勇者ホイホイの力っ!?
「この醍醐がちーずなのか?」
ゴトリとした、僕の拳より大きなブロックチーズ。これは、この塊は、僕にとっては価千金の価値がある。
これからチーズ開発にかける時間が圧倒的に短縮される上、これまでノーム連邦が築いてきたチーズ開発の歴史があれば、さらなる開発も容易い。チーズ料理も、ノーム連邦にある物も食べてみたいし、なんなら僕の知っている物を広めてもいい。
ああ、商売の仕方が思い付きすぎて大変だ。後でちゃんと書き記しておこう。
「ねぇフミさん?」
「ん?どうした?」
僕は今、この人を取り込む事を決めた。
実を言えば、この人を真大陸に野放しにするつもりは、少し前から無かった。もっと言えば、ノーム連邦そのものを取り込みたいと思っている。
その理由は、食であって食ではない。ノーム連邦、これまで良質な武具の産出国としてしか見ていなかったが、それに加えて独自の食文化やフミさんの知識からなる、日本の食文化。豊富な食料と加工食材の数々は、ノーム連邦の存在意義が魔大陸における僕と非常に似かよっていることに気付く。すなわち、後方支援能力の有能さが。
この世界では発酵食品がほとんど脚光を浴びておらず、あっても調味料程度と思っていたが、中々どうして侮れない。
豊富な食料とその加工技術、鉱石や武器の生産。言うまでもなく、武器がなければ戦えず、腹が減っては戦はできない。食が滞れば健康を害し、不健康になれば兵の士気は落ち、士気が無ければ勝てる戦も勝てはしない。
つまり、ノーム連邦をこちらに取り込めば、真大陸の後方支援能力を大きく減じる事に繋がるわけだ。
「ノーム連邦のトップと渡りをつけてほしい」
ただでさえ忙しく、本当はイレギュラーな予定は入れたくないのだが、これは率先して潰しておかなければならない芽だろう。
ノーム連邦が参加して魔大陸侵攻が始まれば、その苛烈さは増大する。無論、僕の後方支援能力とタメを張れるとは思わないが、なまじ後方支援なだけにそれは背比べをしても意味の無い話だ。
「構わんが、そんなにちーずが食べたいのか?」
「もち―――いやいやぁ、これは高度に政治的、軍事的判断なのだよ。
今判明した事実により、僕はノーム連邦を、天帝国及び聖教国並の重要国家と位置付けた。足並みを揃えられないようなら、いざという時は最優先攻撃対象とするくらいには。ああ、心配せずとも住民に被害は出さない。相手の政府機能をピンポイントで攻め潰す。折角の文化が焼けてしまっては意味がない」
「そんな物騒な話を聞いて、私がホイホイと頷くと思うか?」
「頷きたくないのなら、頷きたくさせるまでさ」
フフフ。僕が何人勇者を相手にしてきたと思っている?………まぁ、フミさん含めて3人だけど………。
「キアス様、拷問ならお任せを」
「結局、魔王は魔王ということか………」
にわかに殺気立ち始めたフミさんとレライエ。
「先程から、いささかキアス様に対して馴れ馴れしく、おまけにキアス様も胸襟を開いた様子で接しておられ、少し面白くないと感じておりました。丁度良い機会です、まずはキアス様への態度から教育して差し上げます」
「三下は引っ込んでいろ。今私は魔王と話しているのだ」
「よろしい。では―――」
「―――レライエ、君はそうやって、たまに僕の意思を勝手に解釈してしまうのが悪い癖だ」
ため息を吐いて、僕は交渉を始める。
「拵えを作ったのは僕の弟子ガルガンチュア。研師も同様、バルバロッサ。
そして打ったのは当然、僕本人」
鎖袋から取り出したのは、一振りの日本刀。
一見何のへんてつも無い野太刀。
柄には赤い柄巻、鍔は燻し銀に光るミスリル、鞘は黒漆を塗っているが、所々地金を露出させるようにスクラッチ技法で描かれた昇り龍が刻まれている。その色は金。まるでオールをモチーフに描かれたかのようだが、それもそのはず、鞘は目立たぬように漆を塗ったが、この刀は鞘からしてオリハルコン製なのだ。
