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 勇者と勇者紛い

 「それがおどれの正義かいっ!?」


 サージュが吠える。

 暴風雨のような威力、それでいてまるで芸術のような精緻な魔法が我々を襲う。


 「くっ!」


 私は、サージュの猛攻からなんとか逃げる。しかし、逃げた先でもさらに猛攻を受けるのだ。


 この一方的な鬼ごっこは、いったいいつまで続くのだろうか?

 サージュが吠える。


 「なんぼ小綺麗なお題目掲げたかてなぁ!」


 彼女は魔法を放つ。

 それは風にとどまらない。火、水、風、土、光、闇。種々雑多とすら思える多彩な属性は、精霊魔法の使い手の証だ。


 つまり、彼女に苦手な属性は存在しないという事。


 サージュが吠える。


 「その正義で飯食うんは、どっかのお偉いさんや!!」


 しかもサージュは、近接戦闘をあまり苦手としないタイプの魔法使いだった。

 勇者としての身体能力もあり、近付けば近付いたなりの応酬をうける。流石に不得手な感は否めないが、それでも決して安心できるようなレベルではない。むしろ、魔法と近接戦闘の両方に気を配らねばならず、近付けば余計やりづらくすら思えてくる。

 サージュが吠える。


 「おどれの語る正義は誰のモンや!?

 誰の為のモンやねんっ!!


 他人の正義を借りんな!おどれはおどれの正義を持てや!


 楽してんちゃうぞ、この怠けモン!!」


 止まらない。

 サージュは止まらない。

 猛然と突き進み、轟然と猛威を震い、敢然と戦い続ける。


 サージュが吠える。


 「おどれの語る正義で、何人が死ぬんや!?何人が苦しむんや!?


 正義を標榜すんならなぁ、まずはおどれがその正義に責任持てや!?


 それともおどれの正義は食えるんかい!?」


 サージュが吠える。


 「腹減らしたガキ共が、腹一杯食えるんかいっ!?」


 サージュは、吠える。

 私は、この任務につく前に読んだ資料を思い出した。




 彼女は戦争が起こる度に、戦災孤児を引き取って育てたそうだ。

 100年、200年、もっと長い時間、彼女はひたすら子供を引き取り、子供を育てた。恐らく彼女の仲間も、そういった経緯で彼女の元へ来たのだろう。


 それでも、助けられた子供は一部に過ぎなかった。

 当然だ。全ての戦災孤児を救うなんて事は、教会という大きな機関ですら不可能な事だ。いくら勇者でも、それを全て救うことはできなかった。


 しかしそれは、それでも勇者としてのサージュの唯一の挫折だった。




 「人間が持っとる、一番深い業が正義や!!


 人間は正義に弱い。とりわけ自分の正義には、本当に弱い生きもんや。誰しもが自分の持っとる正義には逆らえん。


 そして、その正義がかち合うと、相手を悪と決めつける。 でもなぁ!!相手もまた、相手なりの正義を持っとんねん!!自分が自分なりの正義を持っとるように、相手も相手なりの正義を持っとる!!


