王女様のミスっ!?
『マスター、魔王コションが死亡しました』
僕は1ヶ月ほど農作業に従事し、迷宮用の武具を造り、パイモンと一緒に風呂に入り、フルフルにふりまわされて過ごした。
色々大変だったが、なんとか田んぼも畑も軌道に乗り、この環境に慣れだした頃、アンドレが報告してきた。
「長かったなぁ。約1ヶ月ってとこか」
『いえ、この程度の危険度で魔王を倒せたのなら、むしろ上々でしょう』
「ん?ということはコションは中盤あたりで死んだってこと?」
『はい。正確には後半の入り口、無酸素回廊で息絶えました』
あぁー、なんかアンドレの声が得意気だ。
予想とドンピシャだもんな。
『しばらくすれば、死体もダンジョンに吸収されるでしょう。微々たるものとはいえ、魔王の死体であれば他の生物の死骸より、多くのエネルギーを摂取できるはずです。
どうせなら、維持コストの安い迷宮を新設しても良いかもしれませんね』
うわー、なんかアンドレがすごい饒舌なんですけど。
なんか、余計恐いよ。
『マスター、侵入者です』
「またか!」
「第11魔王が死んだ………?
それは………、本当の事ですか?」
今まで、凛々しい表情で話していたトリシャさんが困惑するように問い返してきた。
「ええ。つい先程の話です。
1ヶ月ほど前にここを訪れて、僕の注告を無視してダンジョンの中に入って、先程」
「疑うわけではありませんが、その、何か証しなどはないでしょうか?
いえ、断じて疑っているわけではありません!
我が国は中央各国と距離があるので、情報が遅いのです。今ここで第11魔王の死亡を確認できれば、我が国にとって有益な情報となるのです」
焦ったようなトリシャさんは、どこか取り繕うように言いつのった。
それはあれかい。
僕があまりにも弱そうだから、とても他の魔王を倒したなんて信じられないってことかい?
良いだろう。
「パイモン」
「はっ」
僕はパイモンを呼ぶと、懐に仕舞っていた指輪を出す。
「転移の指輪だ。
今から迷宮に出向いてもらう。と言っても即席の転移陣をここと、あちらの双方に造って行き来するだけだ。これは、万が一の備えだ。ここに印を打って、何かの都合で転移陣が使えなかった時は、これで戻ってこい」
「はい」
パイモンに転移の指輪を渡し、僕はスマホで転移陣の用意をする。
「いいか、扉を開けたらしばらく開けたままにして、充分に換気を行ってから入れよ。
じゃないと死ぬからな。それと、一応回廊内にも帰還用の転移陣を用意したが、落とし穴が作動したら迷わず指輪を使え。
いいか、これは命令だぞ?」
「はい。必ずや魔王コションの亡骸を持ち帰ります」
いや、心配なのはコションの死体じゃなく、お前なんだが。
「じゃあ、行ってこい」
「はいっ」
パイモンは、突然出来上がった転移陣に、意気揚々と飛び込んでいった。
なんか、やけに張り切っていたけど、大丈夫かなぁ。
「へ、陛下、今のは陛下の御力ですか?
