林立し、最奥には王城のような宮殿まである。どこが未開の地だ。
しかしこの臭いはいただけない。時刻はまだ夕方だというのに、あちこちの酒場からは酒の臭いが漏れだし、楽しげとか陽気とかいうより、荒々しくて豪快な笑い声が聞こえてくる。
まぁ、時刻は確かに夕方だが、東向きの山肌からは既に太陽の恩恵は去ってしまい、夜の闇がひしひしと忍び寄りはじめていた。
「まずは情報収集だな」
「情報なら私がいくらか教えられるが?」
「個人の情報を集めてたんじゃ、時間がかかりすぎる。この国の風土、文化、人々の生活水準と精神性、それらを一発で調べられる、いい方法がある。ちょっと高くつくがな」
まぁ、今回はあまりケチ臭く出費を抑えるつもりはない。大事なのは、いかに早く終わらせるかだ。
そのためなら。
………やっぱりちょっと勿体ない………。
僕は鎖袋から酒瓶を取り出すと、少量を手に付けて半分近くを捨てる。軽く服に酒を振ってから、近くの酒場の扉を蹴り開けた。
「おいおい、もしかしてここ、葬式の会場かぁ?悪い、てっきり酒場かと思ってよぉ」
酒場のテーブルで騒音紛いの豪快な笑い声をあげていたドワーフ達が、一斉に静まり返って僕に目を向ける。
「酒は楽しく飲むもんだろうが。なにしみったれた顔してやがる?」
「あぁ!?なんだテメェ、俺等にケンカ売ってんのか?あぁ!?」
ツカツカと僕に歩み寄ってくる髭モジャの小さなおっさん。イメージ通りのドワーフだ。つーか酒場中が同じような小さなおっさんで溢れている。
僕はフラフラとそのおっさんに歩み寄ると、ほぼ同じ目線のおっさんに語りかける。
「あのなぁ、これ以上僕を失望させないでくれよ………」
「あぁ!?なんだってんだ!?」
「ひとおぉつ!!」
まんま酔っぱらいの支離滅裂さで、僕はおっさんの脇を通り抜けてカウンターまでたどり着く。
「酒を飲む時はぁ、目ぇ一杯笑って騒いで楽しめ!!」
バン!
と僕がカウンターに叩きつけたのは、金貨。一枚の金貨である。
「今日は僕の奢りだ!!
てめぇ等、ドワーフの根性、僕に見せやがれ!!」
殺伐とした空気が一瞬で消え、まるで凪のように静寂が辺りを包む。一泊の凪の後に訪れた怒濤。
かつて僕が出会ったドワーフの少女は言った。
『タダの酒ほど心を癒すものはねぇ』
かつて僕が出会ったドワーフの少年は言った。
『ドワーフなんて、お酒でも飲ませとけば勝手に友好的になりますよ。僕は下戸ですけど』
「ハーッハッハッハッ!!話せるじゃねぇかちいせぇの!!」
「お前らにだけは言われたくねぇ!!」
さっき僕を睨んできたその相貌には、敵意などなかったかのように、もう笑みが浮かんでいた。




