日本人のセンスっ!?
「う、梅干し?」
目を見開いて素っ頓狂な表情になるフミさん。今日初めて彼女から一本取れた気がする。驚かされっぱなしだったから、ちょっとだけ胸が空く思いだ。
とはいえ、僕は別にそれを理由にこんな突拍子もないことを聞いたわけではない。
「ああ、梅干しだ」
「い、いや、あるにはあるが………」
「あるのかっ!?」
おおっ、ほとんどダメ元だったのだが、この世界にもちゃんと梅はあるらしい。
「う、うむ。自家製の梅干しが、年代毎にある。なんなら、100年物を後で持ってこよう」
「マジで!?あ、あと梅の木が欲しい。なんなら種だけでも」
「いいんじゃないか?私も山に自生している梅の木から実を採ってきて、毎年漬けているのだ。こっちでは、梅は食用ではないらしいし、勝手に取ってくればよかろう」
「いやぁ、助かるよ。探してたんだ、梅。やっぱ日本人なら梅干し食べなきゃ、力が出ないよね」
「まぁ、わからんでもない」
醤油はある。味噌もある。あとは味醂と酒か。でもこれはリリパット達に何とかさせるから、あとは………。
「あとは、山椒や唐辛子が欲しいか?いや、それを言うならカラシやワサビも―――」
「悪いが、私とてあちらの物をこちらで完全に再現できているわけでは無いぞ。
ただ、この土地の食材や料理を、自分なりに作っているだけだ。どうしたって同じ食材が無い場合というのは、往々にしてあるからな」
ふむ。確かにこっちの植生は、地球と似てるようで結構違うからな。
しかし、フミさんも日本人だのう。ビーフシチューを作ろうとして肉じゃが作ったり、カレー、ラーメン、トンカツ等、日本人によって魔改造を施された料理というのは枚挙にいとまがない。
こと食において、日本人の飽く無き探求心はとどまる所を知らないのだ。
それは一歩間違えば暴走とも呼べるのだが、暴走の果てに生まれた料理とも呼べないオブジェクトは、自然と淘汰されていく。そうして残ったものこそ、貪欲な食に対する渇望の結論なのだ。
「それに、こちらにはこちらで美味いものがある。あちらの味を懐かしむ気持ちはわかるが、違う文化を違うままに楽しむのもオツなものだ」
「んなこたぁわかってんだよ。僕はただ、時おり無性に和食が食べたくなるんだ」
たまに襲い来る梅干しへの渇望。沢庵、福神漬け、らっきょう、浅漬け、糠漬け、柴漬けなどで、ほっかほっかのご飯が食べたくなる衝動。
それだけじゃない。うどん、蕎麦、素麺からなる和系麺類、天ぷらは海老とかイカとかより大葉が一番好き。肉じゃが、鯖味噌、味噌汁、素朴で美味しい和食への渇望が、日々僕を苛んでいるのだ。
「全く。まぁ、確かに私もたまに食べたくなるから、大福や桜餅などは自分で作って食べている」
「餡子を作ったのか。ってことは小豆もあるって事だな」
「ああ。私は普段、ノーム連邦に拠点を置いているのだがな、ノーム連峰の恵みは、食材に関して不可能は無い。
そうだ、これをやろう。手土産も持参できなかった、僅かばかりの謝罪だ」
フミさんはそう言うと、懐から茶色っぽい萎びたそれを取り出した。
「私は長旅でも甘味は手放したくなくてな、いつもこれを持っているのだ」
「何ですか、その貧相なものは?まさか、そんな物をキアス様に献上なさるおつもりですか?」
「干し柿だ。わーい」
「わーいではありません!せめて毒味を!」
いや、僕毒効かないし。
慌てるレライエを放っておいて、僕は干し柿をかじる。
ほぁ………。
素朴な甘味と、ドロドロというかデロデロな食感の中に残る繊維質。どこか懐かしくもあり、それでいて濃厚で、しかし喉が乾くほどには甘くない。
「うまうま〜」
どこかほっこりする味だよね、干し柿って。砂糖を使ったお菓子もいいけど、こういう素材の味を活かした甘味って和むよね。
「パイモン、はいあーん」
「あ、あーん」
体を90°近く折り曲げて、パイモンが僕の手から干し柿を口にする。
「………あ、甘い、です」
「でしょぉー」
僕の手柄でもないけど、なんとなく胸を張っておく。いやぁ、やっぱいいなぁ日本の食べ物。やっぱり僕も日本人だからねぇ。
「キ、キアス様、妾にもどうか一口っ」
「えー、どうしようかなぁ、レライエ、さっきからフミさんに対してちょっと態度悪いしぃ」
「そ、そんなぁ………」
「ウソウソ。はい、あーん」
「ああ、キアス様っ。あーん。………確かに美味でございます」
うん、やっぱり美味しいよねぇ。
「仲が良いのだな」
「まぁね。他にはあっちの食べ物をこっちで再現したものは無いの?」
「うん?まぁ、いくつかあるが、さっきも言ったように、こっちの物を食うのも一興だぞ?