転移ということは時空間魔法を習得しているのですね。しかし、時空間魔法は使い手そのものが少ないはずで、それも別の空間に多少の荷物を詰める程度の者がほとんど。人を転移させられる程の使い手は、エルフでも最早、言い伝えの中にしかいません。
陛下はどなたからご教示を受けたのですか?」
神様から、とは言えないよなぁ。そして、将来的に敵になる可能性もあるこの人に、何もかもを教えるのは憚られる。し、美人にはちょっとでも尊敬されていたい。
「僕はまだ生まれてから1ヶ月ほどだからね、そんな伝手はないよ。
これは生まれた時に持っていた力の1つだよ」
「1つということは、他にも?」
「そこまではちょっと………」
「あ、いえ、失礼しました。不躾な質問でした。お詫びいたします」
他にも、トリシャさんといくつか情報交換をしていると、パイモンが帰ってきた。
魔王コションの死体を背負って。
しっかし、相変わらず醜い姿だな。
豚のような顔に兜を被り、薄汚れた甲冑にその巨躯を包んだ、地球の情報にある、ザ・オークといった姿だ。
本物のオークは、もっと愛嬌のある顔をしているというのに、こいつはかなり醜い容姿なのは何でだろう。
「確かに………伝え聞く、魔王コションの姿と同じようです。
あの、厚かましいお願いなのですが、この首級を我々にお譲り戴けないでしょうか?」
トリシャさんは、真剣にコションの死体を検分した後、真摯に頭を下げてそう願い出た。
「私は、魔王コションの正確な容姿がわかりません。絵や伝聞による情報はあるので、おそらくこの死体がコションであることはわかるのですが、それでもやはり正確性に欠けます。
父は―――いえ、我が国の国王ならば、32年前にコションの姿を見ていますし、正確な判断が下せるかと。
勿論、陛下の御力を示すために晒すと言うならば、是非もありませんが」
いや、晒すとか何言ってんのこの人。その死体は、ダンジョンのエネルギーとして吸収されるだけだよ。だからまぁ、首だけ欲しいって言うなら、あげても一向に構わないんだけど。
「うーん………」
どうせなら、好条件で売り付けたいよな。
これは国との交渉なんだから、ただの善意であげるのもどうかと思うし。
「駄目でしょうか?」
「いや、正直その死体に大した利用価値なんてないし、あげちゃっても良いんだけど」
「ならば」
「代わりと言っちゃなんだけど―――」
僕がそこまで口にすると、トリシャさんの表情が引き締まる。さすが、王女様。交渉事で下手な対応はしなさそうだ。
まぁ、そこまで無茶なお願いをしようってんじゃない。無理難題を吹っ掛けて、関係が悪化しては元も子もないのだ。
僕はただ、
「―――アムハムラ王国にある、寝具をいくつか譲ってほしい」
ベッドか布団で寝たいだけなのだ。
僕の言葉に、しばしポカンと口を開けていたトリシャさんは、我に返ると頬を染め、こちらの要求を呑み、コションの首を切ろうとした。
だが―――
「あぅ」
トリシャさんは転移陣から出られないで、可愛らしくうめいた。
「パイモン、コションの首を切り取ってくれ。
さて、トリシャさん交渉は以上で良かったですか?」
「か、かたじけない。
我が国も、魔大陸侵攻を望んでいない以上、お互いの望みは一致しております。
どうか、これからも良好な関係を築けるよう、願っております」
少し恥ずかしげに言うトリシャさんは、凛とした容姿とのギャップで、とても可愛らしかった。
「ならば、あなたを送還しますね。
といっても、僕の仲間になることを断ってくれれば良いですよ。
コションの首は、後程ちゃんと届けますから」
「それは、どういう事ですか?」
怪訝そうな表情のトリシャさんに、僕は説明する。
「あなたを召喚したのは、仲間を増やすための召喚術です。呼び出された人が、仲間になることを断れば、元の場所に送還されます。
この方法ならあなたは召喚陣から出れませんし、僕もあなたに干渉できません。
交渉する上で便利なので今回利用しました」
僕の説明を、真剣に聞き入るトリシャさん。説明が終わると、数瞬考えるような素振りを見せ、こちらを見据えた。
「もし、ここであなたの仲間になることを了承すればどうなりますか?」
真剣な声音に、僕は少したじろいでしまう。呼び方が、陛下からあなたになっていることにすら気付けなかった。
「え、えっと、正式に僕の仲間になってしまいます。
僕を傷付ける事ができなくなり、僕の命令にある程度縛られるようになってしまいます。意図的に裏切ろうとすれば、かなりの苦痛を受けますし、最悪の場合死に至ります。
ですから、間違っても了承しないでくださいね」
僕の警告に、トリシャさんは深く頷いた。
そして真剣な表情のまま、顔を上げ―――
「私、トリシャ・リリ・アムハムラは、魔王アムドゥスキアス様の仲間になりたく思います」
―――そう宣言した。