変な『お姉さん』は、もうお腹一杯ですよっ!?
「キアス様、勇者の件はどうなりました?」
「どうって?」
ソドムの街を歩く、僕とパイモンとマルコ&ミュル。
「今確認できている勇者はシュタールと、あのサージュ殿だけでしたよね?」
「うん、そう」
あんな襲撃事件の後だというのに、街は本当にいつも通りの喧騒に包まれていた。ザワザワと楽しそうに、あるいは真剣に、人々の生活の音を聞きながら、その価値を再認識する。
こういう普通の光景が、どれだけ貴重なものか。
僕と、変装したパイモンは、そんな雑踏に紛れるように話している。
シュタールのバカは、あれからずっとダンジョンに籠りっぱなしだ。どうやらボスを全部倒して、オリハルコンの武具を手に入れたいらしい。
あんな広大なダンジョンに、たった3ヶ所しかないボス部屋を全部見つけるなんて、はっきり言って至難もいいとこ。魔族を大好きなアヴィ教徒を探す方が、余程簡単に思える。
勿論、何度か戻ってきているらしいが、補給の簡単なソドムの街へと戻ってきているだけで、神殿へは現れていない。僕としては心休まる出来事だ。
「サージュさんが来てるのを確認したのは、セン君だからね。そっちはセン君の言葉を信じるなら、って注釈はつくけど、嘘を吐く理由もないし」
「はぁ」
「もう1人も確認済みだよ。ただ、今対処すると危ない」
「危ない?キアス様が危ないのですか?」
「ああ、そういう事じゃない。違う違う」
にわかに殺気立つパイモンを宥め、僕は苦笑する。
いや、確かに僕の身の危険の心配もあるけど、一番はその勇者本人の身が危ないのだ。
もし今対処してその勇者に危険が及べば、僕の心証は最早地の底、最底辺。そういう意味で、確かに僕にも危険はある。
だから今は放置せざるを得ないというわけだ。
それにしても、あんな方法があったなんて盲点だった………。やっぱり自分はバカなんだと痛感したよ。
「とにかく、もう1人の勇者については今はノータッチでいこう。ていうか、それしかない」
「いざとなれば、私が勇者と戦います。この命に代えてでも、キアス様だけは守ってみせます」
いやいや、別に無理に戦う理由なんてないっしょ。相手がサージュさんなら、僕が魔王だって知ってもいきなり殺し合いになんてならないかもしれないし。いや………、正直そうは言い切れないんだけど………。それでも、逃げる準備は万端だ。
「まぁ、なんとかなるよ。まずは行ってみよう」
「キアス君に、マルちゃん、ミュルちゃん!相変わらずベリーキュートッ!!」
『ホテル・ラフレシア』のフロントで呼んでもらってサージュさんとの再会を果たした第一声がこれだった。
「こんにちは、サージュさん」
「師匠、ひさしぶり」
「ししょ、こんにちは」
「にゃあぁぁぁ!!キャワイー!!」
開始10秒で早くも壊れ始めたサージュさんの口調に、同じく10秒で早くも会いに来た事を後悔し始める僕。
「ささ、入り入り。今ウチの弟子も連れてきとるし、ウチで預かってた子供もおるんよ」
当たり前のように中に招くつもりらしい。僕としては、ここに来る前はともかく、今は挨拶だけして帰りたい。
「およ?そっちの美人さんは初めてやね?」
「初めまして。キアス様の護衛、パイモンです」
「ほーほー、パイモンちゃんね。バッチリ憶えた。ウチはサージュ、キアス君のお友達だよ」
それについては、できれば『お知り合い』くらいに関係をランクダウンさせられないだろうか。勇者と仲良くして、良い事があった試しがない。
「聞き及んでます」
「ん、そかそか。じゃ、パイモンちゃんも一緒に中行こか?」
「いえ、僕たちはこれで………」
ガシッ。
「さーさー、こっちやでマルちゃん、ミュルちゃん」
「はい師匠」
「ましたの、反対はミュルの」
はぁ………。
やはり勇者と魔王が対面すれば、『逃げる』のコマンドは意味を成さないらしい。
「ベリィィィキュートォォォ!!」
ドアを開いた瞬間、なんだか綺麗なお姉さんらしき物体が、9ミリパラべラム弾のような勢いで突っ込んできた。いや、別に銃弾でいい。
「あぁっ!ああっ!!なぁんて可愛らしいのかしら!!まるで『可愛い』という言葉から生まれてきた妖精のよう!」
まるで舐め回さんばかりに顔中に頬擦りを繰り返す、お姉さんらしき変態。
「くりくりのおめめ!!愛らしい唇!!ぷにっぷにのほっぺ!!
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!」
可愛いを連呼する、変態らしきお姉さん。
あぁ………、なんだかゲシュタルト崩壊してきた気がする………。
「師匠!!この子欲しい!!欲しい欲しい!!ほーしぃーいぃー!」
終いには、まるでだだっ子のように抱きついたまま喚き出すお姉さん。
いや、いい加減離してくれませんかね。みんなヒいてるし。
「あ、あの………」
僕はやや躊躇しながらも、僕はお姉さんに声をかけた。
「いい加減、離してくれませんかね―――」
ややひきつりつつも、僕は営業スマイルを浮かべて、綺麗だけど中身は残念なお姉さんに頼む。苦笑にならなかっただけで、僕のこと、誉めていいんだぜ?
「―――ウチのミュルを」




