とある宰相は腹黒い
「おいダグラス、今日の新聞は読んだか?枢機卿が4人も暗殺されたそうだぞ?」
朝の執務室、本日の王の公務を確認しに入室すれば、開口一番アルベールが聞いてきた。
「無論読んだが?」
「今度の犯人は誰だ?また魔王か?それとも教会の内部分裂か?」
「さぁな。確証の持てない事をぴーちくぱーちく囀ずっても仕方がない。雀の真似ならよそでやれ。
それより、今日の仕事の話だ」
「ふむ。私はどうも、アドルヴェルド聖教国の民衆が怪しい気がする。3紙を総合的に見た、私の推理だ」
私が書類を取り出したにも関わらず、アルベールのアホは新聞にかかりきりだ。このアホは………。
そもそもこの新聞がそういう結論になるよう、世論誘導しているんだろうが。一目で気付け。
それはある意味、内乱を誘発しかねない事なのだが、実のところこの新聞で北方三国を貶める事はできない。どれも反乱を煽る文言は皆無だし、何より目の前のアホ同様、それはあくまで自分で気付いた可能性にしかならないのだから。
この新聞という情報媒体、面白い。
「言っとくが、他人事ではないかもしれんぞ」
「ん?どういう事だ?」
はぁ………。危機感の足りない王もあったものだ。オンディーヌ、見る目無いんじゃないか?
「魔王の街の商人に連絡して確かめてもらった。襲撃は事実、そして魔王が住民に支援していたことも事実だ。そうなれば必然、教会は魔王に罪を擦り付けられなくなる。商人からの信用を無くすからな」
「ああ、あの街に支店を出す商会は、どれも今伸び盛りだからな。注目度も高ければ、懇意にしたい商人貴族は多かろう。そしてその商人達は、魔王に恩がある。
そんな商人達が挙って魔王側につけば、教会は下手をすれば商人から物が買えなくなる」
「まぁ、そこまではいかないだろうが、足元を見られるのは確かだろうな。商人は利に聡い。自分達と取引できなければ困窮する教会相手なら、ある程度の暴利は平気で貪るだろう。
お前も馬鹿なのだから、くれぐれも商人には気を付けろよ?下手な証書に判でも付こうものなら、国が乗っ取られかねないからな?」
「一国の王にその言いぐさはどうなんだ、宰相として」
「ああ、そういえば、カノッサ伯爵婦人、アマーリエ様の着替えを覗いた不届き者が40年ほど前にいたな。誰だったか………」
「ぐっ………、古い話を………」
「無体にもその計画立案を私に強いたのは、はて、誰でしたでしょうか?どうもド忘れしてしまいました。私も歳ですね」
「………………」
アルベールを黙らせると、私は今一度真剣な面持ちを取り戻す。
「真面目な話、今回の件、教会が一番罪を擦り付けやすい相手は、我々アムハムラか北方三国、つまり北側諸国だ。
教会は今回の犯人が誰にせよ、最近強まっている嫌がらせじみた北側各国への圧力の1つへと変える可能性は十分にある。まぁ、証拠がない以上、誹謗中傷の域をでないとは思うが………。………懸念材料は無いではない。
気を付けろよ?」
「うむ………」
やっと事の重大さに気付いたアホに、私はため息を1つ吐く。
「まぁ、この状況でこれ以上北側へと圧力を強めれば、反発は必至だろうな。最近、南側諸国へ隣接する国出没する賊も、教会の仕業ではないかという意見が各国から出始めた。
なんでも、賊討伐のために軍を動かしたら、即座に隣国が国境を固めたそうだ。北側のいくつもの国が動いたと知るや否や、ほぼ全ての南側の国がな。いくらなんでも動きが早すぎる、と疑惑を持たれているらしい。
土地勘の無い我々には些かわかりづらい話だが、普通はもっと動きが遅いのだろうな」
「まぁ、我々は常に国境に兵を集中させているからな。というか、国で一番防備が薄いのが王城だ」
「それは流石に言い過ぎだが、北の砦と南の砦の防御力は王城の比でないことは確かだな。王や王族も、ほとんどの場合そちらにいるしな」
王城なんかに金をかけるくらいなら、前線基地を増やすために金を使うのがアムハムラの気風だ。
どちらから攻められようと、王都まで進攻されたなら、むしろ王都を放棄してもう片方の砦に籠る。他の国では情けないことなのかもしれないが、常に魔族との戦を想定しているアムハムラ王国に、そんな概念はない。
まぁ、しばらくは魔族を気にする必要はないと―――いや、なんでもない。
「とにかく、今お前が言ったように『枢機卿暗殺は庶民による教会への反発』という線が、北側諸国には最も望ましい答えだ。魔王だった場合は、魔大陸侵攻派はもう収まらないだろうし、北側諸国の陰謀論はなお悪い」
「お、おい、まさかこの新聞が、民衆を犯人に仕立て上げているとでも?」
「当たり前だろう。この3紙はどれも北方三国の政府機関紙だぞ?ある程度自国を優位にする報道は当たり前だ」
「し、しかし、民衆を矢面に立たせるなど………」
「その心配するな。教会は民衆に嫌疑をかける事はできない。何故なら、今教会が存続できているのは、その民衆支持があってこそだ。教会が今、取って付けたような異端狩りを始めれば、即座に民衆が離れ、教会は終わる」
「な、成る程………」
「むしろ、敢えて市民運動論を強めれば、聖教国の民衆も教会に疑いの目を向け、それによって教会も市民に疑いの目を向けざるを得ない。
例え、市民を敵に回す事が出来なくともな。
そこでまた、枢機卿の不正でも見つかれば、今度は屋台骨が揺らぐ程度では済まないだろうな。何せ、現在進行形でグラグラなんだからな。
だからこそ、教会に難癖をつけられないように気を付けろよ、って事だ。わかったか、馬鹿?」
「おい!いくらなんでも不敬が過ぎるだろう!」
「ああ、そういえばアムハムラ王家先祖伝来の花瓶の行方、わかりましたか?」
「………まだだ………」
「そうですか。割れやすい品ですので、早く見つかるといいですね。何せ王家の家宝ですから」
無論、その家宝が井戸の底に沈んでいるのは、子供の頃から知っている。それを割った犯人も。
「ぐぬぬぬ………っ!貴様は、本当に昔から性格が悪いな!!」
「このくらい性格が悪くなけりゃ、単純なお前の王佐は務まらねぇよ」




