愉快な復讐劇
「オール、キアス君はどうしたの?」
「流石に限界だったらしくての、眠ってしもうた」
ボクがキアス君の住居を歩いていたら、前からキアス君を連れ去ったオールが歩いてきた。
どうやらキアス君は、疲れと魔力の枯渇による睡魔で、今は夢の中らしい。無理もない。
だけど、あれからオロオロと狼狽するパイモンを宥めるのに、ボク達がどれだけ苦労したことか。
「まぁ、魔王になったら誰でも通る道じゃ」
「キアス君はそこらへん、上手く折り合いをつけてたと思ったんだけどねぇ………」
豪胆で、飄々としていて、まるで掴み所がない男の子。ボクのキアス君に対する印象は、こんな感じだった。
でも今回、彼にもこんなに弱い部分があったのかと、結構驚いた。
「折り合いを付けれぬ事もあろう。
とりわけ、自らの深い場所に他者を抱こうと思えば、の。
貴様のように、特定の相手に崇拝を捧げる事で折り合いをつける場合もあれば、我のように積極的に関わってそれを見つける者もおる。千差万別よ」
それはそうかもね。
ただ、こういうディープな所を突かれて、いい気はしないよね。だからボクは、ちょっといぢわるがしたくなった。
「んー?
オールは彼の事が好きだったんじゃないのぉ?」
『彼』とは、言わずもがなだけど、3番目の魔王の事だ。
「なッ!?
バカを言うな!我はあのようなバカは好きではない!!あれはただ、魔王の力を―――」
「あれぇ?そうなんだぁ。
オールが伴侶を持たないのは、彼を伴侶にしなかった事への後ろめたさだと思ってたんだけど?」
「違うわッ!!
我の伴侶はキアスじゃ!あんな思慮の足らんたわけが、我の目にかなうわけがなかろう!!」
「でも、キアス君と彼、ちょっと似てるよね。キアス君も、詰めの甘いところとかあるし、真っ先に仲間の前に出て戦いたがる性分とか」
「行動こそ似かよっているが、中身は大違いじゃ!
キアスは仲間を守るために戦うが、あ奴は仲間の実力が自分より劣るから前に出て戦っていたのじゃ!!」
「へぇー」
まぁ、この辺で許してあげるとしよう。
「あははっ。
なんだか本当に、ボク等はキアス君に取り込まれちゃってるねぇ。こうやって世話を焼いてあげたりさ」
「それこそがあ奴とキアスの違いよ。キアスには、人を惹き付ける、不思議な魅力がある。
………腹心に寝首を欠かれるような、間抜けとは違うのだ」
っと、思いの外重い話になりかけちゃったな。そんなつもりじゃなかったんだけど。
「しかし、どうなんだろうね?」
ボクは、重くなりかけた空気をうっちゃるように呟く。
「何がじゃ?」
「いや、これはボクだけが感じている気持ちかもしれないんだけどさ、なんだかすごくムカついてるんだ」
「フム。確かに」
腕を組んで頷くオール。
やっぱりボクと同じように、オールも今回の件に憤りを感じているのだろう。
弟分を傷付けられた姉貴分としては、この場合どうすべきかな?
「真大陸にでも攻め込むか?」
「いや、それはやめとこう」
ボクやオールなら『魔王の血涙』を通らずとも、真大陸に行くのは可能だ。そして1人でも、国の1つや2つは片手で潰せる。
だけど、それではキアス君の今までの努力が台無しだ。
「ならば、今回攻めてきた奴等だけでも皆殺しにしておくか?」
「それもどうかなぁ………。犯人の目星はつくけど、確信じゃないし」
彼らは恐らく『聖人計画』の産物だが、その所属は明らかではない。恐らくアヴィ教の所属なのは間違いないが、あそこは今、その屋台骨が揺らぐほどに派閥が細分化しすぎていて、教会のどの派閥の仕業かはわからない。
何よりボクは、彼らを生み出した元を見つけ、完膚無きまでに叩き潰さなきゃならない。無闇矢鱈に、更地に変えればいいというわけでもない。
それに、出来ればキアス君にリベンジの機会を与えたくもある。
「じゃあさ、ささやかだけどこんなのはどうかな?」
ボクはとっておきの意地悪を、オールに提案したのだった。
○●○
「なんという事だ………」
栄光あるアドルヴェルド聖教国の聖都アラト。その中央に聳える大聖堂。
光の神の神々しさを少しでも世に知らしめる為のその純白の建物。歴史ある大聖堂の尖塔に、街の住民は日々神を感じて感謝と祈りを捧げてきた。
その大聖堂に今―――
『魔王参上!!
魔王舐めんなくそボケ教会!!
byタイル・ジャーレフ・アルパクティコ』
『小心翼々はわからんでもないが、あまり目に余るようなら殺す。
byオール・ザハブ・フリソス』
落書き。
神聖なる大聖堂の壁面に、魔王2人の落書きが刻まれていた………。しかも、ご丁寧に壁面を削って書き込まれているので、消すには大聖堂ごと建て直さねばならない………。
「これが、魔王のすることかっ!?」
私の声は、それを問うた相手がいない以上、虚しく空に消えていった。




