商人の街の裏の顔っ!?
「ました………」
あ、ようやくイルちゃんさんから解放されたミュルが、疲れた顔で寄ってきた。割とレア顔だ。
「ごくろーさん」
「ちかれた………」
おー、よーしよし。変態お姉さんの相手は大変だったね。よくわかるよー。
「あ、あの、キアスさん、ゴンちゃんが………」
ラトルゥールさんが、2人の女性に責め立てられながら、身を縮こまらせているのをチラ見しながら話しかけてきた。
「それよりラトルゥールさん、不案内なこの街で何か困ったことはありませんか?」
「へっ!?あ、あの………」
僕の営業スマイルの防壁にたじろいだラトルゥールさんは、ゴンちゃんをチラチラ見ながら狼狽えていた。
「この街は単純な構造で、迷う事はありませんが、何分広いですからね。何か困ったことや不便なことは、気兼ねなく聞いてください」
「は、はぁ………」
曖昧に頷くラトルゥールさんは、それでもゴンちゃんが心配そうだったが、僕の質問に思い当たるものがあったようで、質問してきた。
「あ、あのっ、だったら1つお聞きしたいのですが、キアスさんは商人とのことですから、知っていると思って聞きます。街には馬車が見当たらなかったのですが、この街の商人はどうやって商品を搬入するのですか?」
ああ、その事か。そこに目をつけるとは、中々やるな。
この街に入るには、転移の腕輪や指輪を使わない限り、長城迷宮入り口の大階段を使わなくてはならない。しかしそうなると、馬車で乗り入れるのはとても難しいし、万一内部に入ってきたとしても、通行の邪魔以外の何物でもない。多数の馬車が行き交うには、一本道であるこの街は些か不便なのだ。
では、馬やモーモを迷宮の外に繋いで、人力で商品を搬入するかと聞かれれば、否と答える他ない。いくら鎖袋があろうと、そんな搬入方法は非効率的だし、極寒の『魔王の血涙』に放置された馬やモーモは死を待つようなものだ。
一回一回それを潰していたんじゃ、輸送コストだけで物価が跳ね上がる。
「そうですね、実際に見てみますか、商品の搬入の方法?」
「へ?」
「ここって………」
ラトルゥールさんの疑問符の浮かぶ呟きに、僕はにこやかに答える。
「僕の経営する娯楽施設の1つです。『ホテル・ラフレシア』からなら、商会に戻るよりこちらの方が近いですから」
「成る程。あ、あの、ここって、あの、センさんが言っていた『歓楽街』なのですよね?」
「あ、聞いていましたか。そうですよ、北端の歓楽街です。最近は南端にも歓楽街ができつつあるようですが、そちらに僕の店はありませんしね」
あそこは商人達が自主的に始めた歓楽街だ。どんなものになるか、実に楽しみである。
「ほんで、なんでお店にこなあかんのん?商品の搬入を見学しに来たったんやろ?」
「あら、店員の制服が可愛いわね」
「うぅ………。怖かったよぅ………」
ラトルゥールさんの他にも、サージュさん一行は全員付いてきていた。勿論、子供たちはお留守番である。流石に、あんな大人数の子供たちを引率しながらは骨が折れるので、ホテルで大人しく待ってもらうことにした。 暇潰しにと、信頼の迷宮で拾える玩具を貸し与えて、遊び方も教えてあげたので、大人しくしてくれているだろう。
「商品の搬入は、裏で行っていますから、一般の人は普通は見れません。
本当は商人以外を入れるのは、あまり誉められた事ではないのですが、特別秘密にしなきゃならないことでもありませんしね」
「裏っちゅーんは?」
「それを今からお見せします」
僕は店の従業員以外立ち入り禁止の通路を抜け、倉庫に辿り着き、さらにその奥のドアへと手をかける。
商店、商会は、全て真大陸側に存在するので、その先は壁の外、つまり『魔王の血涙』の荒野が広がっていると思っているかもしれないが、実は違う。
僕が扉を開くと、そこには―――
「ふわぁぁぁあ!?」
「こら、すごいな」
―――そこには、商人達の熱気が溢れていた。
長城迷宮は、軍隊が余裕で行軍できるだけのスペースを持たせた道だ。そのほとんどのスペースは、城壁都市ソドムの街に使われているが、ほんの少しだけ街に使われていないスペースはある。
