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 とある王女様の困惑

 「これは………」


 私は、ソレを見るなり感嘆の声を漏らした。


 見事な城壁だ。


 鉄壁と言ってなんの差し支えも無い、立派な城壁だった。

 もし魔大陸侵攻が決すれば、これを相手にしなければならないのかと、少々憂鬱になる程だ。


 だが、この城壁には、明確な入り口がある。


 私の正面には、まるで獲物を罠に誘い込むかのように、広く、長い階段があった。


 「副長、君の意見は?」


 「そうですね。常道で行くなら、先見隊を送り込み、安全が確認でき次第、慎重に行軍すべきかと」


 確かに真っ当な意見だ。だがもし、この状況を魔王に気付かれていれば、それはあまり得策ではない。


 まず、魔王が気分を害し、襲いかかってくる可能性。

 この場合、先見隊の命はないだろう。また、交渉の余地も、できるだけの余裕も残らない。そうなれば、一気に魔大陸侵攻へ事態は動き、我が国は飢えるだろう。


 次に、もし魔王が交渉を申し出てきた場合、その場に私が居ないのでは、話にならない。下手をすれば、折角の交渉のチャンスをふいにしてしまう。そうなれば、結果は前述の通りである。


 最後に、あまり時間をかけすぎるのは、あらゆる意味において良くない。もしここに居る第13魔王が、第11魔王と結託すれば、真大陸は、一気に存亡の瀬戸際まで追いやられる。この城壁だけで、魔大陸侵攻はほぼ絶望的になったのである。ここに、撤退と補給用の拠点でも築かれれば、我が国を落とすことなど赤子の手を捻るより楽な所業だろう。




 私は、副長に全隊で慎重に進む旨を伝える。副長は、やっぱりかと言いたげに苦笑して、各班長に指示を出し始めた。

 この副長は、荒くれ者のような粗野な外見の癖に、過保護で困る。

 何かにつけて、私を危険地帯から遠ざけようとするのだ。無論、私も今や指揮官である。無闇矢鱈と戦場に飛び込むつもりはないが、これでも危険の1つや2つ、苦にもならない生き方をして来たつもりだ。


 母のせいだな。


 母がアムハムラで、大層評価されているのは知っている。

 だが実際のところ、母はただ単に、陛下に一目惚れしただけだ。実際、母は自分の好いた相手が、国王陛下だとは知らなかったようだし。私には、お金持ちの兵士、とだけ伝えられていたのだから。


 私の母に対する印象は、恋とはここまで人を盲目にするのか、というものだ。


 ふふふっ。国で聖母だなんだと祭り上げられている母が、起きればのろけ、働きながらのろけ、寝る前にのろけ、病に倒れてからものろけるような、そんな普通の女だと知られれば、人々は幻滅するのではないかとすら思える程だったのだ。


 「行くぞ、進軍開始」


 私は、考えを表情に出さない事に長けている。自分で言うのだから、間違いない。

 今もまさか、聖母の醜聞を思い出しているなど、誰も気付くまい。




 進軍は、つつがなく行われた。人数が少ないとはいえ、一子乱れぬ行進で、我々は階段まで到達した。


 しかし、階段に一歩足を踏み入れた私は、驚愕する。


 「何が起こったっ!?」


 私の怒声に、副長が慌てて返す。


 「不明ですっ!隊長!何が起こるかわかりません!あなたは一時撤退を!」


 「馬鹿なっ!何も起きていないうちに撤退など出来るかっ!」


 そう、何も起きていないのだ。


 「し、しかし!」


 だが、副長の懸念もわかる。

 なにせ、唐突に『魔王の血涙』の冷気が消え去ったのだ。

 暑くもなく、寒くもない。言わば、丁度いい温度に。


 「………何もない、………ようだな?」


 私が確認するように呟くと、副長も静かに頷いた。

 後ろを振り返れば、騎士の幾人かは、こちらを見て怪訝そうな表情を浮かべている。


 試しに、もう一度階段から出てみる。


 寒い。


 どうやら、この城壁内は一定の温度に保たれているらしい。


 「………」


 凄まじい技術なのは間違いない。ただ、問題はなぜここに、こんな無駄な設備を用意したかである。


 この階段といい、城壁といい、本当に不思議な魔王だ。



 私はこの時、自分が少なからず、魔王に興味を抱いている事に気づいた。

 いや、元々興味はあった。だが、それとは違う、純粋に知りたい、という興味に気付いたのは、この時だった。




 慎重に階段を進み、城壁内部へ侵入したとき、その声は響いた。


 『あー、テステス。本日は晴天なり。あかぱじゃまきぱままあおままま。


 どうも、魔王のアムドゥスキアスです』


 今日はあまり天気がいいとは言えないし、次に続いた言葉は全く意味不明だったが、問題はそこではない。


 魔王だ。


 魔王がこちらに声をかけてきたのだ。願ってやまなかった交渉のチャンスである。すぐさま周囲を探してみるが、近くに姿はない。

 どうも、目の前の黒い物体から声が出ているらしい。これもすごい技術である。これがあれば、伝令がいなくても、素早く、正確に情報のやり取りが出来る。


 私が軍人らしい考えに更け、その黒い物体を見ている間も、魔王は話し続けた。


 『ようこそ僕のダンジョンへ。

 せっかくお出でいただいて申し訳ないのですが、現在このダンジョンには脱出法が存在しません。1度中に侵入してしまうと、戻る事が不可能になってしまいます。皆様の命の保証もできかねます。

