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 とある宰相の幸運・2

 その少女は、名をトリシャといった。


 金糸の髪に、冷涼な眼差し、端正な顔立ち。とても美しい少女は、とても美しかった。そして、その面差しにはどこか幼馴染みの面影があった。


 少女は、その歳にして騎士顔負けの剣を振るい、騎士団の選抜試験に通ってみせた。


 アルベールの剣は正統派の王国剣術なのに、少女の振るう我流の剣にも、どこか似た色を見たような気がした。


 そして、親子は初めての対面をしたのだった。


 コションが何度蘇ろうと、全く動じなかったアルベールが、少女を見て大いに狼狽えていた。

 私の制止も振り払い、氏素性も知れぬ少女に、それもそうとうな手練れである少女に駆け寄り、年端もいかぬ少女を質問攻めにする王。こいつは、何のために私や護衛の兵がいるのか、わかってないのではなかろうか?







 泣き崩れるアルベールを初めて見た。


 あの豪放磊落で、無鉄砲で、竹を割ったような性格の男は、小さな墓石の前で慟哭していた。


 事情を知れば、流石の私もその墓石の下に眠る女性に感謝してもしきれない。

 王を、親友を助けてくれた女性に、私は深々と頭を下げたのだった。




 「あいつを、側室に迎えたい」


 アルベールの言う『あいつ』とは、死したトリシャ様の母君の事だった。


 当然、あまり貴族たちの反応は良くなかった。王の配偶者が死者、それも平民。反応が良いわけがなかった。


 後押ししたのは、私だった。


 「国民は、なんとか食料不足を乗りきり、苦境から脱しました。アムハムラ王に感謝を抱き、王家の人気もそれなりに高まりました。


 しかし、


 あの食糧難で家族を亡くした者たちの怒りが、王家や貴族へ向く可能性があります。むべなるかな、こういった問題は困窮している時よりも、それが落ち着いてから現れるもの。

 庶民の妃は、庶民の人気を得るには有効な手かと。秩序の面でも、既に死した者であれば、大きな歪みにはなりますまい」


 あの戦争で軍務大臣から宰相へと昇進した私の言葉には、それなりの力があった。

 そして、決定的だったのが、他の王妃の賛成である。

 アルベールの2人の妻は、共にガオシャン皇国とネージュ女王国の元王族。平民と同列に扱われる事に何も感じないのか、と思ってアルベールに聞くと、あいつは苦い顔で答えたのだ。


 「頼みに行ったら、『今その方にしてあげられるのは、あなたの正式な妻にする事と、子供をしっかりと育ててあげること。

 それでしか恩を返せないのに、武門のアムハムラ王家の長が、何をぐずぐずやっているのですか!?』だとよ………」


 それは………。

 流石に驚きを禁じ得なかった。武門の家としては間違った話ではない。しかし、貴族、その頂点に座す王家にとってはそうではないだろう。

 庶民と王族を同列に扱うことは、いくら命の恩人に対してでも、そのプライドを傷つけるものであったはずだ。


 しかし、武門のアムハムラ王家として、彼女達はそれを呑み込んだのだ。


 得難い王妃だ。


 「ちゃんと、感謝しろよ」


 「バカめ、あいつらに感謝せぬ日はない。今までも、これからもな」


 はいはい、のろけは結構。

 家族を溺愛するがゆえ、王女を嫁に出したくないとまで言う奴は、言うことが違うな。




 結果として、宰相と王妃の強い後押しに、強弁できる貴族はいなかった。

 貴族の反乱の可能性は無いわけではなかったが、こんな状況でそれをすれば、どんな理由であれ、民衆の反発は必至だった。

 食料もまだ十分でない状況で、食糧難の解決に心血を注ぐ王家に弓を引けば、それは王家だけでなくアムハムラ王国への反乱となっていただろう。


 まぁ、貴族たちも不満があったわけではなく、不安だっただけだ。前例のない事だったのだから。


 ともかく、紆余曲折はあったものの、トリシャ様の母君は、無事王家の家系に名を連ねた。


 アムハムラ王家の民衆人気は止まるところを知らず、終いには2人のラブストーリーは劇にまでなった。

 アルベール自身は、まさかそこまで大事になるとは思っていなかったのか、かなり照れてやがった。一度吹き出してしまったら、あのアホ、本気で殴りやがった。




 それからしばらくは、平穏無事な時間が続いた。


 『魔王の血涙』に第13魔王が現れるまでは。







 我が国の状況は、一変した。


 これは不思議なことに、あるいは不可解なことに、もしくは不本意なことに、悪い意味ではなく、良い意味でだ。


 良い意味で、我が国の状況は一変した。


 魔王が出現した事により国情が豊かになったとは言わないが、それまではただの『北端にある武力的には無視できない強さの小国』だったものが、真大陸に無くてはならない大国となった。


 このあたりから、アルベールの奇行が目立つようになる。

 全く予算配分をしていないはずの架空の研究所が、古代魔法の1つを解明したり、いきなりオンディーヌから剣を授かったり、軍事においては有能でも、内政に関しては凡庸でしかなかったのに、みるみる画期的な方策を打ち出すようになった。


 そう、私は言わない。敢えて言わない。


 魔王が出現した事により、国情が豊かになったとは、口が裂けても言わない。

 いやぁ、私は運の良い男だなぁ。

 私が宰相を勤めた代に、これだけ国が発展するだなんて。まるで私が天才かのような評価を受けるだなんて。




 本当に運が良い。





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