風の勇者?いいえ、むしろ魔王です!
「さて、『エリア魔法』の弱点はまだまだあるんやけど、そろそろこの空間が消えるよって、実戦で教えたるわ。
せめてものこの世の手向けや、存分に受け取り」
ティーカップ一杯分。
それだけの時間、我々はお互いに何もしなかった。否、出来なかった。
我ら兄弟は、彼女達を殺しに来た。そして彼女達は、それを防ぐのが目的だ。
『何もしなかった』という行動は、こちらとあちらでその意味を大きく変える。
「………我々は、退けぬ………っ」
「退く?させへんて。
ウチは別に、物語に語られるような勇者やない。逃げる相手を見逃して、相手が良い奴になるまで待ってやるような、エセ正義、偽善はウチの中にはないで?」
「っ………!だが、我々は正義のために、負けるわけにはいかないのだ!!」
突如。
突然、唐突に、だしぬけに、サージュの纏う雰囲気が変わった。
いや、変わったとは言えないかもしれない。
それまでのサージュが発していた空気は、怒り。そして今感じるその空気もまた、怒りだ。
ただしそれは、憤怒だ。
渦巻く激情は、今まで感じていた嵐のようなものとは違い、呑み込む全てを灰塵に帰す竜巻のそれだ。
「正義。
正義正義。
強い言葉や。
美しい言葉や。
誘われてまう程。
惑ってまう程にの。
それは正しいんやろ。
なんせ正義やねんから。
正しい、崇高な言葉やな。
正しくて、正しく、正しい。
史上最も夥しい死をもたらした言葉や。
別に、それを持つのが悪いとは言わん。
ただ、誰かの掲げた正義は、他の誰かの正義を穢し、それは諍いとなり、争いとなり、戦争となる。
正義を語るんならなぁ、その正義に責任をもたなならん。
おどれにその覚悟が―――あるんかいっ!!」
っ!!
サージュの咆哮に、一瞬体が強張る。
「『ギ・ツェクリ』」
その一瞬で、彼女達は臨戦態勢を整えてしまった。ゴンザレス少年が大地から戦斧を作り出し、竜人族の女は無手でありながらも構えをとる。人間の少女は杖を構えた。
皆一様に、目に怒りを宿していた。
「ほな、ウチの正義とおどれの正義。どっちが正しいか、どっちが強いか、確かめようか!!」
その声は、開戦の合図だった。
飛び出したサージュ以外の3人。彼らは3人とも前衛かっ!
「『万華鏡回廊』『過加速空間』『放出魔力遮断結界』『魔力放出負荷空間』」
っつ!?
爆発でも起きたかと錯覚するほどの、魔力放出。それも当然だ。彼女は一気に4つの『エリア魔法』を発動して見せたのだ。
私は一度使っただけでも、魔力の枯渇を起こすほどの魔法を4つ。桁違いだ。しかも彼女は既に、違う空間を1つ作っているのだから、計5つ。
無尽蔵と言って何の過言もない魔力量だ。
「上書きしてもええよ?さらに上書きするから。
これが『エリア魔法』の弱点その3や。
『エリア魔法』の使い手同士の戦いは、自然と『エリア魔法』の掛け合いになり、結局魔力量の勝負になる。上書きされた分の空間につこた魔力は丸々無駄や。それなら、その魔力で直接攻撃した方がなんぼもマシや」
それは………。確かに。
『エリア魔法』が使える兄弟の数は、あまり多くない。それでも、あと数人はいるが、その兄弟達の魔力を無駄遣いするのは、得策ではない。
だが―――
「黙れ!『狂戦士達のせんじょ――――うぐっ」
逸った兄弟が空間を上書きしようとして、膝をつく。空間が上書きされた気配はなかった。
「ああ、言い忘れとった。この空間、魔力放出に負荷がかかるから、生半可な魔力で魔法つことったら、すぐ枯渇するで?」
くそっ!
「『奥義』の使える者は、この空間の外へ出ろ!この空間では、近接戦闘を主眼に置いた戦闘を―――」
ここでまた、私は判断を誤った。
この空間の外には、別の空間が作られていた。
不自然に、不規則に、まるで鏡合わせのように乱反射する虚像に満たされる空間。
そこに入った者は、竜人族の水魔法に出迎えられた。
別の空間に入った者は、その瞬間、突然加速した自分の体に振り回されて、自由に動けなくなった。
そこでは人間の少女が、火魔法で猛威を振るっていた。
最後の空間では特に変わったことはなかったが、そこにたどり着いた兄弟は魔法が使えない様子だった。
しかし、そこではゴンザレス少年が先程と変わらぬ戦闘を見せていた。
「いかに自分達に有利に、いかに敵に不利に作るんが『エリア魔法』の醍醐味や。
んな事も知らんかったのか?」
ある意味一番平和に見えるこの空間で、サージュは銀のメイスを肩に乗せてこちらを嘲笑う。
「舐めるなよ?5回の『エリア魔法』の使用に加え、この空間の中。
流石の貴様も、もう魔法は―――」
「『アネモス・トロヴィロス』」
あっさりと上級魔法を放つ、サージュ。
これには最早、言葉も出てこない。
これ程までに、これ程までに違うものか………。
彼女は違う。
我々とは、完全に違う生き物だ。
「なぁ、勇者クン?」
私は―――
「いい加減、始めよや?」