 侵入はお勧めできかねます。どうぞお帰りください』


 私はバカにされているのだろうか?


 言葉使いは兎も角、言っている内容はほとんど挑発である。

 それを慇懃無礼に言ってのけるのだ。短気な者であれば、怒ってむしろ中に入っていくだろう。


 ただ、この魔王はどうやら、本気でこちらに丁寧に接しようとしたようだ。

 恐らく配下と思われる者とのやり取りが、こちらに聞こえてきたので、間違いなさそうである。


 「ご丁寧な挨拶と忠告、痛み入る」


 ならばこちらも、それなりの対処をするべきだ。

 私は、敵とはいえ魔王に対するのだ。無作法を働けば、それは陛下の顔にも泥を塗る事になるのだ。


 私は、いつもしているように、そう思って自分を戒める。


 「私はアムハムラ王国の騎士団長を勤める、トリシャ・リリ・アムハムラと申します。


 名前の通り、一応アムハムラ王国の王室の末席を汚しております。


 この度、第13魔王、アムドゥスキアス陛下の元に、使者として罷り越しました。願わくは、どうかお姿を見せてはいただけないでしょうか?」


 『えっ!?王女様なのっ!?』


 あ。


 どうやら、これが素の魔王の言動らしい。先ほど漏れ聞こえてきた声の、『早速化けの皮が剥がれましたね』という皮肉も聞こえてきた。

 しかしこの声の主は、全く物怖じせずに魔王と話すな。もしかしたら腹心か、それ以上の相手なのかもしれない。


 ん?

 なぜかぷっつりと、魔王側からのリアクションが消えてしまった。

 身分を明かしたことで、警戒されてしまったのだろうか。


 「あの………?」


 とりあえず声をかけてみる。


 『んん。ちょっと仲間と相談していた。もしそちらに不都合がなければ、君をこちらに呼び出す形をとりたい。

 僕がそちらに行くのは、さすがに不用意なのでね』

 嘘だ。今この魔王嘘ついた!


 だってこっちには、そっちの音が筒抜けなのだから、今まで何も話してないのは割れている。


 そこに副長からの耳打ちが聞こえてきた。


 「危険すぎます。隊長の代理に私が向かいます」


 「ダメだ。この交渉は、我が国の命運を左右する重要なものだ。君を信用していないわけではないが、仮にも王族である私がここで出るべきだ」


 「しかし………っ!」


 「大丈夫だ。万一の場合も、なんとか逃げおおせて見せるさ」


 副長は、何も言わなかったが、苦虫を噛み潰したような、苦悶の表情を浮かべていた。


 私は、そんな副長に苦笑を返してから、黒い物体に向き直る。


 「………わかりました。

 ただ、私が戻らなかった場合は、我が国だけでなく真大陸全土が、陛下の敵となることをご了承ください」


 一応、脅し紛いの言葉を添えて、最低限自分の身を守る布石を打っておく。


 だが魔王は、私や副長の気も知らず、軽い調子で返してきた。


 『そんな心配は要らないさ。僕は君を害すつもりはないし、できることなら友好的な関係を持ちたいとも思っている』


 なんの冗談だろうか。


 友好的な関係だと?


 人間と魔族が?


 いや、あり得ないだろう。私の知る限り、歴史上人間と魔族の良好な相互関係など一度として無かったはずだ。


 魔族が真大陸に侵攻し、そこにいた人間を隷属させたり。

 逆に人間が逆襲した時に、残った魔族を隷属させ、実験や労働力として酷使させたくらいである。人間と魔族の関係性とは、戦争を繰り返してきた以外は、本当にこの程度なのだ。




 しかし、何故だろう。


 この魔王となら、人間という全体はともかく、私個人は良好な関係が築ける。そんな気が、するのだ。




 そして、突然眩い光に包まれたかと思うと、私の視界は一変した。


 純白の室内。


 淡い光。


 そして―――




 「ようこそトリシャさん。僕がアムドゥスキアスです」




 私には、あの母と同じ血が流れているのだと実感した。

 私は、その魔王と出会って―――







 ―――恋をした。





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