 やから、おどれらのように安易に正義を口にする奴等が、ウチは虫酸が走るほど嫌いやねん!!」


 サージュが吠える度、魔法が兄弟を呑み込んでゆく。無尽蔵な魔力と、圧倒的な魔法技能。


 魔法使いとしての完成形。真大陸最強という肩書きは、過たず彼女を表していた。




 「助けを求める2人がいて、そのどちらか1人しか助けられない時、おどれはどうする?」


 サージュは問う。

 一面を焼け野原に変え、一片の慈悲もなく兄弟を殺戮し尽くした勇者が、最後に残った私に、最後に問う。


 「ぐっ………、どちらも助ける、と言うのが勇者だ………」


 サージュのメイスによる攻撃を受け、肩と胸の辺りの骨に異常を感じながらも、まだ生きている私は、運が良いのか悪いのか………。


 私の答えは、どうやら0点以下だったらしい。サージュの顔には、侮蔑の色が濃くなった。


 「迷わずそう言うならまだしも、そない下らん言い回しする奴は、結局どちらかを見捨てるんやろな。

 因みに、ウチの知っとる勇者の1人はこう言った。


 『まず、1人しか助けられないと判断した理由を教えろ』



 あいつは普段ちゃらんぽらんなくせに、頭悪いくせに、バカのくせに、バカのくせに、決めるとこはきっちり勇者として決めんねん。クソムカつくくらいにの」


 一瞬、サージュの顔に哀愁のようなものを垣間見た気がしたが、それはあまりにも儚く一瞬で消えた。見間違いだったのかもしれないが、そんな気がした。


 「アヴィ教も、元は普通の宗教やった。神様を信じ、俗世の苦しみを減じ、善行を奨励し、悪行への忌避感を植え付け、死への不安を癒す、そんな極々普通の宗教やったんや。

 それが、勢力を拡大するにつれやたら排他的になり、幻獣を排斥し、獣人を迫害し、亜人を蔑むようになった。

 別に宗教がある事を悪いとは言わんけど、今のアヴィ教の在り方は歪みきっとる」


 サージュの言葉は、再び私の精神に怒りの種火として落とされた。


 「この………、邪教徒めっ!」


 私の吐き捨てた言葉は、しかしサージュの憐憫の視線に受け止められた。


 「そう。

 そうやって、自分と違う思想、自分と違う正義を悪と断じる。

 それが正義の毒や」


 「教会は、この世で唯一光の神のご意志を遂行するための場所だ!

 我々は、神のご意志を受けた、神の使徒だ!


 貴様は、勇者として神に選ばれておきながら、その使命を怠った上、あまつさえ教会を批判する言動をとる!貴様は、粛清されて当然だ!!」


 ため息を1つ吐き、サージュはまっすぐ私を見る。身長差からやや見上げるような視線は、しかしどうにも見下されているように思えた。


 「せやかて、ウチが生まれたときは、アヴィ教なんて宗教、あらへんかったしの」


 「馬鹿を言うな。

 光の神のご威光は、遥か太古よりこの真大陸に―――」


 「まぁ、別にええけどもやな。ながったらしい説法を聞いてやる程、ウチは暢気やないつもりやで?」


 こんな邪教徒に殺されるのか。それが私の最後なのか?


 否!!


 例え首だけになっても、サージュの喉ぶえに噛みついて、道連れにしてやる!


 「お、殺気や。良かった良かった。

 流石のウチも、無抵抗の奴殺すんは寝覚めが悪いねん」


 しかし、私の精一杯の抵抗も、彼女は歯牙にもかけない。

 私の抵抗の意思も、敵愾心も、私を殺すために利用されただけだったようだ。


 「あら師匠、まだ終わってなかったの?」


 見れば、竜人族の女も、人間の少女も、ゴンザレス少年も、既に戦闘を終えていた。結果は、言うまでもない。


 「いやぁ、ちょっと無駄話が過ぎたようやな」


 「そうですよ。師匠の声、こちらまで聞こえていましたからね」


 ゴンザレス少年が苦笑しながら言うと、人間の少女もコクコクと頷く。


 「お師匠様は相変わらず、正義という概念に一家言がおありなのですね」


 ただそこには、他の2人の呆れ顔と違い、確かな尊敬の色が窺えた。


 「あらラル、私にだってこんな似非正義を振りかざすような奴には、言ってやりたい事なんて山ほどあるわ。

 ただ私、無駄な努力ってしたくないの」


 「そ、それは、そうですけど………」


 「師匠、言っても無駄よ、こんな奴等。師匠も言ってたじゃない。

 『自分を正義と思う者は、違う意見に決して耳を貸したりしない。

 何故なら、正義と違う意見は全てが悪に見えるから』って」


 竜人族の女には、いや、他の2人にも、既に私など眼中になかった。


 「そう………やな………」


 「師匠………」


 心配そうにサージュに声をかけたゴンザレス少年に、軽く苦笑いを返して再びサージュは私を見た。


 「ホンマに無駄話が過ぎたよやな。今楽にしてやるさかい、往生しいや?」


 サージュはメイスを振り上げる。




 ―――ここだっ!!




 機を窺っていた私は、すかさず動く方の左手で胸元に隠していた懐刀を抜いて投げつけようとした。


 「ウチはな、自分を勇者やなんて思た事はない」


 しかしそれは、不発に終わる。


 サージュに油断など無かった。殺す事に躊躇せず、罪悪感も、あるいは忌避感すらも感じていなかったのだろう。


 それまでの戦闘より、明らかに素早い身のこなしで私の懐へと潜り込むと、懐から出しかけていたナイフと一緒に私の胸をメイスで殴り付けたのだった。


 予め、自らに身体強化魔法を施していたのだ。


 地面に仰向けで倒れ、まともに呼吸もできない私は、それでも息をしようと鉄の臭いのする咳をする。


 「ごふっ………」


 「そんな大層な肩書きを名乗るには、ウチはあまりにもリアリストなんや。出来ること、出来ないことをキッチリ判断して取捨選択する。


 さっきの質問な、ウチの答えは『より親密な方を助ける。どちらも見知らぬ他人なら、より可愛い方を助ける』や。


 どや、勇者らしくないやろ?」




 朦朧とした意識の中、私が最後に見たのはサージュの放つ魔法と、彼女の無感情な瞳だった。





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