要求その1っ!?
「ぽとがらぴぃだ!しかも色鮮やかなぽとがらぴぃだとっ!?
初めて見たときも驚いたが、紙焼きでここまで色鮮やかな物は想像の埒外だ!!」
うん、これで最早確定だ。この世界に写真はないし、『フォトグラフィ』を『ぽとがらぴぃ』などと呼んでいたのは幕末や明治の日本人だけだろう。いや、詳しくは知らんけど。
あれから僕らは、シラケてしまった事もあって、神殿まで戻ってきていた。あまり気は進まなかったが、水の勇者改め、フミさんも招待した。パイモンや、合流したレライエは警戒を解かなかったが、フルフル、マルコ、ミュルは僕の様子から心配要らないと思ったのか、どこかへ遊びにいった。自由だな!あの3人は!
ガラステーブルや家具に驚いていたフミさんだったが、なんとか座ってもらい、マジックアイテムで撮影した写真を見せたところである。
実のところ、感光紙が作れなかったので、正確に言えばそれは写真ではないのだが、そこはご愛嬌だろう。
「ふむ。よくわかった。
これを見る限り、確かに貴殿と私とは、生まれた時代が遥かに違うのだろう」
「まぁ、幕藩体制は僕の知る限り既に歴史の教科書の1ページだ」
「ふむ………、色々聞いてみたいことはあるのだが………」
「ごめんね。さっきも言ったように、僕は人名を思い出せないんだ。『歴史』といっても、人物抜きで概要だけ知っているに過ぎないんだよ」
「そうか………。まぁ、少なくともこれで私の帰る場所は、既に元の世界に無い事になるな」
うーん。ちょっと悪い事教えちゃったかな?彼女には、向こうに残してきた家族がいるわけで、もしかすれば異世界召喚モノの主人公みたく、元の世界に戻る方法を探していたのかもしれない。
もし僕に、彼女のようにあっちの世界の記憶があれば、僕も元の世界に戻ろうとしたのだろうか?
「まぁ、仕方がない。あのまま死ななかっただけ、私は運が良かった」
「え?それだけ?」
「うん?そうだが?
考えてもみろ。私がこの地に降りて、既に150年以上経過しているのだぞ?最早とうの昔に捨てたと思っていた未練だ。致し方ない」
思ったよりサバサバしていた。
「そもそも、何時なんどき今生の別れとなるかもわからぬのが世の常。本来私は、あの時賊と相打って果てる運命だった。なればこそ、今こうして生きて家族の冥福を祈れるのは、むしろ僥倖であろう?」
ああ、違った。この人の死生感は、僕の価値観とあまりに解離しているだけだった。
異世界人と江戸時代の日本人。僕にとってその2つは、どちらも未知という意味で同義であるようだ。
「まぁ、故郷についてはお互いもういいとして、刀、つまり日本刀を僕に打ってほしいと」
「うむ」
「うー………ん………」
状況は変わった。彼女が地球の出身なら、僕も聞きたい事は山程ある。その対価としてなら、一振り二振り打ってあげてもいいんだけど………。
「実は僕、これからちょっと忙しくなる予定なんだ。
今魔大陸では魔王同士が争う戦争が始まっている。僕も参戦している以上、他の魔王達の準備が整い次第、色々動かなきゃならない。それだけじゃなく、真大陸側の城壁都市ソドムと、魔大陸側の城壁都市ゴモラとの交易が近々始まるから、その段取りとか規定とか決めないといけない。天帝との交渉もいつになるかわからないし、そろそろ教会の動きが許容の限界を超えそうだし。ソドムの街も、そろそろ次の段階に進まないといけないから、その根回しもしなきゃ。あ、あと奴隷商人やらせてる僕の手駒が、そろそろ下準備を終えるから、本格的に奴隷解放を推し進めないと。
というわけで、実を言うと刀を打つ時間がないんだ。全く。これっぽっちも」
「む………うぅ。それを曲げて、と言うのはいくらなんでも図々しいな」
「こんな場所まで押し掛けて参られて、今さら図々しいなどとは片腹痛いですがね」
こらレライエ。
「既に打ってある刀なら工面しよう。それなりに値は張るぞ?」
「ああ、それでいい」
「キアス様のご厚意に、なんと横柄な返答でしょう!」
ああ、そういえば彼女のこの態度も、あまり気にならなくなっていた。武士の娘と聞いたからだろうか、横柄で無遠慮な態度も、どこか武骨で堂々としていて好感が持てる、とまでは言わないが、苦笑しながら「仕方ないなぁ」と言えるくらいには許せるようになっていた。
武士は食わねど高楊枝、なんて言葉をふと思い出した。
「あと、ソドムの街に住んでいる拵え師と研師も紹介しておこう。下手な手入れをして、せっかくの刀がボロボロになっていくのは忍びないからね」
この拵え師と研師の他にもう1人、製鉄を得意とする3人の元奴隷のドワーフ達。実は3人とも僕の弟子であり、この世界初の刀鍛冶である。今は修行中の身で、鍛冶の腕自体はそこまででもない。だが、拵え師は刀の拵えなら僕より上手に仕上げるし、研師にしても、腕は僕に勝るとも劣らない。
「重ね重ねかたじけない。この恩は、いずれ何らかの形で返そう」
「お金といくつか僕の質問に答えてくれれば、別に恩に着なくたっていいさ」
「質問?残念ながら私は、政治には疎いぞ。あまり役には立てないと思う」
いやいや、僕が聞きたいのはそんな話じゃない。そんなものは自分で調べればなんとでもなる。
もっと切実で、実りある内容。ある意味逼迫していて、状況的に彼女にしか聞けない質問。
それは―――
「梅干し持ってない?」
 




