魔王の………街?
お師匠様の転移魔法で皆を『魔王の街』に連れてきたのです。
広場と呼ばれる場所に転移した私たちは、その場に溢れる活気に気圧されてしまいました。
お祭りでしょうか?
「シュタール達は宿住まいの上、ダンジョンに潜ってるかもしれんし、まずは知り合いの商人のとこ行こか?」
「そんな事より師匠!!可愛い子はどこなの!?」
あはは………。
イル姉は相変わらずです。
「安心し、イルちゃん。その商人、キアス君とこにいるんが、ウチの言ってたカワイ子ちゃんやねん」
「ならば早く行きましょう!!」
「しかも、キアス君自身もかわええで。ちょっと生意気そうで、お兄さんぶっとる姿がキュンキュンくるんや」
「じゅるり………」
残念ながら、お2人のこういう所は中々ついていけません。ゴンちゃんは、諦めているのか、我関せずで子供達の引率をしています。
それにしても、ここが魔王の街ですか。
こう言ってはなんですが、全然イメージと違います。
明るい街です。
室内にあるのに白い壁がぼんやりと光っていて、全然暗い雰囲気はありません。建物自体は光っていませんが、白い外観は清潔感のある印象をうけます。
街は一本道の大通りのような造りですが、決して狭くはありません。建物が片側に寄せられているお陰か、馬車だって3台は余裕ですれ違える広さがあります。そういえば、馬車が全く見当たりませんね。この街は確か、『商人と冒険者の街ソドム』と呼ばれていたはずですが、商人はどうやって仕入れをしているのでしょうか?
それにしても、活気があるのは良い事なのでしょうが、些か過剰ではないでしょうか?それに、あちこちの屋台から、えもいわれぬ美味しそうな香りが漂ってきています。
まずいです。お腹が鳴りそうです。
「なんやこれ?」
「師匠、目的地はここなの?」
私たちの目的地である『パイモン商会』の前には、黒山の人だかりができていました。
随分盛況な商会なんですねぇ。と思っていたら「キアス様はご無事なのでしょうか!?」「キアス様は寝込んでおられるのですか!?」「キアスお兄ちゃん、怪我したの?」と、先程聞いた名前が連呼されているのが耳に入りました。
どうやら商売繁盛、というわけではないようです。
「お師匠様、キアスさんという方はどのようなご仁なのですか?」
「いや、普通の商人やったはずなんやけど………」
「普通の商人が集められる信奉じゃないわよ、これ………」
「まぁ、教会に捕まったシュタールを助けに行くような子やし、人望はあるんやないの?」
「それは『普通の商人』の領分を越えてますよ………」
ゴンちゃんが、ちょっと引いちゃってます。
「随分と徳の高い方なのですねぇ」
この集まっている人々が全員、そのキアスさんを心配して集まっているなんて。
「でも、話を聞いてる限り、キアス君は体調を崩しちゃってるみたいよ、師匠?」
「せやなぁ。色々便宜図ってもらお思とったんやけど、今押し掛けるんはどう考えても迷惑やなぁ」
そうですねぇ。しかし、伝手のない街で、無闇に歩き回るのは得策ではありません。
こういう場合は、冒険者組合に行くべきなのでしょうが、さっきいた広場に『冒険者組合予定施設』なるものがあったので、まだ進出してきていないのでしょう。
どうしましょうか?
「何かお困りですか?」
そこには狐の獣人さんがいました。どうでも良い事ですが、とてもツヤツヤの毛並みです。モフモフしたいです。
「冒険者の方………、というわけではなさそうですね」
私たちの連れていた子供を見て、獣人さんは首を傾げています。確かに、少しおかしな集団かもしれませんね、私たちは。
「これはこれで………」
「アリやな………」
獣人さん逃げて!ここに肉食獣が2人いる!