日ノ本の民である貴様は驚くかもしれんがな、ノーム連邦では家畜を飼育しているのだ。肉食は武芸者の嗜みとはいえ、こちらのように肉食が主だとまるで田畑のように家畜を育てているのだ。狩っているのではないぞ、飼っているのだ」
へぇ、畜産ね。別に珍しくもないし、ノーム連邦以外にも畜産を産業にしている国は少なくない。江戸時代から来た彼女にとって、畜産は珍しいのかもしれないけれど、得意満面で言われても挨拶に困る類いの情報だ。
「それに、これは他の国ではあまり好かれないのだがな、家畜の乳を飲む習慣が、ノーム連邦のドワーフ達にはあるのだ。
私も最初は気後れしたのだが―――」
「―――ちょっと待て!!」
和み気味だったリビングの空気を、僕は鋭い声で切り裂く。っていうかパイモンもレライエも、いつの間にか武器に手をかけている。
だが、今はそんな事はどうでもいい。まだ他にも彼女から聞きたいことは山ほどあるが、今この時はそんなものは些事とも言える。
僕は緊張と期待を籠めて、真剣に彼女の目を見ながらゆっくりと問いかけた。
「牛乳があるのか?」
「あ、ああ。牛乳だろうが馬乳だろうが山羊の乳だろうが、ノーム連邦ならいくらでも手に入るぞ」
牛乳。ミルク。milk。
卵と双璧を成す、万能食材。料理はもちろん、菓子にも使えて、果実との相性は他に類を見ず、そしてそのまま飲んでもいい。
僕の持っている土地では、様々な事情から畜産はできない。その事で涙を飲んで諦めたのが牛乳の入手だ。いずれガナッシュ辺りにやらせようかとも思っていたのだが、あの国もそんなに大きくないし、出来て輪作用の養豚が精々だろうと思っていたのだ。牛はコストパフォーマンスで豚に劣るからなぁ。おまけに牛乳まで取らないとなると、完全に豚に軍配が上がる。
そんな、実現する目処が立っていなかったために諦めていた牛乳が、ノーム連邦にはある!
いや、それだけじゃないぞ。生クリームやヨーグルト、チーズ等、加工するにも選り取り見取りじゃないか。
「な、なぁ、チーズはあるのか!?チーズ!!」
「ちーず?いや、済まない。聞いたことがない」
そっかぁー。
チーズはやっぱり、まだこの世界には無いのか。僕も作り方は知らないし、根気よく手探りでやっていかないといけないようだ。だが、何年かかっても僕は作ってみせる!チーズの無い世界なんて、ソースのかかっていないたこ焼きのようなものじゃないか!おろしポン酢も好きだけど!
「そのちーずとやらは、牛乳から作るのか?」
「ああ、何年かかるかわからないけど、君にも食べさせてあげるよ。濃厚な味わいがする、そのままでも熱で溶かしてもイケる、かなり不思議な食べ物だから」
まぁ、江戸時代の人なら、ちょっと驚くかもね。もしかしたら苦手かもしれないけど、まぁ納豆を食べる民族にその程度は何でもないと思いたい。
「ふむ。楽しみにしていよう。まぁ、今回は私の持つ、似たようなものを提供してやろう。牛の乳から出来る、醍醐という保存食だ」
保存食?
「これもまた、濃厚な味わいがするのだ」
彼女が腰袋からそれを取り出すと、途端に部屋中に独特な臭いが放たれた。パイモンやレライエは、眉をひそめて顔をしかめ、咄嗟に鼻を覆う。だが僕は、そんな事はしない。むしろ、その匂いに歓喜すら覚える。
彼女が取り出したそれは―――
「チーズあるじゃん!!」