勿論、海水を真水に変えるスペースや、それを貯水するスペースもあるが、外縁部、ダンジョン側から見た外縁部には、商品搬入のためのスペースが用意されている。
商業区は、ソドムの街の一階層に存在している。二階層にも、住人のための食料を売る店舗や宿屋が存在するが、ほとんどは一階層に店舗がある。
そして、一階層北端から約200㎞くらいまでの範囲は、この通り商品の搬入路となっていて、長城迷宮から張り出した造りとなっている。
南端にも同じような場所があり、ソドムの街の商品の搬入と搬出は、ほぼ全てここから行われる。
「ここには、ズヴェーリ帝国のゴーロト・ラビリーントと、アムハムラ王国の魔法都市ベヒモスとの転移陣が設置されています。
勿論、人員の移動もありますので、商品の搬入のためだけに使われているわけではありません。ですから特段秘密ではないのです。
とはいえ、スリや泥棒など、不穏分子を入れたくないスペースではありますので、住人や冒険者の多くはこの場所を知りません」
それぞれの街から転移してきた馬車が、係の者に誘導されて進んでいく。搬入先の決まっている馬車は、真っ直ぐその商店の搬入口へと。そして、搬入先の決まっていない、行商人等が持ち込んだ商品は、商人達との交渉へ向かうため、一端流れから外れて売買の為に設けられた場所へと流れていく。
その先では、競りのような呼び込みが行われており、どの商会も行商人の商品へと目を光らせている。
この、搬入のためのスペースが設けられていない街の中央付近への搬入は、商品をエレベーターで二階に上げてから、壁際のスペースを自動で進めるコンテナの様な乗り物で移動できる。ただ、これは二階層にある商店の搬入にも使われているので、渋滞が起きやすく不人気だったりする。搬入する商会や商店の真上からしか、コンテナを降ろせない一方通行の一本道だからだが、ここの通行を好き勝手にしてしまうと渋滞どころではない事故が起こってしまうのだ。
搬入の終わったコンテナは、無人でも三階層へと移動して元いたエレベーターの場所へと戻り、勝手に並ぶようにできている。この、ハイテクのように思える、僕が腐心して作った搬入システムが不人気なのは、ほんの少し悲しい………。
勿論、この場所は搬入だけでなく搬出にも使われ、行きと帰りの道が両方用意されており、きちんと交通整理がされている。暴れる馬がいないわけではないので、事故が皆無とは言わないが、『非殺傷結界』のお陰で怪我人は今まで出ていない。
馬車を預ける場所もあり、この街に滞在する事もできるよう考えられている。
転移陣には、行き用と帰り用とがあり、向こうとこちらで混乱が起きないようにも配慮されている。
全て、商人達が自分達で作り上げたシステムだ。いや、勿論場所を作ったり、装置を作ったり、転移陣を2つずつ用意したのは僕だけど。
ここは言わば、一般人に見せる事を考えていない、『商人の街』の裏の顔だ。
搬入用の道にも、搬出用の道にも、馬車が溢れ返り、その荷台はどれも商品が積んである。
アムハムラ王国の王国空運よりも早い、転移を利用した物流。しかも、ここを管理するのは、最近発足した商人達の組織。
商人による、商人のための、商人の管理する市場。
商人達は税のかからない、自由な商売に活気づいているのである。
「どうです、ラトルゥールさん?」
「すごいです………。こんな熱気の商人さん達は、見たことがありません………」
まあね。
「ここでは今、為政者達に左右されない、自由取引市場が生まれています。
今はまだ産声をあげたばかりのこの街も、いずれ真大陸のどの商人もが憧れる、自由都市へと成長していくでしょう。
今はマジックアイテムばかりが注目されていますが、これからはそれだけじゃない。
この街は、マジックアイテムだけに頼らなくても、商人が商売のしたくなる都市へと、変わってゆきます」
あぁ、なんて楽しいんだろう。僕の手を離れ、一人立ちしていく街。
それを見守るのは、この街を造った僕だけに許された、甘美な愉悦だ。




