鬼の目には涙っ!?
「キアス様」
な、なんだろう………。
普段は気さくで、物腰も柔らかく、優しいパイモンが、今はやけに威圧感を放っている。
ゴゴゴゴゴゴ………。
という効果音こそ聞こえないが、僕の脳内では背後に力強く描かれていた。明らかにパイモンはいつものパイモンではなかった。
「パ、パイモン?」
「キアス様」
再び僕の名を呼び、その金の瞳で真っ直ぐ僕を見据えるパイモン。
その目には、強い、とても強い意思が宿っているように思えた。
「今回のような無謀な振る舞いは―――いえ、今回だけにとどまりません。今までの振る舞いも含めて、敵の前に単身身を晒すような軽挙は、二度としないでください」
語気そのものは、いつものように静かで柔らかにも聞こえるのだが、そこには有無を言わせぬ何かがあった。
「わ、悪かったよ。今度から―――」
「―――っ!!」
ダンッ!!
パイモンがテーブルに拳を打ち付けた。
これには、僕、タイル、マルコ、ミュル、そしてこちらに避難してきていたウェパルも目を丸くした。
普段の彼女の言動から考えて、僕が頭を下げてなお、こんな態度をとるとは誰も思っていなかったのだ。
「あなたはっ!
そんな風に安請け合いしても、いざ事が起これば自分だけで事を治めようとするんだ!!
いつだってそうだ。
今まで、あなたが何度死にかけたと思ってんだっ!!」
「い、いや、僕そんな不死身キャラじゃないから。死にかけたのなんて、精々アムハムラで襲撃を受けたときだけだよ?」
なぜだろう?事実であるはずなのに、パイモンの勢いに押されてなぜか白々しい響きになってしまった。
「それだけじゃない!!
あなたは強い。あなたは、私のような頭の悪い存在には、推し量れないような強い存在だ。
でも!!
あなたの力は、あなたを守れるようにはできていない!!
直接戦う力を、あなたは持っていないのにっ!!あなたはまるで私たちを守るように、私たちの前に出るんだ!!」
「パイモン、お、落ち着け!」
「さっき使った力もそうだ!!
他者を救うために、なぜあなたが傷つかねばならないんだよ!?
あんな………っ!!
私たちじゃなく、あんな奴等にっ!!あなたを傷つけなければあなたを守れないような奴等に頼ってっ!!
何で私たちを頼ってくれないんだよぉ!!」
パイモンは、
泣いていた。
「私はっ、あなたを傷付けさせない。絶対、絶対………。
あなたは言った。私を、家族だって。
あなたは確かに私を、私たちを慈しみ、守ってきたのに。何で私たちの気持ちを、あなたは受け取ろうとしないんだよぉ………」
いつかも、彼女は泣いていた。
そう、僕とパイモンが初めて出会ったあの時も。
僕はあの時約束したはずだ。
もっと楽しい事をしようと。いっぱい笑おうと。
だけど今、彼女を泣かせたのは間違いなく僕だ。
あの時のような、嬉し涙じゃない。
悲しい、慟哭だ。
「わた、しは、あなたが、大好き、なのにっ。あなたも、私を、大、すきだって、言ってくれる、のに。
ぜ、全然、私たちの、きも、ちを、うけとって、くれない」
しゃくりあげながら、途切れ途切れに紡ぐ声に、
僕は動けない。
「キ、キアス君、あの、何か言ってあげるべきじゃ………」
タイルの忠告に、そんな事はわかっていると怒鳴り付けたかった。それが八つ当たりで、意味のない衝動だとわかっていながら、九分九厘行動に移しかけて、しかし僕はその場から逃げる事を選択した。
席を立ち、自分の部屋へと足を向けようとする。
腕を掴まれた。
ウェパルだ。なぜか彼女まで両の眼に涙を浮かべて、僕を引き止めた。
「ご主人様………」
僕を呼ぶだけで、何も言わない彼女。
マルコとミュルは動かない。わかる。こいつらは、僕と同じだ。
僕の生み出したこいつらには、今の僕と同じ気持ちだろう。
わからないのだ。
わからない。どうしていいのかわからない。
僕のような―――僕のような―――
「まぁ待て貴様ら」
進退極まった状況を静めたのは、昨日の宴からこちらに泊まり込んでいたオールだった。
「まぁ、なるべくしてなった修羅場、といったところかのう………。まぁ、我も最初から聞いていたわけではないが、この状況を見れば察しがつかぬわけでもない。
おい、オーガの小娘!」
オールは僕を責めるわけでもなく、ただ僕を見つめてからパイモンを呼んだ。
「………悪いとは言わぬし、本来色恋とはそんなものだと言ってしまえばそれまでじゃがの。
相手を欲するは、相手が欲するを望むのとは違うのだぞ?
とはいえ、これは往々にしてこ奴が悪いがな」
最後に意地の悪そうな視線を僕に向け、ニヤリと笑うオール。そのまま、むんずと僕の胸ぐらを掴むと、腕を掴んでいたウェパルに構わず僕を担ぎ上げた。
振り払われるようにして尻餅をついたウェパルが、小さな悲鳴をあげるのも聞かずに、オールは皆に背を向ける。
「少しキアスを借りるぞ。その間に、少し頭を冷やしておくのじゃな。
とはいえ、貴様もそして他の連中も、青臭いまでに若いのう」
カッカッカッと笑いながら去っていくオールは、この時ばかりはいつもと違って変態ではなく見えた。