「もしかしてキアスさんにご用でしたか?」
「君は、キアス君のお知り合いなのかい?」
お師匠様がよそ行きの言葉遣いで話しかけます。私としましては、戦々恐々の光景です。
「はい。この街で商人をしている、セン・ザチャーミンと申します。キアスさんとは、この街に来る前からの付き合いで。
まぁ、キアスさんはこの街じゃ色んな意味で有名人ですから、知り合いでない者、という方が珍しいかもしれないですが」
獣人さんは、『パイモン商会』の方を見てから、苦笑します。多分苦笑だと思います。お顔が狐なので、わかりづらいですが。
「キアス君、体調崩してるの?」
「ああ、あれは………。まぁ、ちょっとした事情がありまして。キアスさんの体については、大丈夫だと聞いていますよ。今出てきたら揉みくちゃにされそうで、出るに出れないんだとか………」
「ふぅん。よーわからんなぁ」
そうですね。まぁ、揉みくちゃにされそうというのは良くわかりますが、ならばなぜこんなに人が集まっているのでしょう?
「まぁ、ええか。
セン君、でいいのかな?」
「はい、キアスさんにもそう呼ばれています」
「そっか。じゃあ、セン君、ウチらこの街にしばらく滞在したいんだけど、どこかいい宿は無いかな?」
センさんは私たちを一度見回してから、鼻先のお髭を撫でながら何やら考えています。
「そうですね、この街の名物宿は『かぷせるほてる』ですが、あそこは子供連れには向きませんし、安さで選べばいくつか候補はありますが、お子様と別々の部屋をとるとなると、結構割高ですしねぇ」
「あ、お金の心配はしなくても平気だよ?出来れば皆で泊まりたいんだけど」
「そうですか。では高級宿ですが、一部屋で皆さんが入れる宿にご案内しましょう」
「おおきに」
「いえいえ。キアスさんのお知り合いともなれば、僕もおざなりな対応は出来ませんから」
ふぅ、なんとか宿の手配は出来るようです。助かりました。
これもセンさんと、キアスさんの人徳のお陰でしょうか?
センさんに先導されて街を歩いていると、再びあのいい匂いがしてきました。うぅ………お腹減りましたぁ。
そういえば、この機会に少し気になっていた事を聞いてみましょう。
「あの、センさん?」
「はい?」
「あ、私はラトルゥールと申します」
「あ、はい、セン・ザチャーミンです」
「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
いい人そうだなぁ。見た感じ子供みたいだけど、しっかりしていますし、私なんかよりよっぽど大人っぽいです。
「それで、何かご用でしたか?」
「え、あ、す、すみません。ちょっと気になったのですが、この街はお祭りの最中なのですか?」
街中に溢れる屋台から香ってくる、お腹の虫を刺激する匂い。そしてその屋台に集う人々。
「ああ、これはお祭りとはちょっと違うんですよ。この街は昨日、人間の襲撃を受けまして、その時1人の冒険者が命を落としてしまったんです」
「それは………、あの、えっと………」
上手く言葉が紡げません。御愁傷様はおかしいですし、何と言えばいいのでしょう?
「じゃあこれは、その冒険者を称えるお祭りですか?」
しどろもどろになった私を、ゴンちゃんがフォローしてくれました。ナイス、ゴンちゃん!
しかし、襲撃ですか。私たちも襲撃で焼け出されてきたので、なんだか親近感を覚えます。
「いえ、その冒険者のお墓は後日大々的に造ると、魔王自ら街に放送されましたから、葬儀はまだです。
これは………」
センさんの言葉に、私達は揃って首を傾げます。
どういうことでしょうか?
「魔王はこの街に敵対勢力の侵入を許したお詫びにと、世にも珍しいご馳走を用意してくれたんですよ」
センさんは屋台を指差し、少しいたずらっぽく笑って見せました。
「あれらの屋台で振る舞われているのは、何を隠そう、魔大陸の食べ物なんです。
お客さん、いいタイミングで来ましたね」




