水の勇者の悲願
「私の為に剣を打て!!」
ああ………。
またやってしまった………。
いつもこうだ。なんで私は、いつもこんな風にしか人と話せないのだろう………。
「この………、無礼者がっ!!」
案の定、背の高い魔族は憤りをあらわにする。当たり前だ。自分の主を、まるで召し使いに命じるかのように、顎で使うような事を言ったのだ、私は。
「フルフル、ミュル、ここは私に任せてください。この愚か者は、私が誅戮します」
むしろ意外だったのは、私の台詞に、魔王を含め他の者が無頓着だったことだ。怒っているこっちの魔族の方が、むしろ浮いた存在と言える。
「殺すつもりはない」
「手加減など不要です!!」
ち、違う。そうではない。戦うつもりはないと伝えたかったんだ。『手加減してやる』なんて言うつもりはなかったんだ。
私は片手をあげ、彼女を制止する。
「待て。抜くな」
彼女が腰の得物に手をかけたまま止まる。ようやくわかってくれたか。
「『抜けば即座に斬りかかる』とでも言わんばかりですね。しかし!!」
彼女はそう言って、あっさりと腰から武器を抜き放つ。
ああ………。全然伝わってなかった………。
「その程度で臆するはずもありません!!私は、第13魔王、アムドゥスキアス様に仕える第一の配下、パイモン!!
我が主より授かりしこの名にかけて、貴女に勝ちます!!」
あぁ………。
「いざ、尋常に―――」
「はーい、ストップ。ちょっと待ってパイモン」
私が諦めかけたとき、なんと魔王から救いの手が差し伸べられた。最早激突は避け得ないものかに思えたが、このチャンスを活かしてなんとしてもお願いしなくては。
「ああ、ごめんごめん。邪魔するつもりはないんだ。
わざわざ流氷の上を渡ってここまで来た君に、これ以上何を言っても無駄だろ?」
違う!無駄じゃない!
「無駄ではない」
「そう?
あ、遺言は聞いてやる、的な?
いやまぁ、あんな海域の流氷を渡るって、命知らずな事をやってのけたんだもんね。何かよっぽど腹に据えかねたこともあったんだろう」
だから違うんだ!
確かに、この辺の海域の海流は激しく、流氷も揺れるはぶつかるわ砕けるわで、全く生きた心地はしなかった。何人もの死神が手招きしているような海を渡ってきた私に、大きな目的があるのも事実。
だけどそれは、決して魔王と戦うためではないのだ。
「いや、勝負の邪魔しちゃったなら悪いけど、その剣、ちょっと見せてほしいんだ」
魔王の視線が、私の手に携えられた得物へと向く。
私の考えが正しければ、彼にとってもこの剣は、それなりに興味を引ける品であろう。
手渡してもいいのだが、流石に魔王をそこまで信用するのは危険だろう。いや、でも、この魔王になら………。
「ほら」
「危なっ!!」
考えた末、私は彼に向かって手に持ったそれを投げ渡した。近付くのは危険だし、剣がなくても魔法を使えばなんとか戦えるだろうと思っての事だったが、魔王は足元の地面に刺さった剣を、大袈裟に飛び退いて避けた。そして、私に向けられる敵意は、5割り増しで増えた。
何故だ………?
「へぇー、こっちにもあったんだ………」
自分の配下の反応などそ知らぬ顔で、地面から抜いた剣を検分し始める魔王。懐からふくさのようなものを取りだし、峰を持ってじっくりと眺め始めた。
「キアス様」
「んー?」
私の目の前の魔族が、焦れったそうに魔王に声をかけたが、魔王はどこか気のない返答である。
「剣は取り上げましたし、もうこの者を倒してしまっていいんですよね?」
おい。
「んー。そんな卑怯な方法で勇者を倒した、なんてのは汚名にしかならないと思うんだけどね」
「ここには我々しかおりません。秘密にすれば絶対にバレません」
「あ、確かに」
いや、止めろよ!何納得しているのだ、魔王よ!
「んー、でもこれ、焼き入れも下手だし、鋼の選別もイマイチ。下鍛えは見るも無惨。つーかこれ、もしかして1回も折り返してないじゃねぇの?肌に全然層が見えないんだけど?」
「い、いや、私には鍛冶の詳しい知識はない」
しかし、ノーム連邦随一の鍛冶師に頼んで造ってもらった物を、こうもボロカスに言ってくれるとは………。ある意味、ここまで来た甲斐があるというものだ。
「あーまー、そうだよね。つったってこれは酷いだろ。造りはともかく、手入れが雑すぎる。つーかもしかして普通の砥石でやってない?」
「あ、ああ」
「馬鹿か。ソドムの街に研師がいるから、そこに持ってけ。このナマクラ見せたら、怒ってへし折るかもしれないけど、運がよければ少しはマシにしてくれる」
いや、違う。そうではないのだ。あなたに打って欲しいのだ!!私の新しい―――
「しっかし、拙いながらもこんな技法がこっちにもあったなんてね。
変態じみてるよね、この刀っていう刀剣は」
―――刀を。
魔王コレクション。
最近、刀剣のコレクターや、それを趣味とする武人の間で、そう呼ばれる刀剣が出回っている。
出所は全て魔王の街。ダンジョンで回収されるそれは、好事家の間で値が跳ね上がっているのだ。しかも、奇っ怪な姿形をしている物も多く、しかしそれを造り上げた技巧の見事さといったら筆舌に尽くしがたい。彼のノーム連邦ですら、何とかしてその技法を盗もうと、積極的に買い集めているのだから驚天動地である。
質にこだわらなければ、ダンジョンの初期段階から入手は可能であり、ナイフ一本でも出れば一財産になるほどである。
そして、まことしやかに語られているのは、光の勇者の持つ刀剣が、この魔王コレクションなのではないかという事だ。
細く長大なオリハルコンの剣。盾の要素も持つ短剣。薄く、まるで鞭のようにしなる懐剣。左右で全く姿の異なる、一対の片手剣。
どれもこの世界では一般的でない造形の刀剣であったらしい。
光の勇者で気になるのは、以前の事件で監禁された時の話だ。ほとんどの者が一笑に伏したが、彼が魔王と結託している、という教会の正式発表。私はこれが気になるのだ。
光の勇者は以前から既にダンジョンに入っており、その際手に入れたとも考えられるのだが、だとすれば直前に顔を合わせてその話をしていた我々に隠す理由は何か。
独り占め?
馬鹿な。あれはそんな面倒な事を考える男ではない。
単に忘れていた?
あり得そうだが、それならば彼の仲間がそれを指摘しただろう。
ダンジョンと全く関係ない場所で手に入れた。
荒唐無稽な話だが、もしそうならば色々と説明もつく。
光の勇者が魔王と結託している、などとは私も思っていない。しかし、身分を隠して真大陸に入り込むような魔王だ。どこかで知り合い、お互いに相手の素性も知らずに意気投合してしまったとしたら………。
目の前の魔王と、あの勇者。
ああ、なんだか容易に想像できる展開ではないか。
そして、もし魔王の配下もしくは魔王本人の手で、魔王コレクションが作られているのだとすれば、私の悲願も達成できるのではないか。
即ち、日本刀をこの世界で造れるのではないか。




