勇者と勇者達
ドヌゥール王国。天帝国リュシュカ・バルドラの衛星都市のようにその外縁を囲む西部諸王国の一国。
その、郊外と呼ぶにも人里離れた土地に、今回の目標の拠点は存在する。
建てた人間と、そこに住む住人の正気を疑いたくなるような、甘ったるくて胸焼けしそうな色調の御殿。
そこに住まう風の勇者こそ、今回の任務の殲滅目標である。
「目標の地点を確認。損害なし。次の作戦行動に移行する」
私は、当たり前の事を当たり前に兄弟に通達する。
今回の作戦は、風の勇者とその仲間を全て殲滅すること。これからの教会勢力にとって、彼等は最早邪魔でしかない。
真大陸の情勢は変わる。
多くの勇者を抱える聖教国は、天帝国、アムハムラ王国を抑え、真大陸最強の軍事力を手に入れた。それを知らしめるための南北対立であり、戦争だ。
その開幕の狼煙は、魔王の街の住人と、既存の勇者の死によって上げられる。
とはいえ、我々は決して風の勇者を侮っているわけではない。
彼女は間違いなく、現在真大陸最強の魔法使いであり、最高の魔法研究者である。
侮れるわけがない。
実際、過剰なまでの戦力を、勇者殲滅には向かわせている。その分、魔王の街の襲撃には人数も手練れも割けなかったが、あちらはあくまで一般人が相手。問題はなかろう。魔王が、まさか人間を助けるために出てくるわけもないし、わざわざ配下を危険に晒す意味もない。もし出てきても、魔王の配下くらいなら我々勇者にとって敵ではないだろう。
兄弟が全員配置についた事を見計らい、私は指示を出す。
甘ったるい御殿は、轟音と共に魔法爆撃を受けて廃墟と化した。いや、廃墟というより、最早ただの瓦礫の山だ。死体の捜索は面倒だが、風の勇者を相手にするのに比べれば、遥かにマシな作業だ。
だが、
「結界の反応があります!『非殺傷結界』!!」
「クッ………!!」
まさか勇者とはいえ、個人の邸宅に『非殺傷結界』が張り巡らされているとは。
『非殺傷結界』は、それなりに大きな国ならば王城だけでなく、高位貴族の居城にも設置されている、割とポピュラーな結界である。
ただ、その為のマジックアイテムはかなり巨大であり、おまけに上質な魔石が必要不可欠となる。
因みに、アムハムラ王国では王城にも砦にも、『非殺傷結界』は張られていない。
これまでのあの国の財政状況もさることながら、魔族に鹵獲された場合、非常に厄介な拠点となりうるからである。
難攻不落の城塞を築く事より、真大陸内に堅固な拠点を築かれない事を優先していたのである。
閑話休題。
「第1作戦を中断。第2作戦に移行。総員、直接戦闘用意」
暗殺作戦を中断し、戦闘による目標の殺害を試みる。
全員が武器を構え、包囲していた瓦礫へとその網を狭めていく。
「ウチのスーパーキューティーハウスを粉々にしたんは、誰じゃーーー!!!」
嵐のように瓦礫が舞い上がり、その中心から雄叫びのような叫び声が響いた。そこには、数十人の年端もいかぬ子供達が集まっており、別の場所にいた子供たちも、動きを阻害していた瓦礫がなくなったことで集団へと駆けて行く。
そんな中、1人の女性が、他の子供達とは逆に前へと歩み出る。
子供達とたいして変わらぬ年齢に見受けられるその女性こそ、真大陸最強の魔法使い、サージュ・エール・ソルシェールその人だった。
情報とは違いマントは羽織っていないものの、必要以上に幼さを強調するようなドレス姿の彼女は、しかしその姿に不釣り合いな怒気にまみれた表情だった。
これが、これが1人で教会を壊滅させかけた魔法使いか。
光の勇者脱走事件の経緯を思いだし、その怒りに我知らず喉を鳴らした。
怒気とは別に、彼女の周りを漂う自然界に普遍的に存在する魔力が揺らぐ。それは、とりもなおさず彼女の中に渦巻く魔力が、放出せずとも周囲の魔力にまで影響を与えるほどの密度を誇っている事に他ならない。
「おどれら………」
一歩一歩、静かに、しかしまるで災害級の魔物のような威圧感を放ちながら、サージュは近付く。
「………覚悟はできとんのやろな?」
彼女の声は、決して大きなものではなかったが、しっかりと耳に入ってきた。恐らく、全員がそうだっただろう。
「ウチの可愛い可愛い子ォ等を怖がらせた事、ウチのめっさ可愛い家をぶち壊してくれた事、ほんで何より、ウチの、『可愛い子を侍らす至福の時間』を台無しにしくさってくれた事、キッチリ落とし前つけてもらおか?」
「我々は、新たな勇者である」
私は機先を制すように、一歩前に出てそう告げた。
「あなた方過去の勇者は、その使命を怠った罪により、異端と見なされました。しかし、これからは心を入れ替え光の神のために邁進するならば、我々は貴女を再び勇者と認めましょう」
勿論嘘である。
もしここで彼女がこの要求を呑んだとしても、隙を見て殺害する。
作戦は目標の殺害であり、捕獲する必要はない。これからの教会にとって、『制御できない勇者』という存在は邪魔以外の何物でもない。
「なんや?教会の子ォかいな?」
私の虚言に、しかし風の勇者は毒気が抜けたような表情を浮かべて首を傾げる。
「はいはい、わかりましたよー。心入れ替えましょ。
別にウチ、教会に敵対するつもりとかあらんし。こないぎょーさんで囲まれて、勝てると思うほどアホでもない」
「そうですか」
やや拍子抜けするが、特に問題はない。それに、289人の兄弟で完全に包囲しているのは、確かに抵抗を諦めるに十分な理由である。
いかな真大陸最強の魔法使いであろうと、サージュ程でなくとも勇者クラスの魔法使いに物量で押されれば一堪りもないだろう。
「ではこちらへ。申し訳ないが、教会で宣誓を行うまでは拘束させてもらうが」
「ハイハイ。しゃーないな。前に大暴れしたんはウチやし、それくらいは甘んじて受けましょ」
つまらなそうに歩くサージュを先導するため、半身になって後ろに腕を伸ばした。
先導し、拘束した直後に、剣で突き刺す。
私は兄弟に目配せをし、それだけで意志疎通を完了する。私だけでは不安も残るが、しかし他の兄弟までいるなら万一にも討ち漏らす心配は―――
「ウソじゃボケぇーーー!!!!」
真大陸最強の魔法使いの初撃は、まさかの飛び蹴りだった。