その心は―――
「レライエの長巻を打ち直す為の試作だが、使われているのはオリハルコンとミスリルの合金だ」
―――オリハルコン以外では、下手をすれば鞘が持たないからである。
「オリハルコンとミスリルの合金だとっ!?」
「そうだ。僕と錬金術の悪魔、ハーゲンティー、ベリト、ザガンが造り上げた、剣のための金属。名付けてヒヒイロカネ。
硬度はオリハルコンに劣るものの、その分柔軟性を持たせた。しかもミスリルの配分次第では、柔らかさもある程度自由になる。おまけに、ミスリルの特性である魔力伝達、収斂性能も持っている。魔剣技にはこれ以上無くうってつけ。軟らかい上に軽いミスリル製の剣なんて話にもならない。そんなもの、火の勇者ですら使っていなかったからな。
心金、棟金、側金、刃金は、それぞれオリハルコンとミスリルの配分を調整し、それをマジックアイテムの炉で鉄なら蒸発しかねないような温度で打ち上げた一品。オリハルコンの剣より、遥かに高性能な刀になっている。
断言するが、人間にはあと1000年は造れない代物だ。
どうだ?欲しくないか?」
「ぐ、ぐぅ………」
書いてある。顔に欲しいと書いてあるぞ。
「ぶっちゃけこれは僕の秘密兵器の1つ。悪魔の召喚術を見つけたからこそ出来た代物で、僕の仲間にもまだ十分に行き渡っていない程の物だ」
僕の持つ、神様から与えられた古代魔法の最後の1つ、召喚術。当初はスマホで代替ができると思って放置していたそれは、ソロモンの悪魔を召喚するための召喚術だった。それに気付いたのは、実を言えばつい最近である。気付いてからというもの、魔力に飽かせて悪魔共を馬車馬のようにこき使い、遂に完成させたのがこのヒヒイロカネだ。
剣の為の最高の金属、ヒヒイロカネ。
と言っても、刃物としては優秀な金属でも打撃には向かないので、必要なのはレライエとトリシャくらいだ。コーロンさんの槍もこれで作ろうかと思ったけど、いざとなれば武器なんか捨てて逃げればいい隠密の彼女には、あまり意味が無い気がする。とはいえ、短刀くらいならずっと持っててくれるかもな。よし、今度造ろ。
「し、しかし………」
「さっき潰すとか攻めるとか言ったけど、今回君にノーム連邦との橋渡しを頼んだのは、そうならないために友好関係を築けないかと思っての事だ。
僕が友好関係を望んでいる証拠として、今回はこれを天帝金貨1枚で売ってあげよう。これはシュタールの持つ、オリハルコンのメル・パッター・ベモーと同じ値段だ。
これだけの技術を詰め込み、なおかつ僕の軍事力の一端を売るにしては、破格と言う言葉すら裸足で逃げ出す超特価!!ここで買わなきゃ一生手に入らないし、もし幸運にも手に入れる機会があっても、値段は10倍100倍になるぜ?」
どうだとばかりに、その刀の鯉口を切る。オリハルコンよりかなり赤みを増した金色、赤金の刀身が顔を覗かせた。
「欲しくないなら結構。この話は無しにして、僕は独自のルートでノーム連邦に接触しよう。やや時間のロスにはなるが、なーに、魔王コレクションを手土産にでもすればすんなりいくだろうさ。いや、君が彼等に忠告していなければ、むしろやりやすいか?
さぁ、どうする?」
答えなど、聞くまでもない。
断られても、僕は本当に今言ったように独自にノーム連邦と接触する。断る理由が無い上に、この話を飲めば僕とノーム連邦の接触を見張る事ができる。
僕としても時間は有限だ。省略できるなら、多少の損害は目を瞑る。それに、彼女がこの剣を持とうと、整備できるのは僕と弟子だけだ。敵対すれば、早晩役立たずのナマクラへと成り果てるだろう。
勇者ってホント、剣で釣るとホイホイ引っかかんのな。




